2007年7月25日

常に国民の側に立つ
活動方針に立ち返り 闘うメディアを誓う
〜62年目の8月に寄せて〜


代表委員 古田 俊暁

 5月の北海道支部総会では、戦う国づくりを宣言し、改憲への道をひた走る安倍内閣≠、メディアとして厳しく監視し、「平和憲法を守り、輝かせる活動を進める」ことを確認した。安倍首相は政権発足と同時に「戦後レジームからの脱却」を声高に叫び、天皇主権の戦前への回帰を明言、憲法九条を柱とした「平和主義」、「国民主権」「基本的人権の尊重」の戦後民主主義との決別に血道をあげている。何を血迷ったか≠ニ怒りに震え、ニッポンの姿に呆然とする。神の国、天皇の国に抗えず、いつか来た道≠ヨの辛い想いを再び国民はのみ込まねばならないのか。否、62年の非戦の礎を確信とともに生きてきた私たちは、唯一の被爆国として自らが選んだ憲法九条の魂を、次の世紀まで胸を張って引き継いでゆく並々ならぬ決意と覚悟に満ち溢れている。平和の意味を青臭く語り続けることに憚ることは何もない。

小泉・安倍政権のまやかし

 ワンフレーズで五年半もの長きを演技し、ブッシュの私戦≠ノ臆面もなくくみした小泉純一郎。アメリカと財界の顔色をうかがい、恰もカリスマ風に振舞って国民を右旋回させた罪は計り知れなく重い。「二度と戦争はしない」と誓った国民を還暦≠契機に時計の針を逆戻りさせ、アメリカンスタイルを国の隅々にまで浸透させた。後継ともてはやされた坊ちゃん宰相の安倍晋三は、何らのポリシーも持ちえていないだけに、性質の悪さは誰の目にも明白なはずなのに、健全な批判精神など持ち合わせていないかのように、メディアの鈍感振りは目を覆うばかりだ。戦後の宰相が果たせなかった国の根幹を、ことごとく葬り去り、世界に誇る憲法までを平気で売り飛ばすというのに。

誰のためのメディアか

 権力の横暴から目をそむけ、牙を抜かれたメディアの無様さ、劣化ぶりが国民をミスリードし、取り返しのつかない時代状況を生み出している。もはや忸怩たる想いも、胸の痛みも感じない、ジャーナリズムの姿が眼前にある。私たちはどこに依拠し、自らの生きる術を見出そうとしているのか。臆することはない。私たちが依拠しているのは、国家でもなく、時の政権でもなく、戦後の民主主義を誇りを持って歩んできた国民に依拠しているのだから。憲法の還暦を経て、意識の分断を目論む輩が頭をもたげ、格差と選別という新たな国民規範を持ち込み、究極の「戦う国づくり」を定着させようとしている。これほど明白な、愚かな策略に気づいていながら、何らの批判も突きつけられない一部メディア。発表ジャーナリズムに安住する活字媒体、安直なバラエティにしか活路を求められないテレビメディア。一体、誰のためにジャーナリストは思いを巡らせているのか。その病巣は果てしもなく深いといわざるを得ない。悪性腫瘍を取り除き、今一度ジャーナリズム≠ニいう良心の作業を取り戻すことは容易な道のりではない。しかし、「国民のためのメディア」という原点はハッキリしている。今からでも決して遅くはない。参院選が目前に迫っている。違いのない二大政党≠煽り立てる愚挙を再び犯すまい。「ジャーナリストは戦争にくみしない」。原点を問い直すことで、メディア再生の道が十二分に拓かれていることに思いを致すべきだ。62年目の8月、闘うメディアへの誓いを新にしようではないか。歴史を風化させてはならない。

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