2008年10月5日

「財政再建」のマチ、肌で実感
夕張で全国交流集会、32人参加

パネル討論で報道に注文も

 日本ジャーナリスト会議は十月四、五の両日、五年ぶりとなる全国交流集会を夕張市内で開いた。北海道支部のほか、東京、東海、広島、徳島のJCJ会員ら三十二人が参加、財政破綻に伴い二年前に「財政再建団体」として新たなスタートを切ったばかりの夕張で、初日は「炭都」と呼ばれた時代を振り返る取材ツアーを実施。夕張再生に向けて奮闘する市民を交えた二日目のパネル討論では、パネリストから洪水のような一連の「夕張報道」に対する厳しい問題提起を受け、参加者は、地域からの情報発信という今後のメディアのあり方について認識を新たにした。

▲「黄色いハンカチ広場」を見学する参加者

 前日の雨で天気が心配されたものの、幸い秋晴れに恵まれた四日、新千歳空港に集合した参加者は、貸し切りバスで取材ツアーに出発。車内では、北海道支部の齋藤誠運営委員が「炭都・夕張」の歴史と、財政破綻の背景となった国の石炭政策と石炭会社の対応、中田鉄治元市長が進めた観光事業の問題点などについて解説。夕張市内では、一九八一年に九十三人が死亡するガス突出事故を起こした旧北炭夕張新鉱跡地と殉職者慰霊碑を訪問し、現在は市営住宅となった清水沢の旧炭鉱住宅・アパート群を車窓から見学。映画ロケ地となった炭住長屋を保存した「幸せの黄色いハンカチ広場」では、屋内を見てかつての炭鉱の暮らしをしのんだ。旧北炭平和炭鉱跡地を十二億円がかりで整地、整備した平和運動公園を見ながら市内中心部を北上、最後に訪れた石炭の歴史村・夕張市石炭博物館では、青木隆夫・元館長の案内で炭鉱関連資料の説明を受けた後、採炭機械を展示した模擬坑道を見学。参加者はかつての過酷な炭鉱労働の様子を思い浮かべ、一様に驚きの表情を見せていた。

▲石炭博物館の模擬坑道でかつての採炭状況を見学

 夜には、ホテルシューパロで交流集会を開催。島田三喜雄JCJ運営委員は、新聞が戦争に協力していった負の歴史を自ら追及した連載が今年のJCJ大賞に輝いた朝日新聞の「新聞と戦争」を引き合いに出し、「ギリギリの状況になると、新聞は変貌し権力の味方をするようになる。今すでに日本は危ない状況になっているが、JCJはそれを重く受け止めて今後の運動を展開していこう」と、参加者に自覚と奮起を促した。一方、ホスト役を務めた北海道支部の古田俊暁代表委員は「二〇〇〇年の有珠山以来、八年ぶりの北海道開催となった。明日の夕張を切り開いていけるような、実りある集会にしたい」とあいさつ。なごやかなムードの中で参加者が交流を深めた。

 二日目は、同ホテルでパネル討論「頑張れ!夕張〜マチの生き残りへ何ができるか」を開催。元石炭博物館長の青木さんと、本町商店街で事務洋品店を営みながらマチおこしグループ「本町盛り上げ隊」代表を務める佐藤裕子さん、夕張市職労委員長で市教委に勤務する厚谷司さんをパネリストに招き、北海道支部事務局長の安藤健が司会進行を進めながら、財政再建団体となった夕張の実情と「夕張報道」の課題、夕張の目指すべき将来像について語り合った。

 〇六年六月に財政破綻が報じられてからの一連の「夕張報道」について、佐藤さんは「マスコミのカメラが恐ろしいくらいマチを歩いていたが、正直なところ何が起こっているか分からなかった」と振り返り、「テレビの人と一時間二時間しゃべっても、ほんの五秒しか使われず、それも『この言葉だけ欲しかった』という部分だけを抜かれた」とのエピソードを紹介。厚谷さんは、成人祭をめぐるワイドショー報道で「すでに開催は決まっていたのに、行政が手を引こうとしているように伝えられた。担当ディレクターに抗議しても『こちらにもこちらの都合がある』と言われ、夕張市が悪者に仕立て上げられてしまった」と裏話を明かし、メディアに対する不信感をあらわにした。

 また、「全国最低レベル」の行政サービスを強いられ、市民の流出が進むなど、市内は沈滞ムードにあるが、佐藤さんは商店街仲間と組織した「本町盛り上げ隊」について「自分たちが良くならないとマチが良くならないとイベントに取り組んでいる。何かをすれば人が集まるということが分かった」と紹介。一方で、夕張の将来像について、青木さんは「人口の中で最も多い年金生活者がきちんと生活できる環境をつくることが重要だ。再建計画の中に、そういうビジョンを盛り込まないと市がやることと市民がやることがバラバラになってしまう」と懸念。厚谷さんも「財政再建計画を粛々と進めることに追われていて、予算を伴う長期計画も立てられない状況にある。ただ、法律の裏付けがなくても必要な事業はあるので、道や国に力添えをお願いしたい」と語った。さらに、メディアの報道に対して青木さんは「時間が経つと忘れられてしまうので、定期的に夕張のことを発信してほしい。これから十八年間、夕張を見続け、夕張がどう変わったのかを伝えていってほしい」と注文した。

(事務局長 安藤 健)

パネル討論の全文

「炭都・夕張」の盛衰

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