豊田直巳著 フォト・ルポルタージュ『福島 原発震災のまち』 

危険をかえりみず果敢な取材で 現場のリアリティーを映しとる

中村梧郎

 
 


 「見えない戦場で戦っているみたい……」という浪江町住民の言葉で始まるこのルポルタージュは、まさに戦場を想起させる原発事故周辺の戦慄のドキュメントである。
 著者はこれまで、パレスチナやサラエボで戦禍にあえぐ人々を取材してきた。イラクでは劣化ウラン弾による白血病の子どもらにも会ってきた。「日本にその『戦場』が出現するとは思ってもみなかった」のに、原発事故の翌日には福島に飛び込んでいる。
 そうした機敏な行動をとったのは、フリーのビデオやフォト・ジャーナリストたち、JVJAのメンバーであった。
 現場に行かなければ何も分からない。無人の双葉厚生病院で、線量計は1000マイクロシーベルトで振り切れた。一方で東電と行政に翻弄される被災住民らの声には丁寧に耳をかたむける。
 大マスコミが権力の失策にメスを入れず、原発推進側からの情報を垂れ流すだけなら、それは犯罪的である。各紙・各局が「直ちに人体に影響はない」という国策宣伝に従ったことも、すでに国民は充分に知っている。放射能拡散のデータも隠されたあげく、主に子どもらに飲ませるべき「ヨード剤が彼らに配られることはなかった」のだ。
 大メディアによる事故直後の原発現場ルポを私は知らない。それを実践したのはフリー・ジャーナリストらだけだったという事実は衝撃的だ。
 本書掲載の40枚のカラー写真からは現場のリアリティーが克明に伝わってくる。自身の危険をかえりみず、果敢な取材を行なった著者に心から敬意を表したい。(フォトジャーナリスト)

岩波ブックレット800円

 

 

 
 

沖縄タイムス・神奈川新聞・長崎新聞「安保改定50年」取材班
『米軍基地の現場から』

ヘリ墜落の現場検証ができず、ひき逃げ米兵を逮捕できない!

柴田鉄治

 
 


 普天間基地の移設問題が「最低でも県外」から、また「県内」に逆戻りした時、「本土メディアは沖縄県民を苦しめる日米両政府に次ぐ『第3の壁』となった」という声が沖縄からあがった。本土の主要メディアが「そうしないと日米同盟が危機になるぞ」と煽りたてた結果だったからだ。
 そんなメディアに対する不信感が広がるなかで、頑張っている地方紙もあるぞ、と存在感を示したのが本書である。
 圏内に米軍基地をかかえる沖縄タイムス、神奈川新聞、長崎新聞の3紙が、日米安保改定50年を機に、合同取材班をつくって3紙に長期連載した記事をもとに、まとめたものだ。
 いま世界の独立国で外国の軍隊を常時駐留させ、しかも、「思いやり予算」と称する多額のカネまで出して「居ていただいている」国なんて、そうはない。ヘリが墜落しても現場検証もできず、ひき逃げの米兵に対する逮捕権もない。
 取材班はこうした実情をつぶさに追い、また海外にも取材を広げて、イタリアでは基地管理権はイタリア側が持っていることなど、米国の二重基準を厳しく衝いている。
 新聞社が企業の壁を超えて合同取材、共通連載するのは珍しく、この連載は「平和・協同ジャーナリスト基金大賞」や「新聞労連ジャーナリズム賞」なども受賞している。
 ほかにも琉球新報と高知新聞の連携など、昨年は地方紙が大活躍した年だった。
 東日本大震災の福島原発事故で、被害を地元民に押し付け、電力消費地の東京は悠然としている姿が、なんとなく沖縄と二重写しになった。

高文研 1700円

 

 

 
 

でんごつねお著『「紙」と共に去りぬ』

「零細出版人の遠吠え」こそ、深い洞察に満ちた賢人の声

鈴木 耕(編集者)

 
 


 「野に遺賢あり」という。だがいまや「野にしか遺賢はいない」と言い直さなければならない。
 今回の原発事故の陰にうごめく学者と称する連中や政治屋どもの有様、大学や国会に賢人などまるでいないことが露呈した。
 だがここに賢人がいる。市井においてきちんと自らの仕事をこなし、そこから深い洞察と思想を紡ぎだす本物の賢人。この本の著者である。
 著者は「超零細出版社」(本人談)を経営する根っからの出版人である。誰にも媚びない小部数の良書を出し続ける傍ら、自らが営む「リベルタ出版」のHPにほぼ毎日、小さなコラムを書き続けてきた。キッカケは2003年の「ブッシュの戦争」だった。ブッシュへの怒りと「属国ニッポン」への歯軋りが、7年間に及ぶコラム「零細出版人の遠吠え」を続けさせた。
 そして、筆は社会への疑問や出版界そのものへの異議申し立てに及ぶ。その数、優に千篇を超える。その中から選んだものを4部に分け、加筆訂正をして出来上がったのが本書である。
 1部は電子書籍騒動などへの出版人としての思いの丈をストレートにぶつける「『紙』と共に去りぬ」、2部が硬派書評「1冊の本から広がる世界」、3部は時評「メディア社会を読み解く」、そして4部が「零細出版人の周辺」という構成だ。
 どのページをめくっても、著者の怒りと優しい人柄が溢れる。うんうんと、読みながら頷くことしきり。中でも評者がグスリッと鼻をすすったのは、著者の亡き息子T君へのレクイエム。「野に遺賢あり」、まさにこの人のことだ。

リベルタ出版 1800円

 

 

 
 

藤森 研 著『日本国憲法の旅』

なぜ戦争推進になったか 朝日の良心を追う記録

丸山重威(関東学院大学教授)

 
 


 15年戦争の始まりになる満州事変を契機に、「反軍朝日」といわれた朝日新聞をはじめとする日本の新聞は、揃って戦争を容認するようになり、やがて推進役となった。なぜそうなったのか。
 朝日新聞は07年4月から1年間、「戦争と新聞」の連載をした。著者は、キャップとして、社論転換の過程や、「どうすれば戦争を避けられたか」を問いかけた。
 新聞紙面では、関東軍の謀略を暴くか、朝鮮軍の越境を批判していれば歴史は変わったかもしれない、としながら、従業員や家族の生活、新聞社の存続を考えて軍部に抵抗できなかったと指摘し、「ペンを取るか生活を取るかはジャーナリズムとしての覚悟の問題に帰する」と書いている。
 著者は、憲法を念頭に朝日の第一線で現場取材を続けてきた。与謝野晶子の反戦詩、中国・サハリン残留者、ナチスの絶滅政策、憲法九条とコスタリカ、住民投票や市民の司法参加、ハンセン病、昭和天皇の死……。この取材体験が、収斂していくのがこの「戦争と新聞」だった。
 この本ではこの議論を紹介しながら、社論転換の要因を、長・中・短期に分け冷静に分析する。天皇制国家、言論統制、軍部、私企業だった新聞、国益への配慮、大正デモクラシーの限界、右翼による攻撃、国民からの孤立の恐怖……など。
 その通りだろう。だがそこでいま日本の新聞、例えば朝日は、その教訓をどう克服し、いまに生かしているのだろうか。
 「朝日の良心」の「一つの記録」でもあるこの本を読みながら、そんなことを考えた。

花伝社 1800円

 

 

 
 

宇沢弘文他著『TPP反対の大義』

学者・農民・消費者の立場で26人が、TPPの本質と問題点を的確に分析

大野和興(農業ジャーナリスト)

 
 


 とてもよく売れているという。あれよあれよという間に、それまで公の場での開かれた論議など一度もなかったTPPなるものが、国政の最重要政策の一つになった昨年秋、その状況にぴったりと照準を合わせるタイミングで出版された。
 学者、農民、消費者組織のメンバーまで、26人がそれぞれの分野でTPPの本質や問題点について、短いが的確な分析にたつ文章を寄せている。
 まず、政府や経済界、マスコミが作り出している「国益対農業保護」「開国で成長対鎖国で日本沈没」という対立軸の不毛さと誤りを明かにすること。経済学者の宇沢弘文さんは説得力をもって社会資本論を展開し、農業経済学の田代洋一さんはTPPの政治経済学を明晰に語る。
 続いて農業を土台にしながら村と自然、国土を守り、農・商・工が合い携えて地域経済を支え、「すべての国民が末永く日本の国土、地域社会で安らかに暮らしていける道」を説く。
 TPPについての学習の書としてはよくできていると思う半面、気になることがある。農、国土、地域と「内へ、内へ」と向かうその視座についてである。資本のグローバル化は都市と農村、労働者と農民を同時に襲い、「ムラとマチの貧困化」が、いま同時進行しているのだが、本書では労働者、とくに非正規労働者への視点が見えない。その貧困化は同時に世界を覆い、日本資本主義は有力な加害者の位置にある。都市の、世界の貧困と向き合う中で、この列島を考える視点が欲しいというのが、一読しての感想である。

農文協ブックレット 800円

 

 

 
 

「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク編
『暴かれた真実 
NHK番組改ざん事件 女性国際戦犯法廷と政治介入

何が消され、何が加えられたのか

立垣満理(「NHK問題を考える会(兵庫)」世話人)

 
 


 2001年のNHK番組「問われる戦時性暴力」が政治家の介入によって内容が大きく改ざんされた事件から早くも10年。本書では、いわゆるNHK裁判の原告をはじめ弁護士や番組制作担当者、ジャーナリストなど20人が多角的に鋭い問題提起をしている。
 本書の表紙には「慰安婦」とされた東チモールの女性と自らの加害体験を勇気をもって証言した元日本兵の写真がある。これらの写真は、10年前に放送された番組では見る事さえできなかった。何が消され、何が加えられたのか、それは何を意味しているのか、詳細な論証を展開する。
 放送の前年に開かれた「女性国際戦犯法廷」は、日本軍性奴隷とされた女性たちの名誉と尊厳回復のための民衆裁判である。番組取材に全面的に協力したバウネットは、放送された内容が法廷の意味を大きく失するものとして、裁判に持ち込み真相を究明した。
 しかし、今なおNHKは何ら説明責任を果たしていない。本書では裁判での制作当事者の証言等から政治家の介入の実態が露にされる。市民の視聴料で成り立つNHKに、政治が介入する暴挙が行われたのである。
 その後、多くの市民や放送関係者がジャーナリズムの本来あるべき姿を問いつづけている。権力に迎合しないジャーナリズム本来の姿とはなにか、番組制作に協力した人々の権利とはなにか、制作現場の表現の自由や市民の知る権利は本当に守られているのか、本書から学ぶことは多い。

現代書館 2600円

 

 

 
 

岡村道雄著『旧石器遺跡「捏造事件」』 

「前期旧石器論争の呪縛」と捏造を試みた背景を明かす

菅原正伯

 
 


 出身地の宮城県を舞台にした、「日本最古」の旧石器遺跡の相次ぐ発見に、私は郷土への誇らしさを感じていた。それだけに2000年11月の毎日新聞のスクープには衝撃を受けた。NPOの元副理事長が、発掘現場に自ら集めた石器を埋め込むという、信じ難い遺跡の捏造をおこなっていた。
著者は、遺跡捏造を繰り返した元副理事長とは30年以上前からの知り合いで、同じ宮城県内の石器文化談話会に所属。文化庁に移ってからも講演や著書で捏造遺跡の「発掘成果」を紹介普及してきたことから捏造事件への関与を疑われた。
 本書は、捏造事件を再検証し、疑惑への弁明を試みた反省の書である。
 著者の説明で興味深いのは、捏造ゆえの不思議な現象に対して、それを合理化する考古学的な「解釈」が容易に生まれることだろう。その結果、何度も氷河期を経て地形上の変動があるはずなのに、石器はいつも水平に並んで出土するという摩訶不思議もなんら問題にされなかった。
 より重大なのは、捏造を見抜けなかった学問的背景として「前期旧石器論争の呪縛」があったという著者の指摘である。詳細は省くが、日本の考古学界では3万年以上前の「前期旧石器」が存在するか否かをめぐって論争があり、著者は存在するという仮説を提起してきた。副理事長らの10万年以上前にどんどん遡る旧石器の「発見」はまさに著者の理論を裏づけるものだった。著者は「夢≠ェ疑う目を曇らせた」と告白している。
 本書は、旧石器研究の内情と問題点は提示しているが、再生は多難との思いを禁じえない。

山川出版社 1600円

 

 

 
 

2010年読書回顧─私のいちおし

海南友子(ドキュメンタリー映画監督) 山口一臣(「週刊朝日」編集長) 石川旺(上智大学教授)

 
 


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朝日新聞ジャーナリスト学校+慶応義塾大学メディアコミュニケーション研究所 編
『報道現場』

報道の意義と可能性を探る現場レポート

山形雅人

 
 


 机上の空論ではなく、まず現場に行くこと。そこから報道が始まることを、新聞記者やテレビ局ディレクターら9人が大学講座で学生に語った内容をまとめている。
 取材で仲良くなった野宿者のおっちゃんがようやく生活保護を受けることができたとき、最初に行ったのは島倉千代子のファンクラブに入ることだった。そこから人間の暮らしとは何かを感じ取った毎日新聞の記者。
 児童虐待のルポでは、児童擁護施設とはどのようなところか、朝日新聞の記者とカメラマンが泊り込んで30日以上にわたり取材した。子供たちと風呂に入ったり、遊んだり。母親との電話で泣き出す男の子の切ない姿もとらえた。「安易に批判しない、安易に分析しない、安易にまとめない」という姿勢は、結論ばかり急ぐマスコミへの問題提起にもなっている。
 NHKスペシャル「ワーキングプア」の取材班は、東京の都営団地を一軒一軒回って生活困窮の様子を尋ねた。アルバイトを3件掛け持ちして小学生を育てている中年シングルファーザーの苦境が浮かび上がった。
 激しい弁護団バッシングが続いた光市母子殺害事件裁判では、東海テレビ放送が「弁護団の視点から見たら全く違う光景が見えるのではないか」と密着取材。会議の様子の撮影は200時間に達した。いずれも現場がカギを握っている。
 連載「新聞と戦争」を担当した朝日記者の「ジャーナリズムは『国家』の中にいてはいけない。国家の外側に立たなければならない」という指摘も今日、重く響く。

慶応義塾大学出版会 2000円

 

 

 
 

高田昌幸、清水真編『日本の現場 地方紙で読む』

「東京の目線」では見えない、地方の現場を捉えた記事の迫力

鈴木賀津彦

 
 


 「地方の記者が追い続けた現実、ここにこそ日本の真実がある」と、北海道から沖縄まで、地方紙30紙のさまざまなテーマの優れた連載・企画記事などを一冊にまとめ、「地方発」の記事が映し出す「現場」を読めるようにしたのが本書である。
 600頁を超える分厚い本に、一昨年末から昨年11月まで約1年間に「県紙」「ブロック紙」に掲載された記事から、二人の編者らが地道に読み込んで選択した記事がギュッと詰まっている。
 どの記事からも、東京中心の「中央目線」ではなく、地域に根ざして取材する各地の記者の姿が見えてくる。
 どんなニュースもインターネットで気軽に読めるとされる情報社会で、実はこんなに「発行圏域」だけでしか読まれていない日本のジャーナリズムの「現場」を、なんとかしなければという編者らの危機感から、初の試みとして本書は結実した。
 北海道新聞記者の高田昌幸氏は序文で、東京での取材体験からこう振り返る。
 「あの違和感の正体は『中央の目線だけで物事を考え、決めていく』ことへの疑義だったと思う。政治家や官僚、研究者、企業家たちだけではない。全国紙や民放のキー局などの記者も、もしかしたら『中央の目線』『東京の目線』に陥り、いわば高見から物事を取材しているだけではないのか」
 清水氏は「地方紙記者の取材による記事を全国に送り届ける『回路』。地方紙を全国の読者と繋ぐことは、すなわち民意の集約」と狙いを強調する。
 編者らの挑戦は今回がスタートだ。本書が毎年編集され、出版される「回路」の広がりを期待する。
(東京新聞)

旬報社 2500円

 

 

 
 

永田浩三『NHK、鉄の沈黙はだれのために』
――番組改変事件10年目の告白――

メディア幹部の劣化を浮き彫りにした告発の書

柴田鉄治

 
 


 従軍慰安婦をめぐるNHK教育テレビの番組が放送直前にズタズタに改変され、そこに政治家の介入があったと朝日新聞が報じたため、NHKと朝日新聞の大喧嘩に発展した事件があったが、この番組のチーフ・プロデューサーだった著者が、「あの事件とはなんだったのか」、その全容を詳細に明らかにしたものである。
 一読してまず感じることは、現在のメディアの危機は「組織」にある。ずばりといえば、メディア幹部の劣化にあることを、これほど鮮明に浮き彫りにしたものはないといえよう。
 放送総局長らの大幹部が異例の試写を繰り返し、「ここを削れ」「あそこを取り替えろ」と、次々に命じる姿はなんとも見苦しい。
 本書の最大の圧巻は、放送前日までの改変で関係者全員「これでよし」となったあとに、さらに削除命令が出たナゾを、「実は会長の命令だった」と解き明かしたところである。これは驚くべきことだ。というのは、放送当日に会長が番組制作局長を呼んだのは改変とは関係ない、とNHKは公式発表していたからである。
 一般に組織の責任者というものは、部下が勝手にやったことでも「自分の責任だ」ということが多いのに、実際に部下に命じてやらせたことを、わざわざ「自分は関係ない」と発表するとはどういう神経か。NHKはこんな人物を会長に選んでいたのか。
 幹部の劣化はNHKに限ったことではないが、メディアは幹部の選び方を改めないと復権はできないかもしれないと、つくづく感じさせる本である。

柏書房 2000円

 

 

 
 

鈴木 耕『沖縄へ 歩く、訊く、創る』

自分の目と足を駆使して語る 沖縄の<風土・歴史・未来>

田家秀樹(作家)

 
 


 一連の沖縄報道で、いつも疑問に思うことがある。これを書いた人は、沖縄に足を運んでいるのだろうか。沖縄の人たちと自分の言葉で話し合ったことが、本当にあるのだろうか。
 なかでも去年から続いている、普天間基地関連の記事は特にそうだ。本当のことが見えてこない。官僚や政治家の思惑に沿って情報が操作されているとしか思えない。
 本書は、大手出版社を定年退職した名編集者の長年の想いが結実したものだ。つまり、そうした<CODE NUMTYPE=SG NUM=4F9B>しがらみ”から解き放たれたところから始まっている。
 普天間基地はなぜ“移設”ではなく、“返還”でなくてはいけないのか。“沖縄の怒り”とは何なのか。大田昌秀・元沖縄県知事や伊波洋一宜野湾市長、琉球朝日放送のキャスター、居酒屋経営者などをはじめとする、幅広い関係者へのインタビューは、東京のメディアが取り上げない痛切な言葉が並んでいる。
 沖縄戦の真実、戦後の米軍占領下から祖国復帰闘争に踏み出す経緯。今だからこそ語られなければいけないことだろう。
 政治的な党派性ではなく、沖縄の風土や文化にまで触れつつ解きほぐしてくれる語り口には、沖縄への愛情がにじんでいる。“歩く・訊く・創る”と題された章の“創る”で披露されている“沖縄医療特区”構想は、説得力がある。
 僕らは本当のことを知らされていない。沖縄で今、何が起きているのか、沖縄の未来はどこにあるのか。そして、国家とは誰のためにあるのか。大手メディアが垂れ流す官製情報に惑わされてはいけない。

リベルタ出版 1500円

 

 

 
 

大田昌秀・佐藤優『徹底討論 沖縄の未来』

苦悩の滲む言葉で過去を検証し、検証を受けて未来を展望する

鈴木耕(編集者)

 
 


 本書は09年6月に沖縄大学で行われた4時間半に及ぶ講演と対談を基に成立したものだ。それにしては中身が濃い。
 私も編集者として、いわゆる「対談本」の制作には多く関わってきたが4時間ほどでは、とても1冊の単行本の分量にはならない。だが、本書は優に数十時間分の内容を持つ。極めて丁寧に訂正を加え、事実関係をチェックし、関連資料の引用出典に至るまで、両著者と編集者が凄まじい熱を込めたに違いない完成度だ。
 沖縄は今なお戦後”過程にある。「戦後は終わった」と、かつて某首相が言ったが、その視点から沖縄は抜け落ちていた。しかし今ようやく、沖縄に戦後の終わりの始まり”が訪れようとしているのかもしれない。けれど、もし終わり”が今回も始まらなかったとしたら、それは日本という国家の尊厳の終わり”であろう。
 沖縄にとって、過去とは何だったか、未来とは何かを、ふたりは語る。県知事として、日米両国家と闘わざるを得なかった大田氏は、苦悩の滲む言葉で過去を検証する。佐藤氏はその検証を引き取って、未来を展望する。
 佐藤氏がなぜこれほど沖縄にこだわるのか。実は佐藤氏の母は大田氏と同じ沖縄の久米島出身で、同郷の秀才だった「昌秀兄さん」という言い方で、大田氏について語ったのだという。だから、佐藤氏の心象風景の中には、沖縄の海と沖縄の闘いの象徴でもあった「昌秀兄さん」が今も残る、と。
 今こそ、本書を読まなければならない。沖縄が日本という国家の中でどのような存在だったのか、またどのような存在であるべきか。普天間基地問題の原点が鮮明になる。

芙蓉書房出版 1600円

 

 

 
 

伊藤千尋『一人の声が世界を変えた!』

疑問を持った一人が動けば、共感の輪は世界に広がる

西岡由香(漫画家)

 
 


 のっけから鳥肌モノ。
 辺境と呼ばれる国々や内戦の現場を取材してきた伊藤千尋さんの文字から、人々の声がほとばしる。激動する世界、それはひとりでに変わったのではない、変えた人がいたから変わったのだ。社会の片隅に生きる無名の人々が社会を変えたいと願い、命をかけて行動することで実際に歴史を動かしてきた。東欧革命のヨーロッパ、軍事政権下の南米、そしてアジアの国々で―。本に登場する人々の姿に、血湧き肉踊らずにはいられない。
 私が伊藤さんに出会ったのは、NGOピースボートの船上だった。参加者で埋まった会場で伊藤さんが語る。チェコの革命勝利集会で、Vサインを掲げる人々。冷気にさらされて次第にピンクに染まっていく30万人のVサイン……。興奮した私は鼻血をふいてしまった。下船後、次に講演を聞いたときは汗が滴った。次は涙が流れた。なぜか。はっとした。変わったのは私の立ち位置だ。平和活動に加わるうち、Vサインの物語は、人ごとでなく自分が共感する物語になっていたのだ。
 「文を書くとき、私の手が勝手に動いていた」と伊藤さんは書いている。私自身も長崎に住んで原爆を描くとき、同じ場面を経験する。この世界に疑問を持ち、自らのやり方で行動するとき、私たちは決して一人ではないのである。
 闇が深ければ深いほど、星の光はまわりを照らしだす。そうして輝き始めた星たちは、いつか闇を覆していく。日本がこれからどうなるか、ではない。どうするかだ。あなたも自分の星を輝かせてみないか――この本はそう呼びかけている。  

新日本出版社 1500円

 

 

 
 

石山永一郎『彼らは戦場に行った ルポ 新・戦争と平和』

人生を狂わされた無数の人々 米国による戦争被害を告発する

石埼一二

 
 


 共同通信の国際記者がイラクとアフガニスタンの戦場に行った兵士や民間人の体験と、その後を丹念に取材してまとめたルポである。「対テロ戦争」という錦の御旗で始まり、日本もその一翼を担ったこの戦争の実態がどのようなものか、それを論じるうえで、このルポは欠かせない。
 米国各地で増え続けるイラクやアフガニスタンからの帰還兵。彼らの中には心身障害を抱えて苦しむ若者が多い。米軍が使用した劣化ウラン弾による後遺症もある。既婚者の離婚率は高く、またホームレスになる道は早い。
 戦争の民営化によって、警備会社の社員となり、戦場で働く人も増えている。正規軍の訓練まで民間会社が請け負っている。死亡した場合の賠償金、負傷した場合の治療費、障害年金などの負担を計算すると民間に委託した方がコスト安だという。政界有力者と癒着した戦争請負会社が、それによって利益をあげているが、その実態はまだ必ずしも十分解明されていないという。米国だけでなく、南太平洋の島国フィジーからも5千人以上の労働者が、民間軍事会社と契約してイラクに出稼ぎに行っており、その人たちへのインタビューも記録されている。アフガニスタンでは、地元住民が米軍を中心とする多国籍軍によって、極度の貧困の中で誤射や誤認拘束に巻き込まれている。
 筆者の同僚記者が、コンゴ内戦で傷つく子供兵士を2008年に取材したルポが一章添えられている。これも残酷きわまりない話である。 

共同通信社 1500円

 

 

 
 

スティーヴ・ファイナル著『戦場の掟』伏見威蕃訳

イラク戦争「傭兵集団」を暴くルポ
08年ピューリッツァー賞受賞

伊藤力司

 
 


 イラク戦争の関連で「ブラックウォーター」の名前を御存知だろうか。米軍の軍事物資の輸送コンボイ(トラックの縦列)や米国の要人などの警備を下請けする民間警備会社のひとつだ。同社の傭兵集団が、イラク市民を反政府武装集団と間違えて銃撃、多数を殺傷しながら何の罪に問われることもなく、イラク人の反米感情を高めたことで悪名を上げた。
 嘘の名目でイラク戦争を始めたブッシュ政権は、本来正規軍が行うべき戦場警備を民間に下請けさせるという異常な手段を用いた。そうすることで、名目上の軍事費や兵士の死傷率を少なく見せることができるからだ。イラク開戦後、民間警備会社は「雨後のタケノコ」のように生まれ、元特殊部隊員などは日給2000ドルで雇われたという。
 本書は、名目は警備会社だが実態は無法な「傭兵集団」が、イラク戦争で果たした実態をきちんと暴露したことでピューリッツァー賞(08年度)を受賞したルポ作品だ。なぜ無法な活動が許されたか。それは当時の支配者CPA(連合国暫定当局)のP・ブレマー代表が04年6月27日に署名したCPA指令第7号によって、傭兵や警備会社がイラクの法律の適用外とされ、彼らを規制する法律もルールもないままに放置されたからだ。
 本書は06年秋、警備会社クレセントに雇われた傭兵7人がイラク人武装集団に拉致され、08年春死体で発見された事件を縦糸に、ワシントン・ポスト記者としてイラク取材経験豊富な筆者が書いたものだが、イラク戦争のもうひとつの実相を教えてくれる。

■ 
講談社 1800円

 

 

 
 

浜田純一・田島泰彦・桂 敬一編著『新訂 新聞学(第4版)』

新聞の危機─現状と課題を42人の執筆者が鋭く分析する

島田三喜雄

 
 


 門奈直樹氏は、世界53カ国でメディア事業を行うルパート・マードックの新聞経営について「彼はジャーナリズムの機能を番犬機能に求める見方の再考を促した」「さりとて、日本のジャーナリズムの劣化現象を今、強調するのは早計だ」とし、解決策をオルタナティブメディアの育成に求める。
 営利的な競争の結果が「言論構造の不安定化」を招いたと指摘する桂敬一氏は、急速に部数を伸ばす読売が「当時の中曽根政権に接近、改憲路線を鮮明にし」「情報源となる政権党や政府は、露骨に読売を厚遇し、遠慮なく言論界に操作の手を突っ込んできた」と厳しく批判。
 さらに、一般紙全体が総発行部数を減らし、広告費もインターネットに肉薄されるところまで落ち込み、新聞各社が軒並み赤字決算に転落する厳しい情勢の中で07年10月、朝日・読売・日経の3社は二つの業務分野での提携を発表。「3紙の勝ち組連合は、多元的で多様な言論の存立を保障する新聞界の基礎構造を、掘り崩す引き金となる危うさを潜めている」と警告する。
 「対抗運動を無視ないし歪曲するマス・メディアに代わって運動を正しく報道しようとする独立メディアの活動」に注目する吉原功氏は「ジャーナリズムとしての新聞が、独立メディアとも相補関係を確立し、激動する日本や世界の全体像をより正確に把握し表現し伝達することが必要」だとする。重要な指摘だ。
 「新聞とジャーナリズムを総合的に考察するための大学の教育用テキスト、一般の啓蒙書」として、3人の編著者と42人の執筆者をそろえ、多岐にわたる現状報告と問題提起は読み応えがある。


■ 日本評論社3000円

 

 

 
 

水島朝穂『時代を読む 新聞を読んで1997−2008』

独自情報と憲法の視点で、社会の動きを深く分析する

小鷲 順造
(JCJふらっしゅ編集長)

 
 


 本書は、憲法学者の手による『デスク日記』(小和田次郎)であり、『マスコミ日誌』(新井直之)といえる。人間の身体に健康診断が必要なように、メディアにも「憲法診断」が必要だ。NHKラジオ第一放送は1997年から、番組「ラジオ深夜便」のなかに「新聞を読んで」のコーナーを設けた。

 インターネットが爆発的な普及を始める、ちょうど前夜にあたる時期であり、また日本国憲法施行から半世紀の年である。12分30秒の枠のなかで、著者は何をしゃべってもよい。ただし素材は、担当週の新聞に書かれていること。それだけを条件に、著者は当日早朝から、一週間分の新聞切り抜きの山と格闘しつづけてきた。放送開始から08年10月下旬まで、41回分の原稿を本書は収めている。

 第1回のテーマは、「ペルー日本大使館公邸人質事件」「脳死を人の死とする法案」「憲法施行50年目の憲法論議」。41回目のテーマは、「新聞と総理大臣の一日」(=麻生首相の「夜の顔」を追う新聞)、「金融危機、そして消費税増税」(=国民生活の危機をよそに、解散を先延ばすだけの政治)、最後は海上自衛隊特別警備隊が養成過程のなかで、「訓練」の名目で隊員を暴行、死亡させた「はなむけ」事件。

 出来事や事件、社会の動きの背後・背景を見通す著者独自の情報や視点が、整理して収められている。日本国憲法の視点から「いま」を深く理解し、「明日」を的確に読み、展望していくために駆使したい、使える「近過去」の素材集でもある。

■ 柘植書房新社2800円

 

 

 
 

池尾伸一著『ルポ 米国発ブログ革命』

紙とネットに分離するメディアの今後を占う

隅井 孝雄
(JCJ代表委員)

 
 


 アメリカで伝統ある地方紙の廃刊が相次いでいる。何が起きているのか、ジャーナリズムはどこへ向かうのか、私も気になってニュースをフォローしているさなか、7月7日「新聞の消えた日」というテレビ・ドキュメンタリーが放送された。

 今年2月に発行を止めた「ロッキーマウンテン・ニュース」紙の記者たちに密着したレポートだが、「新聞がなくなれば誰が権力を監視するのか」という記者の言葉が耳に残った。本書はこうしたアメリカの状況を踏まえながら、個人発のメディア「ブログ」が力を持ってきていることを克明にルポ。70〜80万人のビジターがいる「デイリーコス」。9・11の時、少数者の意見をと始めたが、全米ブロガーのコンベンションを主催、有力政治家も参加するメジャーな存在になった。司法長官解任に至ったブログ調査報道が賞に輝いたこともある。

  またNPOの形態で地域を根城にするブログも輩出している。いずれも一般市民の寄せる情報との連動がカギだ。

 アメリカ国内で発信するブログ「博訊」が中国の言論に風穴を開けつつあるのも興味ぶかい。ブログ情報には不確かさがまとわりつく。それを克服するため、リンクの倫理、透明性の倫理、訂正の倫理が紹介されているのが印象に残った。

 第3章にアメリカの新聞の現状が報告されている。ニューヨークタイムスなどの有力誌も、ウェッブページを強化して新しい方向を模索している。  紙とネットに分離するジャーナリズムは今後どうなるか、全貌をつかむ取材を丹念に積み重ねた好著だ。

■ 集英社新書720円

 

 

 
 

雑誌『世界』の対談「新しい経済学は可能か」

ジャーナリズムを触む株主資本主義に警鐘

荒屋敷 宏

 
 


 音楽評論家の渋谷陽一氏が編集長を務める『SIGHT』7月号が、早々と「さよなら自民党」を特集している。藤原帰一氏ら気鋭の学者へのインタビュー、内田樹氏と高橋源一郎氏の対談を配して、自民党後の状況を探ろうとしている。自公連立政権の分析が欠落したり、他の政党の無視や事実誤認はいただけないが、政治の傍観者からの脱出を志向する姿勢が面白い。「ロックな総合誌」をめざす渋谷氏は、編集後記に「この時代が求める総合誌のスタイルがあるはずだ」と書いている。

 ロック音楽の愛好者とジャーナリストには、反骨の点で共通したものがある。『文学界』7月号(文芸春秋)でモブ・ノリオ氏は、忌野清志郎氏を追悼するメディアが、清志郎作詞・作曲の歌「軽薄なジャーナリスト」に触れなかったことに怒り、「日本のジャーナリストに清志郎ファンが一人もいないなんて、幾ら何でも、そんな馬鹿なことがあってたまるか」と憤る。清志郎氏は、反骨精神を失った軽薄なジャーナリズムを歌で批判していたのである。

 反骨精神の発露でいえば、『世界』(岩波書店)4月号から7月号で4回連載された経済学者の宇沢弘文氏と経済評論家の内橋克人氏の対談「新しい経済学は可能か」は、読み応えがあった。第3回の対談(6月号)で内橋氏は、日本で「なぜ今日の破綻、マネー資本主義の暴走に、『学』の側から歯止めをかけることができなかったのか」と問うた。

 宇沢氏は「いちばん厳しい形でパックス・アメリカーナの体制に組み込まれたのが日本だったと思います。日本の官僚を徹底的にパックス・アメリカーナの思想に染める。それは、ありとあらゆる分野で行なわれたんですね」と述べ、「市場原理主義の流れに巻き込まれ、人間本来の理性、知性、そして感性を失って、人生の最大の目的はただひたすら儲けることという、まさに餓鬼道に堕ちてしまった大学人が少なくありません」と弁明した。

 宇沢氏は、「出版・ジャーナリズムにかかわっている方たちの勇気ある発言、私はそこに光があると思っているのです」という。一方で、「パックス・アメリカーナは、そこを意識して、出版・ジャーナリズムの息の根を止めようという大きな動きがある。特に日本に対して」と注意を喚起する。出版社が株主に配慮し、総合誌の休刊となった側面もあることを佐野眞一氏(『世界』5月号)も指摘していた。株主資本主義が、日本のジャーナリズムを危機に陥れている。勇気ある発言が求められている。

(JCJ機関紙2009年6月25日号より)

 

 

 
 

半田 滋『「戦地」派遣 変わる自衛隊』

自衛隊の変貌と政治の迷走 17年に及ぶ取材で分析

水島朝穂(早稲田大学教授)

 
 


 著者が旧防衛庁の担当記者となったのは、自衛隊の海外展開が始まった1992年である。おりしもPKO等協力法の制定をめぐり、国会は大きく揺れていた。以来、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法と、自衛隊海外派遣の法的枠組が作られていく。これに伴い、「専守防衛」を建前とする自衛隊は、その組織も装備も運用思想も大きく変わっていった。
 本書は、その「変化」を「9・11」以降のなし崩し「戦地派遣」から説き起こす。そこでは、あきれるような政治の裏面も明らかにされる。
   「ミサイル防衛」や米軍再編により、米軍との異様な一体関係も進んでいる。それを分析する本書の切り口は実に鋭い。他方、「戦地」における「人道復興支援」の実態やイラク空輸を描くとき、政治の迷走に対する怒りとともに、現場で任務に就く一般隊員(その向こうにいる家族)への眼差しを忘れない。
 違憲の存在として自衛隊を外在的に批判することはやさしい。だが、自衛隊の深部と芯部で起きている変化をつかみ、それを市民に知らせていくことは極めて重要である。
 著者は、記者として、取材対象との緊張関係を維持しつつも、関係者との信頼関係を築きながら、表に出にくい部内の声を着実に拾い、自衛隊内部に生ずるどんな兆候も見逃さない。
 本書のどこを開いても、その行間に、17年におよぶ地道な取材の経験と蓄積が感じられる。これが、リアリティと説得力において他の追随を許さない本書のすぐれた特質と言えるだろう。本書を推薦する所以である。

岩波新書780円

 

 

 
 

内橋克人著『共生経済が始まる 世界恐慌を生き抜く道』

石埼一二

 
 


 著者は90年代から多くの著作や講演・放送などで市場原理主義、新自由主義的改革を批判してきた。その分析・主張が世界経済危機の嵐の中で、いま改めて脚光を浴びている。
 この新著は、前半で最近の事態の進展を踏まえて「ポスト市場原理主議の展望を、どのようなキャンバスの上に、どのような絵として描くべきなのか」を提言している。それはひと言で言えば「市場を市民社会的制御のもとに置く」ことであり「共生経済への道」である。基本的には著者の90年代からの主張であり、デンマーク、オランダなど諸外国の先進的な事例を紹介している。国内でも岩手、高知、島根、その他の地方の注目すべき取り組みを読みやすい文章で紹介し、指針を提示している。
 後半は、これまでに神戸新聞や朝日新聞などに寄稿してきたコラムを再録したものだが、数年前に書かれた文章が、いまなお新鮮な響きを発することに驚かされる。米国式マネー資本主義の破綻による経済危機が深刻な今日、著者の提唱する「連帯・参加・協同」のキーワードへの理解を深め、真剣に考える必要があるだろう。

■朝日新聞出版 1500円

 

 

 
 

原寿雄『ジャーナリズムの可能性』

「九条ジャーナリズム」への期待

桂 敬一

 
 


 読売・渡辺恒雄主筆の大連立工作、警察裏金スクープの北海道新聞が味わった「敗北」、裁判員制度と報道規制の危惧、NHK番組改変事件が蘇らせた幽霊=編集権、根絶困難な放送の「あるある大事典」体質、視聴者に迎合した光市母子刺殺事件報道の罪など。本書はこれらの事例を、ブッシュ・小泉の戦争政策と構造改革の強行に十分に抗し得なかったここ十年余のジャーナリズムの危機の現れとして示し、問題の所在を解明する。急激なネット化がメディアを市場と権力の側に押しやり、その公共性を奪いかねない危険についても告発する。
 だが著者は、同種の危機が昭和戦前期にもあった類似性を指摘するのと同時に、現在は戦前と違い、第二次大戦敗戦後の平和憲法によって規定されており、「戦争を防げる」ジャーナリズムのあり方は現実的な検討課題になり得る、と指摘し、日本固有の「九条ジャーナリズムの可能性」にかける希望を語る。
 また、デジタル時代のジャーナリズムの復権には、権力の監視と社会正義の追求に自覚的に従事する、「独立のジャーナリズム集団」の役割に期待したいと語り、独自の調査報道の達成を通じて、自由と民主主義を守り発展させていく存在になれと、新聞・放送に激励を送る。
 オバマがチェンジを提唱した時機でもある。とかく崩壊と閉塞しか描けないメディア論、ジャーナリズム論が氾濫しがちな今、ジャーナリストの大先輩が厳しい現状分析を踏まえたうえで、「可能性」に賭けたジャーナリズム論を提起されたことを、重く受け止めたい。


岩波新書 700円

 

 

 
 

小熊英二・姜尚中編『在日一世の記憶』

「在日」の存在を根拠づける魂の物語

鈴木 耕(編集者)

 
 


 新書としては分厚い784頁、普通の新書の約4倍のボリュームだ。そして内容の濃さも圧倒的。
 収録されているのは52人の「在日一世」たちの"語り"だ。カバーの紹介文にこうある。
<朝鮮半島に生を受けながらも日本の植民地政策に起因して渡日し、そのまま残留せざるを得なくなった人々…。
 そう、彼らはいまだに日本の戦争の影を負った存在なのだ。一世たちはすべて高齢者。時が過ぎれば<CODE NUMTYPE=SG NUM=4F9B>日本のある部分の記憶<CODE NUMTYPE=SG NUM=50D1>もやがて失われてしまうだろう。これは在日一世の記憶であると同時に日本人が忘れてはならない記憶でもある。
 しかしこの本には、その日本のある種の記憶を声高に批判するような言葉はあまり見当たらない。淡々と生活を語り貧しさを記憶の底から紡ぎだす。むろん、日本兵として戦場に駆り出され、戦後に戦犯として死刑判決を受けた人の恐怖や、民族組織の分裂や抗争の最中での苦悩といった痛ましい記憶も語られてはいるが、それは一部だ。
小熊英二氏は毎日新聞の読書面で「良くも悪くも政治色が薄い」「従来の本には「『強制連行の事実を明らかにする』といった明確な目的があったがこれにはない」「政治的な本では捨象される生活のリアリティーが出ているのも特徴」と語っているが、まさにそのとおりだ。
 ともあれ、これは歴史に残る貴重な証言集と言っていい。2人の編者と、執念をもってこれを完成させた編集者及び直接の証言採取に当たったインタビュアーたちの努力に大きな拍手を贈りたい。

集英社新書 1600円

 

 

 
 

佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』 

土地の記憶に深く裏打ちされた 沖縄の人々が内包する〈根の声〉

新謝花直美(沖縄タイムス)

 
 


 ヤクザの黒社会、国境舞台とした密貿易、投機対象の軍用地…。厚さ5センチ近くもある本書の内容は、沖縄戦や米軍基地という沖縄問題ではなく、著者独特の小文字(人々の目の高さから描く)アプローチで描く沖縄の戦後史だ。
 知らないことを知ることは好奇心を刺激する。筆者の取材のアクセルである「アドレナリン噴出」を読者も体験する。しかし、ページをくる速度をゆるめて、沖縄人の私が読む時に、脳裏にちらつく違和感の正体をつきとめたい。
 著者が描いた沖縄は、著者が批判する無垢な「美ら島」のブラックバージョンのように見えてくるのはなぜか。筆者が大文字の歴史と呼んだ沖縄戦と米軍基地のとらえかたにあるのではないかと思う。両者は、沖縄では記憶や生活の中に存在し続ける。だから、沖縄を語る時に沖縄戦や米軍基地の視点は、太くまっすぐ通った背骨なのだ。沖縄の人々の悲しみも怒りも、そして明るさも、土地の記憶に裏打ちされている。
「癒しの島」、その無垢なイメージに隠された赤裸々な戦後史がある島。「本土」側から思いのままのイメージで語られる沖縄がある一方で、米軍基地によって生存権すら脅かされている沖縄人の根の声は「本土<CODE NUM=00A3>には届かない。膨大な快楽情報に埋没する。
 そのような中で、著者が批判する「叱られにいく」人は(むしろ今は沖縄を「叱り」に来る人のほうが多いのだが)、「叱られる」のではなく、日本の社会が鈍磨させてしまった「痛感」をもち、沖縄問題に接しようとしているのだと思う。

集英社インターナショナル 1900円

 

 

 
 

斎藤光政『在日米軍最前線 軍事列島日本』 

三沢基地に配備されたXバンドレーダーの深い謎

新原昭治(国際問題研究者)

 
 


 米軍事戦略と米軍再編など、わが国が関係する軍事問題を国民の目線で取材し続けてきた、「東奥日報」記者による力のこもった新著である。
 著者は、地元青森県三沢基地の米空軍と航空自衛隊をめぐる最新の展開に目を据えつつ、取材の範囲を全国の米軍基地や米国での度重なる取材にまで広げている。それに伴い追究の視野も幅広く目下進行中の米軍再編下の日米軍事一体化の由々しい実態を、本格的に解明していて刺激的だ。
 米軍再編がアジア最重点の自由出撃態勢の強化をめざしていることや、それと一体化した日米の限りない軍事的融合の進行で憲法第九条を破壊し尽くそうとしていることが、米側証言も交えて鋭くあばかれている。
 そうした全体像との関わりのもとで、三沢基地と深く関係する青森県下の「ミサイル防衛」関連のXバンドレーダー配備をめぐる謎に深い解明のメスが入れられている。
 この部分は「東奥日報」掲載時の連載企画に対し昨年第11回新聞労連ジャーナリスト大賞が贈られているが、真相を覆い隠す情報秘匿が目立つ題材に肉薄して、「日本の防衛」とは無縁な、本質的問題点を抉りだした著者の功績は大きい。
 わが国米空軍基地のなかでも有数の攻撃機能を持つ三沢基地の米軍戦闘機のトラブル続発に関する、米空軍機密文書による解明とならんで、著者が米空軍解禁文書をもとに解析した核攻撃出撃基地としてのかつての三沢基地の知られざる実態の活写には、手に汗をにぎる思いがした。

■新人物往来社 1600円

 

 

 
 

斎藤貴男『メディア@偽装』 

歪んだ日本社会の真相を抉る ジャーナリストの怒りの目

守屋龍一

 
 


  まず冒頭にある「偽装立国・日本の真相」と題された書下ろしのメディア時評が、私たちに迫ってくる。
 秋葉原で起きた無差別殺傷事件の背後に何があるのか。鋭く深い著者の問題意識は、歪んだ日本社会の深層を浮き彫りにする。そのうえで、「この国が偽装立国である実相が露になった時代に、社会の木鐸≠自称するマスメディアはいったい、何をしてきたのか。もしかしたらメディアそのものが自らを偽装し、社会の偽装を演出している、とも言えてしまうのではなかろうか」と指摘する。
 2004年末から今年9月までに書かれた、メディアに関する論考27編と、森達也さんとの対談を収める本書は、まさに小泉元首相が突っ走った構造改革路線の〈陰と闇―その罪と罰〉を告発する。
 市場原理・成果主義の強要で、ワーキングプアが急増し、過労死や格差拡大、教育破壊、監視と言論弾圧、共謀罪の新設など―日本の劣化と腐蝕は、その後の安倍、福田政権へと引き継がれ、いまや極限にまできている。
 著者が25年にわたって培ったジャーナリストの目は、貧しきもの、虐げられた人々に、限りない思いを寄せ、内奥に分け入り、心の叫びや無言の訴えを掬い取る。それが文章になってほとばしる。理不尽な優越者の発言や権力への怒りに転化する。
 この営為を持続する著者の志の深さに、私は圧倒され、深く感動し、あらためて自らを省みる。
 マスメディアに携わるもの、すべからく本書を読むべし。

■マガジンハウス 1300円

 

 

 
 

森達也『死刑』 

編集者との対話=『死刑』で人間存在を考える

死刑は秘密主義の中で行われる――吉田
関心のない人にも読んでほしい――鈴木

インタビュー 吉田 悦子

 
 


 森達也さんのJCJ賞受賞作『死刑』を編集した鈴木久仁子さんに、編集作業を通してなにを伝えようとして、「死刑」についてどのように考えたのか、率直なご意見をうかがった。それからまもなくの9月11日、法務省は3人の死刑を執行した。執行は6月17日以来、保岡法相の命令は、8月の就任以降初めて。鳩山前法相下では、ほぼ2カ月おきに4回執行された。自民党総裁選の最中、内閣が機能していないような状態でも、死刑は確実に執行される。(吉田悦子)

吉田 私は、JCJ賞授賞式の会場で『死刑』を購入して一気に読了しました。森さんの受賞スピーチをうかがって、硬軟自在というか、意外とお茶目な方なんだなあと思いました。
鈴木 そうなんです(笑)。ハードなテーマの作品が多いせいか、一見、コワモテのように見えるんですけど、チャーミングで柔軟な人です。取材に同席しても感じましたが、無意識のうちに相手の心を開かせてしまうところがありますね。
吉田 最初から、低いアングルでぐっと引き込まれて、いつのまにか、いっしょにロードムービーを続けていたという臨場感が『死刑』にはあります。編集者の鈴木さんは、その登場人物のおひとりでもあるわけです。それと森さんは、「僕」という一人称で死刑について語っています。重いテーマだけに、記す側も読む側も、どうしても構えてしまいがちですけれど、「僕」という軽さによって、よい意味で肩透かしを食らった気がしました。読者のみなさんの反響は、いかがですか?
鈴木 読者からは様々な感想を寄せてもらっていますが、共通して見られるのは「森さんと一緒に揺れ動きながら読んだ。常に『あなたはどう思う?』と、問いを突き付けられているようだった」というものです。そして「まだ答えが出ない」、「ますます死刑がわからなくなった」という感想も多いです。廃止派だったけれど必要なのかもしれないという人もいれば、もちろんその逆もあります。
 地方の40代の女性は、読んですぐに、7人の友人にメールで「とにかく読んでほしい」と勧めてくださったそうで、次に会うときにはその7人全員が読み終えた本を持ってきて議論されたそうです。そこでどういう意見が交わされたか、詳しく便箋につづられていました。すごくありがたい読まれ方をされています。
 森さんにオファーをしたのは5年前でした。オウム、超能力、放送禁止歌などいろんなジャンルの作品があるけれど、どれもとびきり面白かった。森さんから死刑の本を書きたいと言われたときは不安もあったけれど、ぜひやりたいと思いました。これまで死刑の本と言えば、フィクションではありますが、ノンフィクションは元刑務官など当事者に近い人たちが書いた本がほとんどです。あとは長く死刑廃止運動をしている作家や記者の方とか。森さんのように、もともとは死刑に深く関わっていない作家が死刑を描くということが大事だと思ったんです。

吉田 私が、死刑制度に疑問を持ったきっかけは、1997年8月の永山則夫の死刑執行です。国家の名のもとに人が人を殺すとはどういうことなのか、その内実を知りたいと思いました。その後、死刑廃止運動のリーダー的存在の安田好弘弁護士が逮捕され、その裁判を傍聴する中で、元死刑囚や弁護士や支援者、死刑囚の妻など、様々な人に出会いました。松本智津夫の裁判を傍聴したり、死刑についての著作も読み漁りました。そして、なぜ死刑を廃止できないのか考えました。
 近ごろは、事件の全容や不可解さを解明することよりも、マスコミ報道の煽りもあって、「犯罪者は抹殺してしまえ」といった暴走気味の世論に引きずられているような気もします。オウム真理教のドキュメンタリー映画「A2」を撮って元オウム幹部たちとの交流を深められた森さんが、死刑について考えられるのは自然な流れだったのでしょうね。森さんと取材の中で、印象に残っている方はどなたですか?
鈴木 みなさん印象深いです。とくに死刑との関わりが深い方、弁護士、刑務官、教誨師、被害者遺族の方々。印象的だったのは、誰もが存置と廃止との間で揺れ動いていることです。絶対廃止派だと思って話を聞いていると、最後の方で「死刑制度は残しておいたほうがいいのかな」とおっしゃったり。教誨師のTさんのときは録音がNGだったので、ずっとメモを取りながら聞いていました。教誨師は執行現場には立ち会わず、直前まで死刑囚のそばにいてお祈りしたりするんです。Tさんは率直な言葉でユーモアも交えながら淡々と話される方ですが、だからよけいに執行直前の死刑囚とのやり取りを聞いたときは、何と言うか言葉が出なかったですね。
吉田 絶句して息をのむ音まで聞こえてくるようで、一言一言リアルに響きました。
鈴木 それはもともと、森さんがドキュメンタリー映画監督だったということが大きいかもしれません。細かい言動やその場の空気感も描かれるからか、読んでいると、森さんと取材対象者のすぐ横にいるような感覚があります。
吉田 鈴木さんは、岡崎一明死刑囚(元オウム真理教)にも会われていますね。
鈴木 はい。『死刑』の取材は岡崎さんに会いに、東京拘置所を訪れたところからスタートしました。第一印象は、すごく喋る人だなあと。せっかくだから文通をしようと、死刑が確定するまでの1ヵ月間、ひんぱんに手紙のやりとりをしました。死刑囚の1日の会話は、刑務官との事務的な数分間だけで、あとは毎日無音の中です。だから面会がある日は朝から、面会時間の15分で何を話そうかずっと考えているそうです。おしゃべりに見えたのは、せっかく来てくれたのだからと気を使ってくれていたんですね。私の質問のすべてに丁寧に答えてくださる真摯な方でした。ちょっと飄々としたところもありますね。だからますます、過去の犯罪と照らし合わせるとわからなくなるし混乱します。

吉田 死刑囚は、日々何を思って暮らしているのか、知らされないまま、死刑制度は意図的に隠され、徹底した秘密主義の中で続けられている。死刑はタブー視されて、議論されることもないのが現状ですね。 
鈴木 昔から、死刑問題について議論されていることは、存置も廃止もほとんど同じで、平行線のままです。死刑の取材を始めた当初は、そうした議論すらなくなっている状態でした。取材を始める前、下調べのために死刑廃止運動をしている「フォーラム90」にも時々お邪魔したりしました。そのことを知人に喋ったら、「よくそんなところに行くね」と、その人たちの主張も知らないまま批判したり、拒否反応を示す人もいました。死刑囚と文通していると話すと、「やめたほういいんじゃない」と心配する友人もいました。不思議に感じたけれど、私もこの仕事に関わらなかったら同じ反応をしていたかもしれない。やはり死刑は見たくない、かかわりたくないものなんだと思います。でも関係なくない。私たち一人ひとりがOKと言っているからある制度ですよね。だからこの本は、死刑のことなど考えたこともなかったという人たちにこそ読んでもらいたいのです。
吉田 裁判員制度では、「被告人を死刑にすべきか否か」という問題に直面するでしょう。鈴木さんが初めて編集された『死刑』が、長く読み継がれ、停滞した現状に風穴を開けることを心から願っています。

■朝日出版社 1600円

 

 

 
 

相沢幸悦監修日米金融比較研究会著
『カジノ資本主義の克服 サブプライムローン危機が教えるもの』 


国際金融危機を平易に解明 ルールある経済システムを

石埼一二

 
 


 米国でサブプライムローンの破綻がモノライン(金融保証会社)危機へ、さらに大手住宅金融公社の行き詰まりへと拡大。それが欧州をはじめ各国に波及して世界の金融体制が揺らいでいる。また投機マネーが原油や穀物市場に乱入して、世界的に物価を押し上げている。日本でもガソリン、小麦製品、乳製品などが値上がりしたほか、農漁業者や運送業者などの経営を圧迫している。

 なぜ、こんなことになったのか。現代資本主義が「ルールなき資本主義」「カジノ資本主義」と言われるようになって久しいが、証券化、グローバル化で無秩序に膨張した投機マネーが、遂に実体経済に深刻なダメージを与えるところにまできたといえるだろう。
 だがこの危機の本質はこれまで必ずしも、十分に説明されてはいない。本書は、この現代資本主義の病根を極力、平易に解説し、日本がこれを乗り越えて安定した経済基盤をつくっていく方策を提示した力作である。広範囲にわたる問題がていねいに説明されているところにも、何人かの研究者の合作という長所を読み取ることができる。

 経済問題になじみの薄い人も、この本を読めば新聞の経済記事を理解しやすくなるだろう。そのうえで内需を拡大するとともに、アジア諸国との協力を重視する日本経済の発展の道について議論すれば、経済への理解が深まるだろう。
 ただ最後に提示されている「アジア共同体の構築」はEU(欧州連合)よりも道のりのけわしい、長期にわたる課題であることを認識しておく必要がある。

■新日本出版社 1700円

 

 

 
 

菅原 秀『ドイツはなぜ和解を求めるのか 謝罪と戦後補償への歩み』 

過去と向き合う人びとの生の声が 日本の歴史認識の歪みを告発する

走尾正敬(武蔵野大学教授)

 
 


 昨年5月にドイツ文化センターの招きで訪独した日本人記者団の一人である著者が、その時の体験をもとにまとめた力作。事実にこだわるジャーナリストの誠実さ、凄味のようなものを感じ取ることができる。  
 本書には、ナチの蛮行と戦争犯罪に対する謝罪や補償に生真面目に取り組んできたドイツの人びとの生の声が数多く紹介されている。著者はアジアの人権問題に通じているだけに、同じ戦争加害者である日本の歴史認識がいかに歪んでいるかが、ドイツとの対比ではっきり浮かび上がる。  
 もっとも、著者は「なぜ和解を求めるのか」に明確な答を用意している訳ではない。読者の判断に委ねるということだろう。評者は80年代初めと90年代半ば、現地に駐在し、新聞報道に携わったことがあるのだが、この問いかけは手に余る。  
 ドイツ人は「ナチの犯罪は絶対悪であり、相対化は許されない」とする立場を貫いてきた。彼らは本音をあまり口にしないので、推し量るしかないが、ものごとを徹底する性向があるように見える。おそらく、それは良い方にも悪い方にも作用する。悪い例がナチ時代であり、良い例が和解への努力だろうか。  
 ケストナーの児童小説に触れたところを読んでいて、1冊の本を思い出した。ベルリン在住のジャーナリスト、永井潤子氏の『新首都ベルリンから―過去から学ぶドイツ』(04年、未来社)である。こちらにもケストナーが出てくる(114〜118頁)。これらを併せて読むと、いっそう理解が深まると思う。

■同友館 1800円

 

 

 
 

松橋隆司『宝の海を取り戻せ 諫早湾干拓と有明海の未来』 

公共事業を食い物にする政・官・業の癒着
「鉄の三角形」の実態を暴く

宇野木早苗(日本海洋学会名誉会員)

 
 


 農林水産省の諫早湾干拓事業後に、海洋環境は崩壊し、漁業は衰退する深刻な有明海異変が発生した。魚介類は激減して漁獲は乏しく、漁民は借金を返せず、自殺者や廃業者が出て漁業の将来に大きな不安を抱いている。本書はこの厳しい現実を的確に捉え、発生原因を鋭く追及し、宝の海を取り戻す道を探っている。生物学と数学を学んで科学記者となった著者の筆は実証的で分かりやすい。海の姿を最もよく知る漁師からの聞き取りに努め、彼らが語る事実は重く胸に迫る。漁師に注ぐ著者の目は温かい。
 農水省が強引な論理で推進した干拓事業の実態を本書は明確に示す。例えば読者は、減反時代に巨額経費と環境破壊を伴う干拓事業が何故実施できたかに疑問をもつだろう。これは沿岸防災対策という錦の御旗が突如立てられて、人の命に換えられないと反対の旗を下ろさざるを得なかったためである。だが実際は羊頭狗肉で、諫早大水害級の洪水被害は無くなると宣伝されたが、脅威は去らず洪水ハザードマップが公表されている。そして事業推進の根底に、公共事業を食い物にする政・官・業の癒着、鉄の三角形の存在が明白に暴き出されて、読者は事実に慄然とし、何をなすべきかを問われるだろう。
 本書の特徴は、末尾補論の漁師、研究者、弁護士の3氏に対するインタビューに最もよく現われている。漁業環境の悪化、再生への展望と手順、真の公共事業のあり方がそれぞれていねいに語られていて、読者は深くうなずくはずである。

■新日本出版社 1600円

 
☆☆☆

 

 
 

湯浅 誠『反貧困 ―― 「すべり台社会」からの脱出

怒りをこめて日本の希望≠探る

水島宏明

 
 


 「負けっぱなしの人生、悪いのは俺」「犯罪者予備軍って、日本にはたくさんいる気がする」。
 白昼の歩行者天国で7人の命を奪った25歳の派遣工員がネットに書き込んだ言葉だ。事件の前に書かれた本書にはネットカフェ難民らによるそっくりの言葉が引かれ、酷似ぶりに驚かされる。  一度落ちると這い上がれない「すべり台社会」。それが日本で起きる悲劇の背景にある。秋葉原事件は、はからずも著者の先見の明を示した。
 セーフティーネットが弱体化した日本。企業福祉、家族福祉、教育過程、公的福祉からも排除された人間が行きつくのは「自分自身からの排除」だと著者は指摘する。自分を責めて自暴自棄になる「自己責任の内面化」。希望を失った困窮者たちは、餓死か、あるいは自殺、犯罪などの寸前に追い込まれる。そんな社会を変えなければ! 強い怒りが本書全体を貫く。  著者は運営するNPO「もやい」で生活困窮者の相談に乗る活動家だ。彼ほど個々の困窮者の内実を知る者は他にいない。それが本書の最大の強みで説得力の源だ。
 彼が仕掛ける「反貧困」の運動は困窮者を食い物にする悪徳ビジネスや派遣会社を告発し、隙をついて生活保護などのセーフティーネットを薄めようとする厚労省の非情さを糾弾する。
 日本はこんなに貧困な国だったのか!?
 本書を読むとニュースの見方が変わるに違いない。そして人々が「反貧困」でつながり始めたことを知り、わずかな希望も見出すだろう。(日本テレビ解説委員)

■岩波新書 740円

 

 

 
 

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎  今西光男

編集現場の内幕と葛藤に鋭いメス

前坂俊之

 
 


 ジャーナリズムにとって資本と経営、編集権の関係ほど複雑微妙ながら重要なテーマはない。それだけにタブー化され、書くことが最も難しい。
 本書は「緒方竹虎と朝日新聞」研究の後半である。前著では大正から昭和の戦争時代、敗戦までの新聞がいかに権力の前に敗北していったかの過程を細部まで鋭くえぐったが、筆さばきは本書でもますます冴え渡っている。
 敗戦、東久邇内閣の実体は「緒方朝日内閣」であり、右翼・児玉誉士夫と朝日の関係、「一億総懺悔」は緒方の表現など政治、新聞、占領史の秘話を続々紹介しながら、新聞の戦争責任追及、労組の誕生、読売争議をはじめ労働争議の多発、村山長挙社長の退任、社主側との経営をめぐる熾烈な攻防と派閥抗争、公職追放、レッドパージ、朝鮮戦争など戦後の政治、社会、新聞界の大混乱ぶりを、冷静、客観的な目でその奥の院深くまでメスを入れている。
 私は巻を置くあたわざる勢いで読了した。このタブーに勇気をもって挑んだ筆者のジャーナリズム精神と、緒方の人間像と朝日内部の知られざる葛藤を浮き彫りにした冷静な筆致にも大いに好感が持てた。
 この大著は単に日本のジャーナリズム史だけでなく、政治メディア史、昭和史、リーダーシップ史を考える上でも金字塔の1冊といって過言ではない。あの時代と似たような自己規制、自己萎縮で閉じこもりがちな現在のメディアにとって、この本には多くの教訓が盛り込まれている。(静岡県立大学教授)

■朝日選書 1400円

 

 

 
 

「心」が支配される日 斎藤貴男

競争万能の管理社会の中で人間の尊厳と自由を守る道を探る

山口二郎

 
 


 この本は斎藤さんの仕事の集大成のように思える。今までの本もきわめて衝撃的な問題提起だったが、今や斎藤さんが戦おうとしたいくつもの要素である、権力、技術、ニセ科学などが相互に結びつき、教育、労務管理、治安など様々な政策をつなぐネットワークが出来ようとしている。
 本書の主張は次のようにまとめられよう。大きな構図としては、競争万能の新自由主義の下で個人はアトム化し、不平等が広がる。それを安全に社会に統合するために心のケアや管理が必要となる。こうした大きな構図は新自由主義の元祖アメリカでも日本でも同様である。ただ、日本人の心を管理するときにナショナルな象徴や神話を援用すれば、米国に日本が従属するという上下関係と矛盾を起こすこともある。
 斎藤さんの語調は決して単純でも戦闘的でもない。むしろ、今までの本よりも悩みや逡巡が伝わってくる。そして、斎藤さんの苦悩がにじみ出るからこそ、この本のメッセージが重みを増すのである。機会平等の社会では、人は主体的に競争に立ち向かうことが要請される。しかし、実際にはその重荷に耐えかねる多くの人が、逸脱行動を取ったり、オカルト的な癒しを求めたりする。役人が威張るのは嫌だが、清潔で安全な社会に住みたいと誰しも願う。
 そうした二律背反の中で、人間の尊厳を守り、自由や多様性を尊重するという困難な課題に取り組むことが、今を生きる我々に課せられた使命である。その作業の先頭に立っているのが斎藤さんだということを、改めて教えられた。(北海道大学教授)

筑摩書房 1700円

 

 

 
 

同盟変革 日米軍事体制の近未来 松尾高志

グローバルな同盟へ変質「日米安保」の時代を過ぎて

丸山重威

 
 


 性犯罪、強盗殺人など米兵の犯罪が続出し、日米安保条約や地位協定が問題になる。しかし、状況は変わらない。一体どうなっているのか?
 昨年6月急逝した松尾高志さんは、自衛隊や在日米軍を中心に取材・分析し、日米関係や国際政治を見つめ平和構築を考えてきた。亡くなる前日も大学で講義し、次週には連続講座が予定され、日米関係の新しい著書の発刊を準備していた。
 その遺志を汲んで、彼の講演録や書き残した記事、資料やメモをもとにまとめたのがこの本だ。
 松尾さんが強調するのは、既に日米関係は「日米安保」の時代ではなく、「グローバルな新日米同盟」の段階に入ってしまっていることに気付かないと、国民は足をすくわれるということだ。
 「憲法が変われば戦争ができる国になる」といわれるが、その戦争は第二次大戦や冷戦期の戦争とは違う。これを考えないと改憲策動に対抗できない。「日米同盟の変革は日本だけに関わる事象ではない」。米国を中心に今までの同盟関係ではやっていけない新しい事態への対処がグローバルに動いている。「そういうものの一環として日本が組み込まれて動いている、という実感を持つことが重要」と説く。
 あくまで事実に立脚し緻密な議論を積み重ねていく中から、法も政治も次々と蹂躙される日本の現状に対する怒りが伝わってくる。松尾さんは、研究の傍ら平和委員会理事として、平和運動に関わり続け、常に運動を考え、「民衆による平和」を求め続けた。ぜひ読んで、考えてほしい本だ。(関東学院大学教授)

■日本評論社 2700円