2009年1月1日

2009年新春メッセージ

政界再編の「座標軸」は?
斎藤 誠(毎日新聞記者)


 政界再編が「現実の課題」として声高に語られ、政党の新しい枠組みへの待望感が有権者の間にも高まっている。日本型政治が究極の制度疲労を抱え、自民党が本当にぶっ壊れてしまったからだ。「世界同時不況」が日々の暮らしに長い影を伸ばすに連れて、政治に対する市民の視線はますます厳しい。2009年は景気後退による閉塞感・不安感と、政治に対する覚めた視点が激しく交錯する年になるだろう。

 衆院の解散・総選挙後をにらんだ政界再編の構図について、「ヨッシー」こと渡辺喜美・元行政改革担当相が三つのパターンに整理している。「持ち株会社・分社化型」は地方や派閥ごとにミニ政党を作る案。議員それぞれが自前のイッシュー(争点)に拠って小さな政党・グループを形成し、持ち株会社の下で政策実現を目指すパターン。「協議離婚型」は政策の違いによってサヨナラするタイプ。政党助成金など党の基本財産を勢力分布に応じて分け合うことが出来るメリットがある。三つ目は個々人が所属政党から飛び出す「裸一貫型」だ。ヨッシー自身は「(裸一貫型が)インパクトが大きく、大化けの可能性がある。ただ、参加者は少ないでしょう。ハイリスク・ハイリターンです」と見通している(12月14日「毎日新聞」北海道版・特集ワイド)。

 再編論議の下敷きとして、政党の離散集合をリードする新しい座標軸をいったいどのように描くか、そこが気になる。政界再編が必須だとしても、政策選択の新しい線引きの基準は必ずしも明確ではない。敗戦後の日本が歩んだ民主主義社会の基本的な枠組みをめぐって私たちは異なる視座に拠って長く論議を続けてきた。例えば、日本国憲法第9条と自衛隊の位置づけ、日米安保条約と集団的自衛権をめぐる憲法解釈など。日本が戦後半世紀を超えて抱え込む「難題」は政界再編にあたってどのように位置づけられるのか。「漢字を読めない総理」をあげつらっている場合ではない。政界再編を動かす最大のエンジンは何だ? 政治家の都合か、市民の欲求か。何を目指すのか。メディアは自らの立ち位置について改めて検証を迫られるだろう。政治家個々の立ち位置も知りたい。特に北海道選出の衆院議員に向かって、私自身はごく小さな質問を付け加えたい。「あなたにとって夕張って何ですか」「あなたは夕張を救えますか?」


捜しもの
能條 伸樹


ある昼下り。都会の雑踏をひとところ淀ませ、一人のご老体が佇ちどまり、手提袋を一心にかきまわしていた。信号が変わり、警笛にさらされても、捜しものはみつからない。

またある日、ふと気づくと今度は私が街角で鞄をまさぐっている。こだわるほどのモノではないはずだが、捜してみつからぬもどかしさ。年寄りは、こうした悔恨の澱を、幾重にも胸底に積もらせていくものなのだろう。

少年時代、はるかな未来に捜していた虹色の自画像。そしていま、八十路に近づいて拾い歩いているのは、夥しい夢のかけらだ。それすらも、忘却の霧が隠そうとする。

捜しものは、みつからぬ。ないものねだりに焦る歳でもない。あけそめる新しい年の始めには、空を仰いで大きな深呼吸をひとつしよう。そしてゆっくり、気侭な歩幅で歩いてゆく。


「北海道モデル」を
本村 龍生(北海道新聞)


 昨2008年は「世界平和アピール七人委員会の北海道講演会」(11月15日 札幌大学プレアホール)の開催に当たり、JCJのみな様に協力をいただき、あらためて厚くお礼申し上げます。お陰をもちまして、延べ9回の講演を各会場で開催し、1000人に足を運んで聞いてもらい、七人委員会、草の根の有志が集まっての企画・運営だった実行委にとって意義深い取り組みになりました。

 これを「北海道モデル」として、全国に発信したい、というのが2009年の抱負です。

 今回築かれたネットワークが、北海道での、学術、文化、平和市民活動にも活用していくことに、新しい手応えを実感しました。情報の交換や相互の呼びかけに協力し合いましょう。自らも企画力とフットワークを強化し、各種9条の会など外部からの協力要請に、協力していければと思います。


「裁判員」に思う
林 秀起


 「裁判官は弁明せず」|己の良心と、豊かな法律知識に基づいてくだす判決がすべてである、という意味だ。駆け出し記者時代に、この言葉に出会った。法律知識を「常識」に、判決を「原稿」に置きかえれば、それは新聞記者にもあてはまる。その後の37年間、ずっと意識した言葉だった。

 聞いたのは「司法の危機」が叫ばれた時期だった。当時札幌地裁で争われていた長沼ナイキ基地訴訟で、担当する裁判長に、上司である地裁所長が書簡を送って裁判に介入。また青年法律家協会に所属する判事補の再任や、司法修習生の任官を、最高裁が拒否する事件も続いた。冒頭の言葉に、裁判官の責任感と揺るがぬ自負を知った。そして自分が人を裁くことは到底無理と悟った。

 あれから40年。来年5月21日に裁判員制度がスタートする。

 強盗や殺人など特定の凶悪事件の審理や評議、判決に、国民から選ばれた6人の裁判員が加わる。国民の健全な常識を、裁判に反映させるのが目的で、日本弁護士協会も積極的に導入にかかわってきた。裁判官と検察官、弁護士が公判前に争点を絞り込み、裁判の迅速化も図られる。これとは別に、被害者や遺族が法廷で、被告に直接質問したり、求める量刑も述べることができるようになった。

 しかし、と思う。事件が凶悪であればあるほど、報道各社の競争は激しくなる。その撃ち合いが、市民である裁判員に予断を与え、心証形成に影響を与えることは避けられない。また最近の報道が、被害者や遺族の心情に身を寄せる傾向が強すぎるため、それも裁判員や世の中を「厳罰化」へ誘導していくのではないかと危惧する。

 全員無罪になった鹿児島県の大量選挙違反事件で、逮捕後の報道がどうだったか、寡聞にして承知していない。だが起訴に持ち込んだ警察が、自分たちに都合のいい情報だけを流し続けたことは容易に想像できる。裁判員制度には該当しない事件だろうが、警察の情報操作は今後ますます巧妙になっていくだろう。

 誕生する裁判員制度がその機能を果たすため、私たちも気を引き締めたい。


「人災」と「天災」
安藤 健


 「変」な一年だった二〇〇八年の暮れは、非正規雇用労働者が容赦なく切り捨てられる「雇用崩壊」が現実のものとなった。わが世の春を謳歌していた(と報じられてきた)自動車業界や電機業界が、米国発の経済危機の波をまともに受けて生産調整を余儀なくされた結果だ、というのが、メディアが報じる通り一遍の解説だ。

 「メディアは、この問題をふってわいた天災のように報じていないか。この状況に至った経緯は、まさに人災なのに」。そんな年末に聞いた作家、雨宮処凛さんの講演で、こんな言葉が出てきて、ハッとさせられた。

 「わが世の春を謳歌」していた背景には、製造現場に安くて使い捨てできる派遣労働者の受け入れを解禁した二〇〇四年の労働者派遣法改正があった。企業が帳簿上の利益を追求するあまり、直接雇用で膨らむ人件費を抑え、労働者を「物件費」のごとく扱う構造が生まれてしまったのだ。そして、さらにその背景には、小泉構造改革が推し進めてきた新自由主義、規制緩和があったことを、早くもメディアは忘れてきたのではなかろうか。

 「変」の年を象徴する事件でもあった東京・秋葉原での通り魔殺傷の犯人も、自動車部品工場で「派遣切り」に直面した若者だった。大阪で放火犯の犠牲になった個室ビデオ店の客にも、住む場所を見つけられない「ワーキングプア」がいた。一方で、非正規雇用しか働き場を見つけられないこうした若者を「自己責任」だと決め付ける、心の狭い「正社員」がいるのも現実だ。だが、私たちはこれらを「変な事件」「変な若者」という端的な言葉で片付けるわけにはいかない。

 「こんな状況になったら、派遣切りされた若者が企業経営者を襲うような事件が起きても不思議じゃない」。札幌のある企業経営者は、ぽつりと口にした。そんな殺伐とした社会は、誰も望んでいない。これは米国だけのせいでもないし、企業経営者だけの責任でもない。もちろん若者たちだけが悪いわけでもないのだ。この構造の問題点を明らかにして、将来に希望が持てる社会をつくるための指針を示していくことが、今のメディアに求められている役割ではないだろうか。

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