「国家の犠牲はいつも市民」
出版部会講演
海南友子氏〈3・11 フクシマ〉を語る

 
 


 11月11日、岩波セミナールームで海南(かな)友子さんは語った。 
 放射能への恐怖はものすごくあったので現場に行くのは恐かったけれど、福島原発の稼働した日がちょうど自分の誕生日だと人から聞いて、関東暮らしの自分は原発のエネルギーを享受してきたし、東京の「心臓」を福島や新潟が支えているのだと思い直して4月1日、福島に入った。
 三春町を拠点に福島第1原発の4キロ近くまで取材を広げた。
 チェルノブイリ事故の後、放射能測定器を手に入れていた夫婦は、自宅の居間で放射線量が急激に上昇し、通常量の57倍を超えていった時、死を覚悟したそうだ。
 夫婦は、ふるさとが変わっていく。こんな理不尽なことで死にたくないと話した。
 半導体関連の中小企業家は、高価な機械を持ち出せず、あらかた放棄せざるを得なかった。彼は40年前に原発に賛成だった自分のことを隠さないが、今回のこの事故は許せないという。
 住民が着のみ着のままで避難した後の町は、かなり盗難に遭っている。
 野生化した牛が50頭ぐらい群れをなして走っている。
 桜の名所、大勢の人たちを楽しませた桜は3分から4分咲きだ。 お金で換算できない奪われたものの大きさを思う。
 俺たちは難民だという家族も取材した。都庁や東電で、冷たい、まるで犯罪者並みの扱いを受けたそうだ。家族の先は見えない。
 その取材中に、自分が妊娠していることがわかる。苦しんでいる皆さんの気持ちが改めてよくわかった。
 原発と旧満州のこととはすごく似ているのではないか。白いご飯を腹一杯食べられるといわれ、行ってみたらまるっきり違う現実。国家のウソの犠牲になるのはいつも市民。でも今回のウソがたちが悪いのは、状況が誰にもわかっていないことだ。メルトスルーと言われたのは5月になってからだ。これからもこのようなことはあるだろう。
 生まれてくる自分の子どもに、君は不幸な年に生まれたのだとはいいたくない。あの年が転換点になって次の幸せな世界が続いたんだといえる母親でありたいと思う。一生かけてこのテーマはやり続けたい。(大場幸夫)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年11月25号)

 

 

 

 
 

原発NO! 盛り上がる大衆行動
JCJ=銀座マリオン前で街頭スピーチ

 
 


 原発事故以来、街頭での大衆行動が盛り上がっている。9月11日から19日までは脱原発アクションウイークとして多くの催しが、全国各地で繰り広げられた。その最後となったのは9月19日に行われた集会だ。
 アクションウイークに先立つ10日午前11時から、JCJとMIC、自由法曹団、九条の会連絡会の4者は、19日の集会の宣伝もかねて、有楽町マリオン前でアピール行動を行った。
 強い日差しの中、スピーチをしたのは8人。
 自由法曹団から小部正治幹事長、菊池紘団長、松井繁明元団長。MICから平川修一事務局長、東海林智新聞労連委員長、田中伸武新聞労連副委員長。マスコミ関連九条の会の仲築間卓蔵、戸塚章介代表。JCJから島田三喜雄運営委員、阿部裕事務局長。
 9・19のチラシを配布するとともに、原発は必要か、必要でないかのシール投票も実施した。150人以上の多数が、原発いらないに投票し、必要とするに投票したのは10人ほどだった。
 翌11日は、東京都内だけで3つの大規模な脱原発の行動が行われた。
 経産省をとり囲む人間の輪はテレでも報道された。代々木を出発し、明治公園に至るエコシフトデモや、新宿アルタ前を終点とする新宿デモも行われた。新宿デモでは逮捕者が出た。
 9月19日の明治公園の「さようなら原発」集会は6万人を集め、JCJの有志も参加した。
 集会の後、3コースに分かれたデモでは、JCJメンバーは新宿コースの隊列に加わった。


原発推進への回帰許すな 
新政権の変節に的絞り メディアは取材強めよ

河野慎二

 野田首相が、13日に召集された臨時国会で就任後初の所信表明演説を行った。野田首相は国民の最大の関心事である「脱原発」について「中長期的に原発の依存度を可能な限り引き下げる」と述べるにとどまった。
 首相は2日の首相就任会見で、原発の新規建設は「困難」、老朽化した原発については「廃炉にする」と発言したが、驚いたことにその公約を所信表明に盛り込まなかったのだ。その一方で「安全性が確認された原発は、定期検査後に再稼働を進める」と明言した。
 この所信表明は、菅前政権の「脱原発」を事実上亡きものにして、原発推進に道を拓くことを狙っている。東京電力や財界、経済産業省など「原子力村」からは大歓迎される内容だ。
 首相の構想が筋書き通り進むか、圧倒的多数の国民が求める脱原発路線に首相を引き戻せるかどうかは、メディアの報道姿勢にかかっている。
 菅退陣から野田政権発足にかけて懸念されるのは、新聞紙面やテレビニュースから脱原発の活字が消えたことだ。
 原発新設や廃炉を巡って首相が就任会見と所信表明で見せた変節について、新聞・テレビは何の論評も加えていない。
 原発被災者を傷つける失言で辞任した鉢呂吉雄経産相について、首相は任命責任を厳しく問われている。後任に起用した枝野幸男・前官房長官は脱原発依存の推進や電力の地域独占見直しを表明した。首相は閣内に新たな火種を抱え込んだが、掘り下げた取材が見られない。
 何より読者・視聴者を驚かせたのは、世論調査で見せた突然の方針転換である。9月の世論調査で朝日、読売、共同、NHK各社が「原発の段階的停止」などを問う質問項目を外したのだ。朝日や共同、NHKはなぜ脱原発の調査を外したのか。菅退陣とともに、脱原発は終わったと判断したのか。だとすれば、国民の声を無視する浅慮と言わざるをえない。
 現実に、毎日は「菅前内閣の脱原発方針を新内閣は引き継ぐべきか」と質問、68%が「引き継ぐべき」と回答している。フジテレビの調査によると、原発新設を困難とした首相の就任会見を「適切」と答えた人が79・9%に上っている。
 マスコミ関連団体や法律家の有楽町リレートーク(10日)で行った街頭アンケートでも、90%を超える市民が「原発NO」と答えている。
 3・11大震災と福島原発災害から半年が経過し、政権が菅から野田に替わって、脱原発がかすみ始めている。新聞やテレビが首相の事実上の原発推進政策に批判を加えなければ、首相の原発政策は国民の願いとは逆の方向へ急加速する。
 メディアは今こそ国民の声に真摯に耳を澄ませ、脱原発実現への取材を強化すべきである。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年9月25号より)

 

 

 

 
 

連続講演の記録冊子 「福島原発事故を考える」好評
定価500円 メディアからも注文相次ぐ

 
 


 「さすがJCJ、仕事が速い!」「タイムリーな企画、内容もいい」――東日本大震災・原発事故の最中にJCJが企画した緊急連続講演会の記録冊子「東電福島第1原発事故を考える」が好評を博しています。
 ベテラン科学ジャーナリスト、気骨ある原子力研究者の講演内容は、多くの読者を刺激したようです。
 講演会の参加者、会員、機関紙読者のみならず、各方面から予約注文が殺到し、「想定外?」の反響に事務局はパニック状態。緊急出版に伴う印刷ミスの手直しなどで、早くから予約された方々に大変ご迷惑をかけています。この場を借りてお詫びいたします。 
 全国紙、地方紙、テレビ局などメディア各社から相次ぎ注文が入ったほか、記者・編集者個人からも多数注文を受けています。「これまでの原発報道のままでいいのか?」との自問を反映しているのでは、と思われます。
 今回の冊子に収録できなかった「レベル7の衝撃」(小出五郎氏)、6月初旬に行う「放射能汚染の行方」(野口邦和氏)と、「なぜ浜岡原発・全炉停止か?」(吉村秀實氏)の内容についても冊子化を予定、別途お知らせします。
 なお、初回の冊子はまだ残部がありますので、事務局へFAX、メールでお申し込みください。
 1冊500円、送料別です。(事務局)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年5月25号より)

 

 

 

 
 

「本質を見抜かにゃ」
「柏」制作の佐藤忠良さん逝く

守屋龍一

 
 


 彫刻家の佐藤忠良さんが3月30日、老衰のため東京杉並の自宅で逝去された。98歳だった。
 毎年7月上旬、JCJは事務局長と推薦委員会の責任者が打ちそろい、東京都杉並区永福町にある佐藤忠良さんのアトリエを訪ねる。7月4日が誕生日。花束と甘いものを贈り長寿を祝う。そして本年度のJCJ大賞用ブロンズ像〈柏〉の制作を、お願いする。
 私は、JCJ事務局長として、04年7月13日に訪問した。そのときの情景が、今でも鮮やかに思い出される。
 92歳を迎えた佐藤さんは、すこぶる元気、かくしゃくとしていた。
 天井まで5メートルはあろうかという広いアトリエ内は、夏でもクーラーなし、冬でも暖房なし、彫刻の粘土に悪影響ありと、自然環境のまんま。佐藤さんは黒のランニングシャツ姿、わたしは渡された大きな団扇をあおぎながら、懇談となった。
 ロシア民話への挿絵「おおきなかぶ」でも人気がある佐藤さんだが、なんといっても彫刻家、アトリエにならぶ作品を見渡すと、その迫力に圧倒される。秋の新制作展に出す等身大の粘土の彫像が布に包まれ、ときどき乾かないように水がかけられる。
 「かつて、『芸術は爆発だ』といって、すぐにパフォーマンスをした人がいるが、私は違うね。なんといっても丹田に力をいれ、まず対象をみる、じっくり観察する、その本質を見抜く、いわば座禅をしている達磨さんのようにね。それから作業に入る、これが大事だよ」
と、佐藤さんは語ってくれた。
 机の上には「ポランの広場」という会報がひろげられ、〈九条の会〉の記事が私の目にふれる。尋ねると、岩手県の吉田さんから送られてきたものだという。
 「きな臭い世の中、表面ではなく本質を見抜かにゃいかんよ。この会報も鋭い」
 天井まで伸びるガラス窓に目をやり、広がる空を望む佐藤さんの顔が輝いた。(JCJ代表委員)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年4月25号より)

 

 

 

 
 

地デジ難民つくるな
アナログ停波、延期求める集会

石井長世

 
 


 7月に予定されている地デジ放送への全国一斉切り替えで、テレビの災害情報も見られなくなる地デジ難民を出さないため、アナログ放送終了の延期を求める集会が3月5日東京で開かれた。
 日本ジャーナリスト会議と放送を語る会が共同で開いた集会では、立教大准教授でメディア研究者の砂川浩慶氏が、今年7月24日に現行のアナログ放送を一斉に終了し、地上デジタル放送に移行させる計画の問題点について講演。1億2000〜1億3000万台といわれるアナログ対応テレビのうち、期限までに7割前後しか地デジテレビに置き換わらない見通しについて説明し、このままでは経済的理由でテレビを買い換えられない人や、地形、ビル陰などによる難視聴問題をかかえる人々など、アナログ停波でテレビが見られなくなる人が続出すると警鐘を鳴らした。
 また、総務省が行っている地デジの普及率調査の杜撰さや、経済的弱者に対する支援の遅れなども指摘し、国策として進める事業で地デジ難民をつくることは決して許せないと強調した。 
 その上で、地デジ放送開始から、地域によってはわずか4年ほどの準備期間で全住民に切り替えの負担を強いる今の方針を見直し、地デジの普及状況や支援策の進み具合などを考慮して、放送エリアごとに段階的に移行すべきだと提唱し、集会参加者の共感を呼んだ。
 今回の大震災で罹災した世帯は、東北地方を中心に全国で約50万世帯に上ると見られており、さらに、震災による人的・経済的なダメージは日本全体にとっても計り知れない。被災地に限らず、今の日本にとっては地デジへの切り替えどころではない。
 とにかく映るテレビが万全に確保され、生命の安全に繋がる情報を得ることが何よりも必要とされている。震災の実状を正確に知り、被災者への連絡の手段を用意するためにも、テレビの果たす役割は大きい。
 アナログの停波が予定されている7月には、台風シーズンが始まる。台風の大きさや進路を知って備えるためにもテレビは不可欠である。
 こうした条件を考慮に入れず、闇雲に計画通りの地デジ化を強行するのは、百害あって一利なし。
 現在メディア関連の研究者や視聴者団体などがアナログ停波の延期を求める運動を展開しているが、この際、総務省、各テレビ局は停波を思い切って2〜3年延期する方針に切り替えるべきではないか。(JCJ会員)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年3月25号より)

 

 

 

 
 

市民とジャーナリストの協働で
時代の「閉塞」状況打破を 共に考え行動するJCJ

阿部 裕(事務局長)

 
 


 迷走・混沌・漂流そして閉塞―いま、日本の政治・経済・社会のみならず、メディア・ジャーナリズムが陥っている状況である。2009年夏の歴史的な政権交代に託した民衆の期待は、民主党鳩山政権・菅政権の挫折、方針転換によって裏切られた。「普天間」「消費税」「派遣労働」「高齢者医療」……。さらに、菅政権は、「平成の開国」の名の下にTPP(環太平洋連携協定)や「税制と社会保障の一体的改革」なるものを強行しようとし、主要メディアは「もっと急げ」と煽動する。
 「真実を伝える」と同時に、「権力を監視する」「社会に警告する」メディア・ジャーナリズムの役割を果たしているのか? むしろ、権力と同調し、督励し、煽動して恥じないのはなぜなのか?
 いま、大新聞や民放キー局の報道姿勢や論調の背景には、読者・視聴者離れ、広告離れによる経営危機、将来への不安が横たわり、人員削減、制作費カットが恒常化している。腰を据えた調査報道などできない。出版は「電子書籍」の対応に必死だ。そんな状況の中、大阪地検特捜の不祥事報道やJCJ賞受賞作のような報道が現場の血の滲む努力で生み出される。
 そうした政治・経済・社会とメディア・ジャーナリズム状況を踏まえて、JCJは今年、どのような目標を立て、構えで活動すべきなのか、が問われている。
 昨年6月、機関紙「ジャーナリスト」(日米安保50年臨時増刊号)のJCJ声明で訴えた「市民とジャーナリストの新たな連携」を一層強め、広げ、固めていく。昨年4月「普天間の真実」をテーマに、琉球朝日放送・三上智恵キャスターを招いた集い―会場は満員、通路も埋まった。5月末の緊急集会「安保と報道」(伊藤千尋・中村梧郎・与那原良彦氏)も、鳩山政権末期と重なり、臨場感が溢れた。最大のイベント「8月集会」―沖縄2紙の編集・論説責任者(JCJ賞受賞)を交えた「沖縄差別とメディア」鼎談も意欲的な取り組みだった。6月の安保50年シンポも学者・研究者との連携で領域を広げた。
 いま、読者・視聴者・市民が何を求めているのか? 疑問に答え、共に考え、行動することがJCJに求められている。
今年の行動目標を箇条書きにすると、
●緊急・不可欠なテーマでタイムリーな催しを追究
●既存メディアの改革とネットメディアへのジャーナリズム構築
●会員・読者の発言と交流―機関紙・ネットをもっと活かす
●会員・読者の拡大で運動の幅を広げる
●ジャーナリズム講座―社会・メディア・若者の信頼と絆を創る
 各界各層の市民、働く人々、苦しみ悩む人たちと共に悩み、考え、行動するJCJがいま求められている。じっくり腰を据え、活動を始めよう。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年2月25号より)

 

 

 

 
 

沖縄米軍の高江ヘリパッド建設強行に抗議
米大使館に怒りの申し入れ書届ける

川田 豊実

 
 


 年明け早々の1月10日午後、東京・虎ノ門のJTビル前で、沖縄防衛局による米軍高江ヘリパッド(直径75mのヘリコプター離着陸帯)建設の強行に抗議する行動が行われた。主催は「沖縄を踏みにじるな! 緊急アクション実行委員会」、「ゆんたく高江」、「沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック」。本来はアメリカ大使館に抗議の申し入れ書を手渡しに行くための集合場所であった現地で、警官隊の厚い壁に阻まれ、その場での抗議行動に移った。
 沖縄県北部国頭郡一帯は希少な種が多数生息する生物多様性に富んだ豊かな亜熱帯性の森林地域で、沖縄本島の生活用水の6割を供給する「県民の水がめ」である。そのど真ん中にある高江地区には、すでに15カ所の米軍ヘリパッドが作られているが、今回新たに、集落を取り囲むように6カ所に新設する工事が、住民の反対を押し切って着工されたことが問題となっている。
 この地域は1957年以来、米軍の「北部訓練場」としてベトナム戦争などジャングル戦の訓練に使用されてきた。昼夜なく行われるヘリコプターの戦闘訓練は、今も住民の生活を騒音や振動で切り刻み、墜落事故の危険にさらし続けている。
 そのため住民は2006年にヘリパッド反対の決議をして意思を表明、さらに要所での座り込みやテントでの監視を続けている。しかし沖縄防衛局は、この座り込みを「通行妨害」として住民15人(うち1人は8歳)を訴えた。その裁判中の昨年12月22日早朝、沖縄防衛局は突然工事を強行。翌23日夜には米軍ヘリがテントの真上で低空ホバリングし、風圧でテントや椅子が吹き飛び、支柱が折れ曲がるという事件が起きた。今回の抗議は、これら一連の事件に対するもの。この低空ホバリングによる被害について、防衛局長は「通常の訓練」と容認の姿勢を示しているという。
 警官隊の阻止が解けないまま、寒風の宵闇の中を、各地から届いた抗議文が次々と読み上げられ、韓国・済州島での海軍基地建設に反対している現地の住民や、米軍の現役兵士などからも連帯のメッセージが届いているという報告もなされた。
 集まった100人近くの参加者たちは警察側と押し問答の末、代表3人が通行を許されて大使館に向かったが、大使館員は申し入れ書を受け取らず、警備員に手渡された。散会後、参加者は防衛省への抗議行動に向かった。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年1月25号より)

 

 

 

 
 

2010年「ジャーナリスト」10大ニュース決まる

 
 


  2010年の「ジャーナリスト」10大ニュース選考会が、12月6日、JCJ事務所で開かれた。柴田鉄治、石埼一二代表委員、河野慎二運営委員、阿部裕事務局長ら8人が、会員から寄せられた候補案をもとに討議して項目を決め、運営委員に諮り決定した。

<JCJ選定 10大ニュース>
(1)「日米関係の危機」を煽り、「『普天間』の県外・国外移転」求める沖縄県民の切実な声を黙殺し続けた大手メディア
(2)検察の腐敗が露呈――大阪地検特捜検事が「郵便不正事件」の証拠改ざん――朝日新聞スクープ、検察取材と報道のあり方に警鐘
(3)民間の内部告発サイト「ウィキリークス」が米国外交文書を暴露――立ち位置問われる既存メディア
(4)>「安保改定50年」、大手メディアの「対米追随報道」に抗し、沖縄2紙など健闘――沖タイ・長崎・神奈川3紙合同企画ほか地方紙連携広がる
(5)「沖縄密約」情報公開訴訟で東京地裁が政府に文書の全面開示命じる画期的判決
(6)行政権限拡大、ネット規制に道開く「放送法改悪」を論議深めぬまま強行採決
(7)TPP(環太平洋経済連携協定)参加を促す大手メディアの大合唱
(8)菅政権、「非核3原則」「専守防衛」「武器輸出3原則」の空洞化へ着々と策動
(9)「尖閣」中国漁船衝突ビデオのネット流出―「知る権利」「情報管理」「マスコミの信頼低下」で論議沸騰
(10)横浜事件、冤罪認め全面勝訴(横浜地裁)、国公法弾圧・堀越裁判で「機関紙配布、処罰は違憲」の逆転無罪判決(東京高裁)
 <次点・番外>
 ◎電子出版が本格拡大、従来の出版流通に変革迫る――新しい情報伝達手段、出版文化めぐり論議高まる
 ◎インターネット広告拡大、新聞広告を凌駕――マス・メディアの影響力衰退を象徴
 ◎北朝鮮が韓国・大延坪島を砲撃、米韓・日米合同演習で緊張高まる
 ◎マスコミ各社が「世論調査報道」を乱発――世論誘導の疑いも

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年12月25号より)

 

 

 

 
 

JCJ全国交流集会・フィールドワーク(2010年10月9日―10)

巨大な要塞・横須賀を写す

中村梧郎(代表委員)

 
 


 船からの軍港ウオッチングには誰もが胸をはやらせた。JCJ全国集会には初参加の現代写真研究所・フォトジャーナリズム専科の生徒7人。しかし折からの雨に、船上での撮影は苦戦を強いられることとなった。
 横須賀を出撃基地とする原子力空母ジョージ・ワシントンはいなかったが、米海軍と海上自衛隊の艦船群がひしめく海は充分に異様だ。平和委員会の鈴木和弘さんによる詳細な解説は、船体番号だけで船名と役割を解き明かす見事さだった。ヘリ空母「ひゅうが」もいればイージス艦もいる。戦前からの軍港が、戦後さらに巨大な要塞と化した姿がそこにあった。
 米海軍が横須賀にイたがるのは、アジアから中東にかけての侵略拠点として好都合だからだが、それだけではない。米国内では出来ない放射性廃棄物の処理や搬出が日本なら容易にできるだ。排水中の放射能がすでに検知され、湾内ではガン化した魚類が次々と発見されている。さらに米国では厳重な規制のあるアスベストも横須賀では適当に処理される。潜水艦をはじめ全艦船に断熱材として多用されているのを差し替えるには、米国なら本体を完全密閉して内部を減圧し、粉塵飛散防止の作業が義務付けられているが、日本の基地内では守る必要はない。そして兵員はパスポートもなしに市内を闊歩する。
 新型インフルエンザや口蹄疫、鳥インフルなどは渡り鳥に疑いがかけられたりしているが、検疫無しのこうした「渡り兵」は疑う必要がないのか。
 ゲートを撮ろうとした瞬間に現れた日本の警官に不当な誰何を受けつつ、こんなことまでが頭を駆け巡った一日であった。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年11月号より)
*上記写真:撮影=中村梧郎。写真をクリックすると「ジャーナリスト」2010年11月号8面が開きます。他の写真も見ることができます。

 

 

 

 
 

日常生活に潜む安保の危険

横須賀でJCJ全国交流集会 「九条かながわの会」の集会に参加

 
 


 今年のJCJ全国交流集会は、九条かながわの会主催「やっぱ9条inヨコスカ」に(10月9日)に合流する形で行なわれた。翌10日には、交流集会独自に神奈川県平和委員会の鈴木和弘さんの話を聞いた。
 まず横須賀芸術劇場の大ホールで行われる全体会(講演会)に参加。詩人のアーサー・ビナードさんと作家の澤地久枝さんの講演だ。
 ビナードさんは、「アメリカの憲法には戦争の歯止めとなる規定があるが守られていない。日本に来て驚いたのは、海外派兵が憲法違反か問われていること」「日本国憲法は時代の先端をいって世界がまだ追いつけない」と語った。
 澤地さんは、「硫黄島で戦死した米兵の子どもがその後ベトナムで戦死した。日本の戦死者の遺族戦死者は出ていない」「憲法を守るには、日米安保をなくすことが必要」と、戦後の平和を守ってきた憲法の大切さを強調した。
 午後には七つの分科会、四つのフィールドワークが行われた。全国交流集会メンバーは、軍港ウオッチングに参加。 乗船場所の三笠公園まで移動する。
 軍港ウオッチングは2回行われ、平和委員会の鈴木さんが説明する。
 米軍基地は広大で、船が回り込んだ岬や、通過した水路で隔てられた島が含まれる。緑の生い茂った島も、地中には燃料貯蔵施設があるという。
 空母ジョージ・ワシントンは不在だったがイージス艦が停泊していた。海上自衛隊の艦船も見える。ひときわ大きいのは揚陸艦「ひゅうが」だ。ヘリ空母と呼ぶ方がわかりやすい機能の艦だ。
 下船した後は、JCJ放送部会の仲築間卓蔵さんが戦艦三笠の前で行う『坂の上の雲』の解説を聞く。仲築間さんはこの小説が東学党の抵抗運動や日本軍の王妃殺害をほとんど無視する偏った歴史観の作品だと解説する。
 2日目は、ホテルに鈴木さんが迎えに来てくれて、米兵犯罪の現場を案内してもらいながら、会場のヴェルク横須賀に移動した。
 宿泊したホテルのすぐ裏手はタクシー運転手の殺された現場だ。
 移動中に通った米軍基地の前の歩道橋では、米軍属が喧嘩相手を殴殺した。出勤途上の女性が自宅近くで殺された現場にも立ち寄った。
 ヴェルク横須賀では、2日目からの参加者も交え横須賀米軍基地の実態とその危険性について、鈴木さんの話を聞いた。
 神奈川の米軍基地は14施設ある。よく沖縄に次ぐ第二の基地県といわれるが、数や面積が二番目ではない。しかし米陸軍第一軍団司令部の置かれるキャンプ座間や、在日米海軍司令部のある横須賀基地があり、重要度は高い。
 安保条約では使用されなくなった施設は返還されることになっているが、なかなか返還されない。根岸住宅地区は池子での住宅建設を条件としている。池子は逗子市と横浜市にまたがり、横浜市域での住宅建設は、逗子市、県、国による三者合意違反ではないと強弁している。しかし出入りゲートは逗子側を使うことになるので、逗子市民の反対姿勢を無視できないのが現状だ。
 横須賀基地は軍人・軍属が1万4千人いると推定される。横須賀に空母が配備されたのは72年。当時の市議会は全会一致で反対したが、日本政府は一時的な利用とごまかしてきた。
 国は空母乗組員家族の居住と表現して、母港とは言わない。しかし、周囲をイージス艦8隻に護られた空母が駐留することは、大規模な米軍の増加になる。
 米軍や家族は基地内に住むだけでなく、施設外に家を借りて住む。家族と生活するので、米兵による犯罪件数は減少しているが、鈴木さんは数字のまやかしもあるという。米兵犯罪の検挙率は100%で、米兵によると認知された件数しか数えられない。
 また長期滞在するうちに地理に明るくなるから、必ずしも地元で遊ぶとは限らないという。
 軍事の民間との融合も見逃せない。米軍物資はコンテナで運ばれ、本牧ふ頭なども利用されている。
 こうして日常生活や経済活動と米軍が密接にかかわることは、日米安保に疑問を持たない傾向の一因なのかもしれないと感じた。 (神奈川支部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年10月号より)

 

 

 

 
 

 2010年度JCJ賞贈賞式
記者魂が結実した5作品 「報道とはなにか」を問う

 
 


 2010年度のJCJ8月集会「市民とジャーナリストを結ぶ集い」が8月14日、東京・日比谷の日本プレスセンターホールで開かれ、約180人が会場を埋めた。
 初めにJCJ代表委員の柴田鉄治氏があいさつし、総計96件の応募・推薦の中から選ばれた今年度のJCJ賞4件、新人賞1件について紹介。その中で本土の沖縄報道に触れ「米国一辺倒が続き、とても新聞とは思えない」と批判した。
 続いて贈賞式と受賞者スピーチに移った。NNNドキュメント09「アラームに囲まれた命〜NICU…医療と福祉のはざまで」で黒田清JCJ新人賞を受賞した札幌テレビの遊佐真己子氏に、故黒田清氏の令兄である黒田脩氏と大谷昭宏JCJ賞選考委員が賞金とオブジェを贈った。
 遊佐氏はすべて女性で取材チームを組むことで母親らに密着できたことや、未熟児で産まれ障害を持った子供の行き場がない現状を番組で訴えたことで、行政も動き始めたことを指摘した。

◇JCJ賞は4点に

 JCJ賞では、まずキャンペーン報道「笑顔のままで 認知症―長寿社会」で信濃毎日新聞の五十嵐裕氏に、諫山修氏が賞状と記念品を贈った。
 五十嵐氏は認知症患者の家族を報道するにあたり、実名にこだわったことを強調し、書く側の覚悟や責任、道義はそこから発生すると語った。
 次に「ルポ資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄」(東洋経済新報社)の著者・白戸圭一氏には清田義昭氏が贈賞。白戸氏は毎日新聞記者として4年間、ヨハネスブルクに家族と住み、戦火が絶えないアフリカと日本人の生活との関係を問うてきたと振り返った。
 続いて普天間基地問題についての連載「呪縛の行方」などで琉球新報社政治部長の松元剛氏に柴田鉄治氏から、連載「迷走『普天間』」などの報道で沖縄タイムス論説委員長の長元朝浩氏と西江昭吾記者に酒井憲太郎氏から、それぞれ賞状・記念品が贈られた。
 休憩の後に「『沖縄差別』とメディア」のテーマで、桂敬一氏(元東大教授)をコーディネーターに琉球新報の松元氏と沖縄タイムスの長元氏が受賞記念鼎談を行い、日米両政府を追い詰める沖縄世論などについて議論が盛り上がった。(S)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年8月号より)

 

 

 

 
 

 普天間も新基地もいらない 
「子どもの未来 取り戻したい」

県民大会、沖縄の意思はっきり

鈴木力(出版部会)

 
 


 4月23日午後に那覇に入った。ホテルからすぐに外出。できるだけ街を歩く。
 大田昌秀元沖縄県知事の事務所を訪ねてお話を伺った。大田さんがパネラーとして参加した討論会に私も出席。「国家があって国民があるのではない。国民があってこその国家なのだ」と力説する大田さんに、沖縄の意思を見る。
 レンタカーで辺野古へ行った。基地反対を訴えるテント村は、次々に訪れる人たちで大賑わい。少しずつ、県民大会への熱気が盛り上がり始めている気配。
 24日、辺野古から勝連半島へ。平安座島、宮城島、伊計島、浜比嘉島。突然浮上した勝連半島沖普天間飛行場移設案の現地を巡る。
 「新基地建設絶対反対」の立て看板と「学校統合反対、故郷を壊すな」という看板が目につく。聞くところによると、各島の小中学校を統合する計画があるが、島の拠り所としての学校存続を願う声が多い。
 それを逆手にとって、基地建設と引き換えに学校統合は見送る、という裏取引が政府関係者と現地の有力者の間で画策されているともいう。ここでも住民の弱みにつけ込む政策か。
 25日。朝から沖縄日和。真っ青な空に雲ひとつない。私はある取材チームに同行させてもらい、9時半に那覇を出発。さすがにまだ道は空いていて、会場の読谷村運動広場には10時半に到着。
 会場設営はまだ半ば。地面に広げられた青いビニールシートに「普天間基地は国外県外へ移設せよ!」と書かれた巨大な文字が陽光を照り返す。多分、上空からのヘリの撮影を意識したもの。
 午後1時。県内ミュージシャンたちによるプレイベントが始まる。2時半を過ぎたころから、会場は続々と詰めかける人波で埋まり始める。旗が揺れる。動員された人たちも多いようだが、やはり圧倒的なのは個人参加。車椅子や白い杖の人たちも目につく。やむにやまれず不自由な体をおして基地撤廃への最後の、本当に最後の期待をかけて参加を決意したのだろう。親子連れも多い。「子どもの未来を親の責任で取り戻したい」と語ったのは、東村から家族8人で参加したというYさんだった。
 午後3時、開会。普天間高校3年の岡本かなさんの言葉が切なく響く。「フェンスの中に閉じ込められているのは、基地ではなく私たちなのではないでしょうか」
 共感と哀しみに会場がどよめく。次々に厳しい言葉が続く。前日まで参加をためらっていた仲井真弘多知事さえ、「沖縄への米軍基地の過度の集中は差別に近い印象だ」と声を張り上げた。伊波洋一宜野湾市長、稲嶺進名護市長らの決意表明。
 開会後も、会場へ続く道路はほぼ10キロにわたって大渋滞。ついに4時半の閉会までに間に合わず、涙を呑んで引き返した人たちも多かったという。事務局発表の参加者数は約9万人。ジリジリと照りつける陽の下で、熱気は人数を上回る。
 5月4日、首相として初めて沖縄を訪れた鳩山首相は、この大会をどう見たのか。たった数十分の住民との対話。罵声の中の日帰り訪沖。「抑止力を学んだ」という首相は、学んだ中身をきちんと説明したのか。踊る言葉と爆音下の生活との乖離。
 県民大会は終わり、沖縄県民の意思は示された。その意思を私たち全国民がどう受け止めるか。今度はそれが問われる。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年5月号より)

 

 

 

 
 

 憲法メディアフォーラム 5周年シンポ開催

JCJとMIC

 
 


 JCJとMICが運営しているサイト「憲法メディアフォーラム」の創設5周年シンポジウムが8日、文京区民センターで開かれた。参加者は80人。
 今年のテーマは「日米密約」。アメリカの解禁資料をもとに日米安保を研究している新原昭治氏、元共同通信ワシントン支局長の春名幹男氏(名古屋大大学院教授)、外務省高官の、核持ち込み密約引き継ぎなどをスクープした共同通信記者の太田昌克氏が、「放送レポート」編集長の岩崎貞明氏をコーディネーターとして討論した。
 外務省は昨年暮れに日米間の密約を調査する有識者委員会を設置し、3月に報告書を発表した。そして「核搭載艦船の寄港と領海通過」、「朝鮮半島有事と事前協議」、「有事の沖縄への核再持ち込み」、「沖縄返還時の原状回復補償費」の四つを「広義の密約」、「狭義の密約」「密約なし」などとそれぞれ結論付けた。
 新原氏は委員会の結論を、「日米安保」にふれない政治的思惑による文書と批判する。「日米密約」は、第三国に対して秘匿する密約ではなく、日本国民に核持ち込みや沖縄返還費用の肩代わりを隠すものだからだ。
 新原氏によれば米側公開文書で明らかになった日米密約は60以上あり、「核」、「基地」、「自衛隊の指揮権」に大別される。
 太田氏は歴代防衛事務次官の取材の周辺などを報告した。
 また太田氏は、「抑止力」という言葉について、「武力攻撃を仕掛けたら報復される不利益をこうむるから相手が攻撃を思いとどまる」形の抑止力だけではなく、経済制裁や国際世論の反発や自国民の反戦運動など、戦争を抑止するものは多様にあると指摘し、「抑止力」という言葉が熟慮無く一人歩きしていると語った。
 有識者委員の一人である春名氏は、常識的には四つ全てが密約といえるという。春名氏は密約なしとされた「有事の際の沖縄への核再持ち込み」の約束は、ニクソン・佐藤会談で首脳同士が交わし、佐藤首相から引き継がれていない、と事情を説明した。しかし、もとより、佐藤首相の息子の佐藤信二氏から提出されたメモを、アメリカ側はホワイトハウスに残していて、約束は有効だと考えている。多くの密約は公式に破棄されているわけではなく、現在も有効に機能している。その意味で、日米密約は、今も生きている問題だ。(機関紙部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年5月号より)

 

 

 

 
 

普天間の真実に迫る
 三上智恵さんの緊急報告に140人


「政局報道の具にするな」

 
 


  4月9日、沖縄県民の国会前抗議行動を支援していた人も駆けつけた緊急報告集会は、会場の岩波セミナールーム(神保町)があふれる141名参加の盛況。集会タイトル「東京のテレビが伝えない 普天間問題の真実」を知ろうとする思いの強さが示された。
 報告したのは琉球朝日放送のニュースキャスターでディレクターの三上智恵さん。三上さんが制作した番組「狙われた海」を見た後、報告に移った。三上さんは軍用地借り上げの有無で経済格差の生じる辺野古の複雑な現地事情や、大規模集会開催実現に留まり、その先に行かない沖縄の運動の弱点などを率直に語った。
 三上さんが2000年代前半の海上ヘリ基地反対運動高揚期を取材した「海にすわる〜辺野古600日の記録」は数々の賞を得た。しかし、基地建設反対派だけ取材するのではなく、「賛成派も取材すべき」という意見があるという。三上さんは「賛成しているのは果たして誰か。政治家や官僚はその時の立場で発言しているだけ。地元の首長や県知事は賛成派ではなく先に諦めた人。本当の賛成派は日本の安全保障には基地が必要だと漠然と思い、基地建設を推進する政治家に投票する多数の日本国民ではないのか」と問題提起する。
 辺野古の北に位置し、沖縄には珍しく水深がある大浦湾は1960年代半ばに米軍が軍港建設を計画していた。その時、住民が反対に立ち上がり計画を撤回させた。「普天間基地代替」と呼ばれる計画は、実は「新基地建設」で、昨年秋10月放送の「狙われた海」では、過去に基地建設を拒否した住民が、基地建設に協力せざるを得ない苦悩を描いている。
 三上さんは「普天間問題」を、沖縄の現実とは無縁なところで民主党政権が迷走しているなど政局報道の具にしている、と全国紙やキー局の報道姿勢を痛烈に批判する。
 4月25日には、沖縄で県民大会が開かれる。琉球朝日放送は1時間半の生中継をするという。(機関紙部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年4月号より)

 

 

 

 
 

なぜ日本は米国のポチなのか

ミニシンポ 従属の特異性を分析

 
 


 2月24日(水)、JCJ事務所で、「なぜ日本はアメリカのポチなのか」と題して第14回JCJミニシンポが開催された。講師は「かもがわ出版」東京オフィス所長の松竹伸幸さん。日本が戦後一貫してアメリカに従属してきた要因を探った。参加者は33名。講演要旨は以下の通り。
 駐留米軍の公務中の事件事故は、安保条約の地位協定で日本には裁判権がない。では安保成立いらい米国で裁判されたことはあるのか、との3年ほど前の国会での質問に外務省は「一件しか裁判していない」と答弁した。欧州ではありえない。地位協定では公務外の場合は日本に裁判権があるとなっているが、ほとんどは裁判権を放棄するという密約がある。「日本の裁判所が下した刑は、我が国の軍法会議より軽い」という駐日大使の文書もある。
 外国軍隊の駐留には同盟型と植民地型とがある。「日本での米英軍の駐屯は、独立後のフィリピンにおける米軍や、エジプトにおける英軍などと同様の性格になるだろう」とマッカーサーが昭和天皇に語ったという記録がある。エジプトの実態は外交的に独立した国家ではなく、英軍人にはエジプトの裁判権は及ばなかった。日本は51年の安保条約の行政協定で米軍人への裁判権を全て放棄した。エジプトと同じ植民地型。占領が終わり、形の上では独立国家となった後も、実態はそれまでを受け継ぎ主権国家としての地位を放棄した形で出発した。
 「約束事を無視しても日本側は抗議の声をあげない。黙認され繰り返されているから慣行になっている。沖縄の日本返還で、沖縄での慣行は日本本土にも適用される。だから本土にも核持ち込みは可能と解釈できる」というのがアメリカの考え方だ。73年に空母機動部隊が横須賀を母港化する時にも「過去20年間、日常不断に行われていたから慣行」だとされ事前協議はなかった。アメリカが米兵を裁判しないのに裁判しろと言えないのも同じことだ。戦後何十年も経っているのに、なぜ未だに、と思うだろうが、その逆。「何十年も同じことをやってきたから慣行である」とされ、抗議する道理を失っている。日本の支配層は今やそれを当たり前に感じてしまっているようだ。

川田豊実

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年3月号より)

 

 

 

 
 

自由法曹団と憲法改悪反対共同センター

衆議院で集会と要請行動
「改憲手続き法」廃止を求め、JCJからも運営委員など積極参加

 
 


  JCJも反対運動を続けた「改憲手続き法」は、07年5月安倍内閣の時に強行採決された。来年5月に施行が予定されている。
 11月4日、自由法曹団、憲法改悪反対共同センターが衆議院議員会館で院内集会を開いた。
 集会では、日本共産党の仁比聡平参議院議員が国会内の情勢についての報告、自由法曹団の山口真美氏が自由法曹団が作成したパンフレット「『改憲手続き法』(国民投票法)の廃止・凍結を求める ――暴走国会が生んだ未完成の欠陥法」の内容を説明した。続いて各地の運動が報告された。
 その後、参加者が手分けして議員会館にある民主党議員の部屋を訪問し、憲法審査会の始動に反対する要請文とパンフレット、自由法曹団の「改憲手続き法の廃止・凍結を求める決議」を渡した。
 この院内集会と要請行動に、JCJからは島田三喜雄、阿部裕両運営委員と保坂義久が参加した。JCJメンバーで、第二議員会館の10人の部屋を回った。ほとんどの議員は不在で 文書を秘書に渡して要請の趣意を説明した。
 民主党は独自の改憲手続き法を提出していたが、当時、多数を持つ与党に強行採決されただけに、「民主党の力でこの悪法を廃案に」という要請に、うなずく秘書もいた。

(保坂義久)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年11月号より)

 

 

 

 
 

広島で09年JCJ全国交流集会

核廃絶へ国際世論盛り上げ 加害責任にも敏感に
―爆音・米軍住宅・海面埋め立て 「草の根」運動広げ訴訟に全力―

守屋 龍一

 
 


 JCJ全国交流集会が9月5日(土)〜7日(月)、広島で開催された。テーマは「アメリカの世界戦略とヒロシマ・岩国・呉」。
 5日午後2時、米海兵隊岩国基地周辺の見学からスタート。金網越しに管制塔、滑走路、弾薬庫などを望む。久米慶典さん(山口県平和委員会代表)から、岩国への空母艦載機移駐の狙いについて説明を受ける。
 艦載機の離着陸訓練による騒音被害は、「厚さ7ミリの窓ガラスでも、電話の相手の声が聞こえない。赤ちゃんまでヒキツケを起こす」と、神村彰さん(「岩国爆音訴訟」原告団)は証言する。訓練は朝6時半〜夜10時、予告ナシ。
 新滑走路建設が急ピッチで進む。基地沖合の海573ヘクタールを埋め立て。土砂2200万立方メートル、愛宕山を切り崩して運ぶ。費用2500億円。
 米軍用住宅も1世帯5000万円の豪華なつくり。44世帯を新築、総計22億円。これすべて日本の思いやり予算で賄う。
 愛宕山に登ると、無残な山肌が一面に広がる。9年前から始めた採掘の跡地は、住宅、文化施設、公園などに造成するとの色刷りパンフレットを作り、地権者の了解を取ったが、去年から米軍住宅地へ転換すると豹変。
 怒った元地権者たちは、「愛宕山を守る会」を結成し、米軍住宅建設反対の運動を起こしている。
 午後4時から第1部・討論集会。伊原勝介さん(前岩国市長)が、「米軍再編をめぐる岩国の闘い」と題して講演。民主党の圧勝による政権交代を視野に、「草の根ネットワーク岩国」の運動を広げ、爆音・愛宕山開発・海面埋め立てなど、訴訟に全力を挙げると訴えた。
 夜は懇親会で盛り上がる。秋の名月を観賞しながら錦帯橋への散策も格別。

 6日バスにて広島へ向かう。10時半から原爆資料館内会議室で、第2部・討論集会。小野益平さん(広島経済大教授)が、「変貌する呉・ヒロシマ・岩国」と題して講演する。
 呉の海上自衛隊を追跡していると、旧海軍の発想をそのまま復活させ、海外に出ていく部隊として、日夜訓練しているのが事実だと指摘。午後からは、JCJ広島支部が主催し、市民も参加する「09不戦のつどい」。今年のテーマは「戦後日本人の歴史認識を探る」
 田城明(中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター長)さんが、「ヒロシマ・ナガサキ宣言の意義とメディアの役割」について講演。来年5月に開催の核不拡散会議に向け、核廃絶の国際世論を盛り上げたい。我々の大事な使命だと力説する。
 つづいて纐纈厚さん(山口大学教授)は、「戦後日本人の歴史認識」をテーマに、戦時には、われわれ日本人も加害者であった、と問いかける。
 1988年、シンガポールでみた「原爆は神のお加護」という落書きは、日本軍が中国人を5万人も殺戮したという、当時の被害感情から来る率直な気持ちの表現だ。
「ノーモア・ヒロシマ」の呼びかけにたいし、原爆認識のギャップは、どこからくるか。被害ばかりでなく加害についても敏感でなければならない。
 この瀬戸内海に浮かぶ大久野島で製造した毒ガスが、中国の人々をどれだけ苦しめたか。今も深刻さは消えない。ジャーナリスト活動のあり方も問われている。

 7日は、オプショナル見学ツアー。呉・江田島にある海上自衛隊第一術科学校、「大和ミュージアム」、呉基地見学など。詳細は下段に。
 北海道、東京、神奈川、関西、岡山、香川、福岡の各支部から34人、主催幹事の広島支部11人、計45人参加。とりわけ広島支部の綿密な資料、見学場所、講師などの準備には、心から感謝します。

(運営委員)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年9月号より)

 

 

 

 
 

「国の詐欺だ」と住民

民意無視の押し付けを痛感

町田 誠

 
 


 昼下がりのJR岩国駅。各駅停車の電車を降りると、ホームのベンチに3人の大柄な若い白人男性が座っていた。改札口では2人の黒人男性がしゃべっている。「基地のマチ」を実感した。

  久米慶典・山口県議の案内で、米海兵隊岩国基地をフェンス越しに見た。管制塔や誘導路、レーダーなどが確認できた。朝鮮半島有事の際は米軍の拠点になるという。
 基地の近くに住む神山彰さん(65)が来てくださった。「飛行機が来ると、電話していても声が聞こえない。テレビも全然だめ。夜は目が覚めます。大変困っている。基地がなくなるのが一番です」。訴えが胸にしみた。
 訓練に伴う危険と騒音の緩和へ、滑走路の沖合移設が決まった。だが、予想外の事態が起きる。米軍再編の一環で、厚木基地から空母艦載機部隊の移転地に内定された。実現すれば戦闘機は2倍に増え、騒音は増す。
 瀬戸内海沿いでは埋立工事が進んでいた。「半径30キロ内には呉の海自工場があり、米軍の弾薬庫も3カ所ある。軍事施設が集積し、セットで動いている。広島湾全体の問題です」。久米県議の言葉が印象に残った。
 埋立の土砂は岩国中心部の愛宕山から削り、跡地に開発計画が立てられた。ところが事業は赤字を理由に廃止。空母部隊移転に併せ、米軍住宅の建設が持ち上がった。
 愛宕山の一画は静かな住宅街。いくつもの玄関先に「米軍住宅は要らない」と書かれたノボリが立てられている。頂上には神社があり、空き地で幼児が遊んでいた。
 地権者で「愛宕山を守る市民連絡協議会」世話人の一人、広兼隆充さん(71)が迎えてくれた。「小学校や福祉センターを建てるとか、夢のような構想だった。
 地権者は岩国のためにと思い開発に同意したのに、今は反対の方向にいってる。詐欺にあったと思っています。愛宕山は古くから親しまれてきた鎮守の森。米軍は住まわせません」。柔和な表情に固い意思が宿る。  米軍が絡んだ際の、国の「なりふり構わなさ」「民意無視」の不条理を、岩国で思い知らされた。地方分権がかすむ上意下達意識や、問題を金で解決しようとする姿勢。自衛隊の基地を多く抱える北海道にとっても、他人事ではない。

  同日夜の討論集会。
 基地拡充に反対し落選した井原勝介・前岩国市長は「3年前の住民投票で『空母部隊の移設反対』という意思を示した経験を通し、『自ら動いて政治を変えよう』との住民意識が根付きつつある」と期待をかける。
 一方で、「沖縄問題に比べて岩国はなかなか報道されず、全国的に知られていない」との嘆きも聞いた。
 報道すべきテーマを、きちんと報道できているのか。メディアに対し、岩国から痛切な課題が突きつけられている。

(北海道支部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年9月号より)

 

 

 

 
 

重機・建造物群が圧倒

海自の呉基地を見学

茂木 章子

 
 


 集会3日目、再び現地見学。広島支部の迅速で気配りの届いた案内に厚く感謝し、総勢27名は呉市の海上自衛隊基地へ。広島港から島々の点在する静かな内海を旧海軍兵学校へと渡る。この島は旧海軍の幹部養成校として歴史に数々の名を残す。現在は1956年米英駐留軍に返還されて以来、第一術科学校と幹部候補生の学校として運用され、現役の自衛官・新卒の学生があらゆる艦艇操術を学び、更に幹部自衛官の知識技術を身につけ巣立つ。
 敷地内は整然としたたたずまいに、大正6年御影石で建造された欧州風の大講堂。2階建て赤レンガの英国風の重厚な学舎、海自すべての技術習得可能の白亜の校舎として幕末から第2次大戦までの海軍関係の遺品遺影が展示されている参考館が広大な敷地に点在、存在感を見せている。校庭の「戦艦大和・陸奥」の主砲や真珠湾を攻撃した特殊潜水艇等が観光客の目を集めていた。
 退役自衛官の案内はユーモラスに工夫されていたが、若者には海自受験を何度も誘ったり、家庭での国旗掲揚の説明や呼びかけには、自衛隊の狙いや姿を実感させられた。
 江田島を後に基地呉港に向かう。船中で非核呉港を守る会の堀越さんから海側からの呉港と周辺施設についての解説。
 湾後方の山々には各基地を結ぶ海自の巨大アンテナと民間所有の物が林立。湾入口海域には艦艇用繋留樽型ブイ5個が浮かぶ見なれぬ光景が広がる。湾内は多数の桟橋につながる高炉工場群とドックやクレーンがそびえ、周辺は海自の待機所(宿舎)が海岸線に陣取り、その規模に驚愕。残念なのは軍港には1隻の艦艇もなく、活気のない景色であった。
 最後に堀越氏の解説で、丘の上から基地と関係施設を見渡し、その全容と現状を知る。51隻の最大数の艦船を配備、最多の護衛艦、高い伝統技術を誇り海外派遣の先陣を務めた掃海艇群、最多数12隻編成の潜水艦隊ほか多種多様の艦船を備える港湾、周辺に巨大な海自関係建造物が密集し、重機類の一望に圧倒され、反戦の思いもつぶされそうな感覚におちいる。
 年々基地が拡大拡充していく今、現場を見て考え、連続した情報を発することの重みを再度実感した集会であった。

(運営委員)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年9月号より)

 

 

 

 
 

市民とジャーナリストを結ぶ集い

軍事国家化の現実に迫れ

 
 


 09年度のJCJ8月集会「市民とジャーナリストを結ぶ集い」が8月8日、東京・日比谷の日本プレスセンターホールで開かれた。
 初めに元共同通信編集主幹の原寿雄氏が「ジャーナリズムの可能性を考える」と題して講演。原氏は警察による謀略である菅生事件で、仲間と現職警察官を追い詰めた経験を例に、ジャーナリストの連帯の重要性を強調した。
 続いてJCJ賞・黒田清JCJ新人賞贈賞式に移った。柴田鉄治氏(JCJ代表委員)は、今年の応募作は水準が高いと評価。自衛隊海外派遣や非核三原則見直しなどが進行する現実に迫ることが、ジャーナリズムの役割だと語った。
 ドキュメンタリー映画「ブライアンと仲間たち―パーラメントスクエアSW1」で新人賞受賞の早川由美子氏には、故黒田清氏の令兄の黒田脩氏と大谷昭宏JCJ賞選考委員から、賞金とオブジェが贈られた。
 『「戦地」派遣―変わる自衛隊』の半田滋氏には諌山修氏が贈賞。
 伊藤洋子氏はNHKスペシャル「こうして"核"は持ち込まれた―空母オリスカニの秘密」を制作したNHK広島放送局の春原雄策・西脇順一郎両氏に、中村梧郎氏は連載「川辺川ダムは問う」で受賞した熊本日日新聞の木村彰宏氏に、それぞれ賞状と記念品を贈った。
 休憩をはさんで後半は恒例の受賞者スピーチ。早川氏はイギリスの国会議事堂前広場で反戦の座り込みを続ける活動家の姿を追った初監督作品制作の経緯を語った。
 東京新聞記者の半田氏は18年にわたる取材から、日米同盟体制の下、いかに自衛隊が変化しているかをリアルに指摘した。
 米第7艦隊の主力空母オリスカニが日本に核兵器を持ち込んでいたことを、綿密な調査で明らかにしたNHK広島放送局の西脇順一郎氏は、軍事機密の壁に阻まれた取材の困難さを披露した。
 公共事業のあり方とともに国と地方の関係も問う長期連載を継続している熊本日日新聞の木村氏は、数多くの住民集会の取材体験から、自らのジャーナリズムを形成していった経過を語った。
 最後に、酒井憲太郎JCJ事務局長が、この集会で「今こそ核廃絶にペン、カメラ、マイクを」との宣言を出すことを提起、満場の拍手で了承された。
 集会はTBSアナウンス部の岡崎潤司氏の軽妙な司会でスムーズに進行した。参加者は約120人。


市民とジャーナリストを結ぶ集い宣言

いまこそ核廃絶へ
ペン、カメラ、マイクをとろう

  「核兵器を使った米国には、道義的責任がある」―今年四月、米国のオバマ大統領が述べたこの言葉は、全世界に衝撃を与えました。
 核兵器の開発競争で起動的役割を果たしてきた米国の指導者から初めて聴かれた「良心の声」でした。
 核兵器は既に人道的に「使えない兵器」であり、それを持ち合うことで均衡が保たれるとする「核抑止論」は、何の役にも立たないということはもはや国際的な常識です。それはキッシンジャー、シュルツ両元国務長官らの提言にも見られる通りです。
 世界の非核地帯は、既に南半球全域に広がり、その加盟国は百か国を超え、「核兵器廃絶」の声は、いまや世界の世論となっています。
 しかしながら、8月4日、政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」が麻生内閣に提出した報告書では、「核による報復的抑止については引き続き米国に依存」としています。6日、広島で麻生首相は「核抑止の必要」を述べました。
 これは、「核による戦争抑止」の幻想を捨て、一切の核兵器の廃棄に進もうとするオバマ大統領の政策転換に水をかけ、妨害しようとするものにほかなりません。「恐怖と力による支配」という冷戦思考から抜け出せない、日本の保守政権の世界と人類の未来に対する無責任な姿勢を示しています。< br>  私たち、日本ジャーナリスト会議は、「非核三原則」を厳守し、核廃絶のために闘うことを改めて決意します。
 世界で唯一の被爆国である日本から全世界のジャーナリストと平和と真実を求める多くの人々に訴えます。
 核超大国の大統領が「核廃絶」を宣言したいま、私たちは人類史の歴史的な瞬間に立っています。
 たった一つの地球を台無しにし、人類を滅亡させかねない核兵器の廃絶に向かって、立ち上がろうではありませんか。
 世界のジャーナリストには、核兵器の恐ろしさと破壊の実相を自らの目で確かめるよう、広島、長崎への旅を呼び掛け、その成果を広げるよう求めます。核廃絶と平和に向け、民族や言語を超えた人々の団結を訴えるよう求めます。
 いまこそ核廃絶に向かって、ペン、カメラ、マイクを―。

2009年8月8日
日本ジャーナリスト会議 市民とジャーナリストを結ぶ集い

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年8月号より)

 

 

 

 
 

宮崎幸二さんがTNCを提訴

直接雇用と差額賃金求め 9月2日に第1回口頭弁論

 
 


 JCJ機関紙「ジャーナリスト」4月25日号で、既報のJCJ福岡支部会員の宮崎幸二さん(45歳。TNCプロジェクトTプロ契約社員)は6月26日、Tプロと派遣先のテレビ西日本(TNC)を相手取り、両社に対して、正規社員と同じ雇用契約上の地位確認と、賃金の差額分計4200万円の支払いなどを求める訴訟を福岡地裁に起こした。
 原告・宮崎さんは、無線従事者として従事してきた送信業務は、「労働者派遣法や電波法の趣旨に基づけば派遣禁止業務に当たる」としている。また、派遣契約や雇用契約に関して「違法派遣を目的とするもの」と主張したうえで「実質的にTNCの指揮命令のもとで正規労働者と同一業務に従事しながら、約半分の賃金しか受け取っていない」などとしている。
 この日、提訴前には、同裁判所に宮崎さんを支援する「テレ西40条(派遣法)の会」、九州民放OB会、民放労連九州地連、読売新聞「押し紙」裁判原告団などから41人が駆けつけ、宮崎さんを激励するとともに、あらためて今後の支援を力強く誓った。
 第1回口頭弁論は9月2日(水)午後3時から(福岡地裁302号法廷)と決まった。代表世話人の一人、松本幸俊JCJ福岡支部事務局長は「支援傍聴に多くの人が集まってほしい。宮崎さんを最後まで支援したい」と決意を語った。
 宮崎さんの提訴については、朝日、毎日、読売、日経、西日本の5紙が27日付で報じたほか、地元民放2社も26日夕のニュースで伝えた。
 この訴訟に対してTNC経営企画局は、「法令に違反するような事実は一切ない。訴状を見て対応する」という談話を出した。(福岡支部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年7月号より)

 

 

 

 
 

JCJ6月集会開く

「新自由主義」の破局とジャーナリズムの責任
                   

 
 


 JCJの6月集会は6月6日、岩波セミナールーム(東京・千代田区)で開かれた。会場を埋める90人が参加した。
 冒頭に柴田鉄治JCJ代表委員が挨拶。柴田氏はいつから日本はこつこつとモノづくりをするよりカネにカネを生ませるのをよしとする社会になったのかと問いかけ、新自由主義と同時に進行した右傾化・軍事化にマスメディアがチェック機能を持っていないと、ジャーナリストの責任を指摘した。続いて神戸大学教授の二宮厚美氏が「新自由主義の破局とジャーナリズムの責任」と題して講演。(8面に講演要旨)
 二宮氏は80年前の世界恐慌にも比せられる現在の経済破綻の原因を分析し、新自由主義が貫く「構造改革」「格差社会」「金融破綻」を全体としてとらえた議論を展開した。二宮氏は格差社会を議論するとき、「勝ち組」と「負け組」の格差を取り上げるのが一般的だが、企業と労働者の格差が重要だと指摘。大企業、富裕層など上層にたまった投機資金がアメリカに向かい、アメリカの住宅バブルと金融バブルを引き起こした構造を描き出した。また二宮氏は大阪の例をあげ、政治が生活と結びついていないと人びとの政治的関心が薄れ、テレポリティクスに陥るとした。後半は休憩中に寄せられた質問用紙に二宮氏が回答した。

<JCJ6月集会講演要旨>

日・米の格差社会が恐慌を準備
新自由主義で薄れる政治への関心――ジャーナリズムは人権の思想持て

二宮厚美教授(神戸大学)

 多くの議論は百年に一度の経済危機を新自由主義と結び付けて語るのに失敗している。
 21世紀初めの構造改革が綻び、社会の主要テーマは格差・貧困になった。引き続いて起こったのが金融破綻。その三つの震源地になっているのが新自由主義だ。格差社会と無縁のところで金融恐慌が論じられる。
 一般に投機の行き過ぎ論が圧倒的に多かった。しかし問題は投機を招いた構造そのものだ。富裕層や大企業や大銀行に投機資金がプールされ、行き場を失って住宅市場や金融市場に流れ込んだ。
 ではなぜ過剰資金が生まれたか。過剰資金の根源は格差社会だ。上と下の開きが拡大した。庶民は格差社会の底辺の方にいるから、貧困が広がっていることは体験で理解できる。しかし過剰資金の生まれる世界はなかなか想像できない。
 過度の金融商品開発と行き過ぎた投機が原因という議論は単純すぎる。

◇「貨幣の独り歩き」説
 浜矩子さんは貨幣の独り歩き説を打ち出した。金融が実体経済と遊離して独り歩きし、実体経済に影響を与えたという説だ。一面当たっているが不満が残る。独り歩きというが、貨幣は誰かが運用している。
 投機は資本の運動法則に基づいて起こる事態だ。主体を明確にしないといけない。そこでカネを操る投資家が諸悪の根源であると説明する。しかし、そこに話が行くと、なぜ現在の不況になったのかはぼやけてくる。金融恐慌の犯人は明らかになるが、なぜ犯罪が起きたのかという構造がわからなくなる。構造改革、格差社会、世界同時不況を貫く糸として新自由主義を視座に据えておかないと現在の課題に応えられない。
 慶応大の金子勝氏は「バブルがなぜ起きるかより、なぜ繰り返されるのかが問題」という視点にすりかえた。日本の80年代末のバブル、アメリカのITバブル、今回のバブルがなぜ繰り返されたのかと循環を問題にすると、百年に一度の危機の固有な問題がわからなくなる。

◇古典的過剰生産恐慌
 今年になって金融政策だけでは問題が解決しないことが明らかになってきた。新自由主義の帰結として現在の不況を理解するとき、二つの面からみていく必要がある。一つはアメリカ発の金融恐慌的側面。もう一つは古典的と言っていい過剰生産恐慌の側面だ。<br>
 過剰生産恐慌としては1929年に始まる大不況と同じだ。ケインズが直面した問題が亡霊の如く現れた。新自由主義はケインズ的問題(過剰生産恐慌)を理論の上で否定したから現実の上で直面したといえる。
 アメリカと日本に限るが、アメリカでは住宅と証券のバブルが促進する形で膨らみ破裂した。

◇アメリカの金融バブル
 アメリカでは日本以上に格差が広がった。2009年の始まりは、日本とアメリカでは違った。日本では年越し派遣村で始まった。これは画期的だ。マスコミも1面の記事に載せた。アメリカでも教会を中心にチャリティのイベントは頻繁に行われているが、アメリカではニュースのトップにならない。オバマ政権誕生がトップだった。この違いは、ジャーナリスティックにいえば、憲法9条と25条を持つ国と持たない国の差だ。アメリカ合衆国憲法には9条も25条もない。
 アメリカで貧困から脱出するための安定した道は軍人になることだ。軍人にならない場合は貧困ローンで生活する。サラ金もどきのカード会社からカネを借り生活する。格差が広がり、貧困層の一定部分は兵士になる。

◇サブプライムローン
 アメリカの貧困層はサブプライムという低所得者向け住宅ローンを組んで住宅を求めた。<br>
 仕組みは簡単だ。たとえば2千万円を借りて住宅を手に入れる。それが1年で価格は2400万円になるとする。実際アメリカの住宅価格は5年間で倍になった。
 2千万円のローンを組んでいた住宅が2400万円に値上がりしたので、2400万円のローンに組み直した。その時にローン会社は差額の400万円を現金でくれた。その400万円でアメリカ国民はトヨタの車やキヤノンのデジカメを買った。貧困が深まりながら、住宅バブルの期間中、消費を活性化した。これは典型的な住宅バブルだ。ローン会社は住宅ローンの債権を転売し、その債権を入手した証券会社はさまざまな債権を束ねて証券にする。証券を持っていれば債権の利息と元本が入ってくる。いろいろなローンを編制替えして証券を作り世界中に売りまくった。さらに保険会社が、ローンが焦げ付けば肩代わりする保険をかけさせた。保険会社に保険料が入る。保険会社はそれを束ねて証券にし、全世界に売った。2007年、保険を元手にした証券が6000兆円だ。 リーマン・ブラザースが破綻したとたんにAIGグループが倒産の危機に陥った。そして事実上国有化された。
 AIGがもし救済されなかったら29年の恐慌以上になっただろう。

◇格差の拡がった日本
 一方、日本では2001年ぐらいから不況だったのが、アメリカのバブルで大企業が儲けて景気が回復してきた。竹中平蔵氏は構造改革の効果というがそれは逆だ。構造改革は格差を広げ庶民の購買力が落ちていた。デジカメ、携帯以外は国内でモノは売れなかった。息を吹き返したのはアメリカ向け輸出によってである。<br>
 大企業はカネが余る。それを労働者に回しておけばよかった。大企業は銀行からカネを借りない。中小企業は不振だから銀行は貸し渋る。銀行の資金はアメリカに投資されバブルを支えた。
 構造改革は底辺層のカネを委縮させ、上層に集まる金はアメリカに向かった。日米両国の格差社会が恐慌を準備した。
 新自由主義に対して、一般マスコミでいわれているのとは違う評価をしておかねばならない。

◇最後の勝ち組は企業
 新自由主義は「市場原理主義」といわれる。これだけではまずい。労使間の階級間格差を広げるという点を見るべきだ。労働者の取り分が一番多かったのは1997年だ。国税庁統計で民間の給与所得者の平均年収は467万円だった。10年後には32万円減った。<br>
 これが一番大きな格差の焦点だ。格差社会論の大半は、「勝ち組」と「負け組」ができて、その間の格差が広がると説明する。非正規と正規の格差は企業が作り出したものだ。すべての労働者に対し企業が最後の勝ち組だ。

◇薄れる政治への関心
 新自由主義は戦略として福祉国家を解体する。 かつて革新自治体のもとで福祉が拡充された時代には、市民の政治への関心が高かった。しかし「財政再建」が唱えられ福祉が後退すると、生活に関わらない政治に対する関心は低下する。典型的な例は大阪だ。大阪市の市政はめちゃくちゃだったが、市民は白け、投票によって市政を変えようとは思わず、市長選挙の投票率は長年30%台だった。
 どういう形で政治的関心が高まるかといえば、メディアがポイントだ。大阪の場合、圧倒的に吉本興業の影響力がある。どの番組にも吉本の芸人が出ている。しかも大阪にはローカル紙がない。

◇福祉国家を解体
 橋本政権のころは日本では福祉国家の代わりを土建国家と企業社会がやってきた。年金制度が不十分なところを企業年金や退職金で補ってきた。 医療制度も大企業の健保組合と協会健保と国民保険の階層があって、大企業が有利だった。国は、不十分な社会保障の代わりに企業内福利に依存してきた。ところが新自由主義はそれを厄介者にして切ろうとする。それで大企業は正規社員を優遇する年功序列制をやめるのはいいことと思い、踊らされる。これは企業の中の格差をむき出しにしている。

◇土建国家の役割
 今までの財政政策が福祉国家の肩代わりをしてきた。青森や秋田で農業をつぶすと一家の大黒柱は仕事がないので、冬を中心に東京へ出稼ぎに来る。田中角栄は信濃川の改修工事を引っ張ってきた。地元の利益を重視して地域を守りコミュニティを維持してきた。高知へ行った時にタクシーの運転手に「今年は台風が来ないで皆困っている」とぼやかれた。台風が来れば復旧工事の需要がある。公共事業でコミュニティが維持され、自民党の支持基盤を形成してきた。

◇地方を切り捨てる財界
 ところが財界は巨大な多国籍企業が主流だから公共事業は無駄と思う。 昔は日本全国を開発して地域の資源や労働力を吸い上げて輸出製品に回して伸ばしてきた。今の大企業は世界市場でいかに生き抜くかしか視野にない。例えば福井テクノポートという港を作ったがコンテナ船は1隻も入っていない。日本の大企業は福井県でモノづくりをせず、直接中国に工場を建てる。そのほうがよほど効率がいい。 現在の麻生政権は統治能力を失っている。新自由主義を進めることも後戻りすることもできない。
 すべての世代で支持率が落ちている。高齢層も若者層も引き付ける政策がない。ジャーナリズムはマスメディアにお株を奪われてしまった。これは公共圏が少なくなると、まっとうな政治判断をすることができないからだ。ハーバマスは「フランスの市民革命はサロンやカフェの公共空間で生まれた」と書いている。ジャーナリズムは反権力が原点だ。それに加え、人権を擁護する思想で現代の多様な問題に切り込んでもらいたい。

 (まとめ=保坂義久)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年6月号より)

 

 

 

 
 

JCJ代表委員 亀井淳さん 逝く 

常に民衆の視座で
                   
橋本 進(JCJ元代表委員)

 
 


 JCJ代表委員、亀井淳氏が、5月10日、逝去された。肺がんであった。心からの哀悼をささげながら、その足跡をたどりたい。
 1935年、東京生まれ。慶応大仏文科卒、57年から78年まで『週刊新潮』に在籍、のち文筆活動に入る。『「週刊新潮」の内幕』(83年)『写真週刊誌の犯罪』(87年)で、マスコミ・ジャーナリズム研究、評論家として出発、87年からJCJ出版部会と交流、会員になられた。
 88年、『ドキュメント三宅島』でJCJ賞奨励賞を受賞。作品は素朴で大らかな島民たちの粘り強いたたかいと、権力の乱暴な攻撃を生き生きと描くものだった。島民の間に分け入り長期にわたった取材姿勢は、三宅島村長をして、「亀井さんは島民だ」と言わしめた。
 つねに民衆の視座に立ち、丹念な取材をつみ重ねる――これがジャーナリスト亀井の手法であった。この手法をもって、民衆と日米支配勢力との矛盾が集中的に表現される地、沖縄へ亀井さんは足を向けた。氏の沖縄取材は亡くなる直前まで続いた。ことあるごとに現場からの報告が寄せられたが、著書として『反戦と非暴力――阿波根昌鴻の闘い』がある。
 沖縄サミットを前にした「JCJアクション沖縄取材ツアー」(00年5月27日〜29日)は、亀井氏の提言・企画によるものだった。50名を超える取材団は、JCJ史に残る大事業だったが、その実現のための亀井氏の奮闘ぶりは、今も語り草である。
 このように亀井氏はJCJ企画委員会の重要メンバーだったが、JCJ賞推薦委員会の柱としての活躍は、忘れることができない。困難な情勢下での良心的ジャーナリストの仕事を励ますことは、JCJの重大な任務である。作品数はJCJ賞が社会的重みを加えるに比例して、応募作品数は増える一方である。
 見落とし、読み落としがあってはならない。毎年、年明け早々から亀井氏は他の推薦委員の方々と協力して、多様、多数の作品の吟味に没頭された。
 06年からはさらに新たに代表委員の責を引き受けられた。
 氏にはジャーナリスト専門学校講師としての教育者の側面や、皇室報道批判等時評家の側面があり、また未刊の自伝的作品『遠い潮の香――記憶の中の戦跡』(06年)等があるが、語り尽くせない。
 一言でいえば、亀井氏はすぐれたジャーナリストでありつつ、すぐれたジャーナリスト運動家であった。日本とジャーナリズムの未来を見すえてたたかわれた生涯の志は、私たちの胸に生きつづける。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年5月号より)

 

 

 

 
 

NHKは番組改変の経緯を反省し、
放送倫理の確立に努めるべきである

〜BPO「意見書」についての見解〜

 
 


09年5月14日
日本ジャーナリスト会議

 01年1月に放送されたNHKの「問われる戦時性暴力」の改変問題について、NHKと民放でつくる第三者機関・BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会は、4月28日、放送直前にNHK幹部が番組内容を事前に国会議員に説明したことについて、「公共放送にとってもっとも重要な自主・自律を危うくし、視聴者に重大な疑念を抱かせる行為」とする意見書を公表した。
 BPOはその中で、番組改変の実態に触れ、NHKの国会担当局長と放送総局長らが放送前日に安倍官房副長官(当時)と面談した後、制作担当のチーフプロデューサーらに改変を指示、その結果「放送人の倫理として、当然目指すべき質の追求という番組制作の大前提をないがしろにした」と指摘した。
 その上で、こうした一連の行為は、NHKにとって生命線とも言うべき「自主・自律の堅持」原則に疑念を持たせると述べ、政治家への番組事前説明は「いまもなお繰り返されうることを示されており、改善は現在の課題だ」と、NHKと政治家との関係に警鐘を鳴らしている。
 意見書は最後に、視聴者の信頼を築くためには、放送の現場で働く職員一人ひとりが、今回の改変の経緯を自ら確かめ、放送の自律とはなにか考えてほしいと、特に若い人々に呼びかけている。日本ジャーナリスト会議は、この意見書について、BPOが、今回の改変問題に内在する放送倫理と番組のあり方ついて真剣な検証を重ね、公共放送のあるべき姿を大胆に示した見識ある見解であると考える。
 しかし、NHKは意見書について、「国会議員の意図を忖度したりした事実はない。放送倫理上の観点から番組の質を論ずることに強い違和感を覚える」と反論している。
 日本ジャーナリスト会議は、NHKが意見書の内容を真摯に受け止めることを求める。
 NHKの最高意思決定機関である経営委員会の小丸成洋委員長は5月8日、政治家への番組の事前説明は「絶対にあってはならない」と表明している。
 BPOの意見書は、NHKにとって極めて重い内容になっている。NHKは視聴者の期待と信頼に応えて、21世紀の公共放送としてふさわしい放送局になるため、意見書を真正面から受け止めて対応するべきだ。
 日本ジャーナリスト会議は、NHKがこの意見書を今後の番組つくりに活かし、NHKの自主・自律と放送倫理の確立に全力を挙げて取り組むことを強く要望する。

 

 

 

 
 

出版部会4月例会>
拡がるアマゾン、グーグル衝撃
星野渉さんが出版界を「定点観測」

 
 


 4月11日、岩波セミナールームで、出版部会総会と4月例会が開かれた。総会では09年度の活動方針を決定した。故・小幡時彦代表の後任については、新しい世話人会で討議することとした。4月11日、岩波セミナールームで開かれた出版部会4月例会は、文化通信の星野渉氏を講師に迎えた「出版界定点観測」。昨年に引き続く第2回目だ。

 星野氏は昨年08年が、出版産業にとって転換点となる年だったという。
 不況のため出版界を支える雑誌広告は激減し、インターネット広告との競合もあって苦戦を強いられた。デジタル雑誌国際会議が開かれるなど模索も始まる年だった。
 星野氏は、出版学会で「雑誌とは何か」という定義があらためて話題になったという。雑誌はその読者によるある種の「コミュニティ」を形成する。

 流通・販売についても報告。最近のトピックは大日本印刷(DNP)とジュンク堂の資本提携(3月)だ。ジュンク堂はあまり良くない立地に大型店を出店し集客する戦略で急成長した大手書店チェーンだ。DNPはすでに老舗の丸善や、図書館に圧倒的な納入実績を持つ図書館流通センター(TRC)にも50%以上の出資をしている。

 インターネットによる書籍販売最大手のアマゾンが早稲田大学と提携して、8%のギフト券サービスを始めるニュースも出版界にインパクトを与えた。早稲田の卒業生(校友会会員)約11万人に向けたサービスで、一般消費者向けの割引になる。再販制度上は、出版社がアマゾンに出荷停止できるが、大きな売り上げ比率を占めるアマゾンの販路を自ら断つ出版社はない。こうしたケースが続けば、書籍の再販は実質上崩れると星野氏は指摘する。イギリスでは1997年に再販制度が廃止されたが、それ以前に再販は形骸化していた。

 書籍は委託販売が普通で、返品率の高さが問題となっていた。最近では小売マージンを高めに設定し、卸値以下の価格でしか返品に応じず、ペナルティとする方法(責任販売制)も広がっている。また書籍にICタグをつけることで、個々の書籍の買い切り、委託、責任販売制の区別をすることは可能だが、装置に費用がかさみ大取次・大出版社しかできない。
 出版社の存在意義を問うことになったのは「グーグル和解」だ。アメリカのグーグル社が公共図書館の蔵書をスキャンし、公共の利用に供するとして、作家組合や出版社と法的争いになった。昨年、和解が成立し、グーグル社は出版社に許諾を求めることとなった。日本の出版社にもこの和解に参加するか問合せがあり、日本書籍出版協会は参加を認めたが、出版社が著作権者のエージェント機能を果たし得ないところが問題だと、星野氏は指摘した。(機関紙部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年4月号より)

 

 

 

 
 

<新事務局長に酒井憲太郎さん>

 JCJ総会 全国から参加

 
 


 3月28日、JCJ本部事務所に近い韓国YMCAホールで09年度のJCJ総会が開かれた。
 豊秀一MIC議長(新聞労連)が来賓挨拶、続いて隅井孝雄JCJ代表委員が現在のメディア状況とJCJ運動の方向性について、冒頭スピーチをした。
 守屋龍一事務局長の報告に続き、北海道、埼玉、神奈川、東海、関西、岡山、広島、北九州、福岡の各地方支部と各専門部が報告、来年度の予算と運動方針を討議した。
 今年の総会では、5年間務めた守屋事務局長が酒井憲太郎氏(運営委員、元朝日新聞写真部)と交代。宮崎絢子代表委員も退任した。参加者は54人。

◆JCJ09年度の役員体制

 3月28日のJCJ総会で、09年度役員体制が決まりました。
代表委員 石埼一二、亀井淳、柴田鉄治、隅井孝雄
運営委員 大野晃、川田マリ子、河野慎二、島田三喜雄、菅原秀、萩原啓司、畑泰彦、守屋龍一、吉田悦子、他1名 以上、個人選出
 水上人江、大場幸夫(出版)、矢野英典(広告)、茂木章子(放送)、大野博(日刊工)、菊地正志(埼玉)、阿部裕(神奈川)、杉山正隆(北九州) 以上、支部選出 
事務局長 酒井憲太郎
事務局 阿部裕、官林祐治、林豊、保坂義久、丸山重威、前土肥三枝子

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年4月号より)

 

 

 

 
 

<現職代議士の「冠番組」にNO!>

JCJ広島支部が、改めて放送中止を要求

 
 


 広島市にあるコミュニティ放送「FMちゅーピー」が自民党現職代議士の実名を冠した定時番組を放送していることは「政治的公平」(放送法3条の二)に反するとして、JCJ広島支部が番組の中止、変更を求めていたところ、局側は3月6日、大前吉文社長が中止・変更はしない」と口答で拒否してきた。 
 大前社長は@出演は私人としてのもので政治的なことは話題にしていないA選挙期間中は番組を中止、タイトルも変更しているB他局でも国会議員が出演しているC番組開始時に総務省(中国総合通信局)、選挙管理委員会、警察などが問題なし」との見解だったことなどを理由に挙げた。
 これに対し支部は、番組には特定の現職国会議員がレギュラー的に出演していること、今年1月の放送では地元選出の公明党現職議員もゲスト出演し衆院選出馬のいきさつなど話していること、選挙期間中は番組を取りやめタイトルの変更をしていることなど「政治的であることを認識している何よりの証」と指摘した。総務省などからの「お墨付き」を理由にしている点についても、支部の問い合わせに対して総務省が「局が判断すること」と話していることから、公共の電波を使用するメディアの責任として放送法を遵守し番組を中止、変更するよう改めて求めた。
 同局が福山市、清水市などのコミュニティFM局で国会議員が出演している例を上げた点についても支部は「他局の事例で番組継続を正当化はできない」とし、今後、対応を検討していくことを表明した。 (広島支部)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年3月号より)

 

 

 

 
 

<出版部会例会>
書店の王道は品揃え――柴田さん 販売の経験 縦横に語る

大場幸夫(出版部会)

 
 


 2月5日、岩波セミナールームにおいて出版部会2月例会が開かれた。
 「出版社は書店をどう生かすか」と題して、50年近くに及ぶレジ経験をもつ岩波ブックセンター社長の柴田信さんに、今の出版界をどのように観察してこられたのか、ユーモアを交えた語り口で縦横に話していただいた。参加者は76人。
 柴田さんは書店のレジからの独断的な定点観測であることを前置きとして話を始めた。
 1991年11月13日が出版業界の分水嶺だという。この日は『宮沢りえ写真集』や『広辞苑第四版』などの高額商品のミリオンセラーがドカーンときた最高の日であった。
 そこを頂点として、その後何が進んだか、何が変わったろうか、大量仕入れ・大量販売・大量返品はそのままだし、売り上げもあがってないが、考え方も売り上げ至上で変わらない。
 出版社が企画を立てるときに営業の意見を聞かないで決めるとろくなことはない。書店を通じて掴んだ読者の心、営業の情報を、である。
 すでに1991年までに書店の「スペースを巡る戦争」は終わっている。今は「情報戦」になっているのだ。
 本の買われ方も買う場所も、アマゾンなどに顕著にみられるように、大きく変化している。「あの書店の、あの場所に、この出版物を」置きたいとねじ込めるすごい営業マンがいい。
 自分の店でも特長を生かしながら、店員と出版社の営業のコンビでやっている。当店の売り伸ばしたい企画もあり、完全委託制などのやり方もやっている。
 書店にとって王道はたった一つしかない。それは品揃えである。ジャンルを特定し、そのジャンルを深め広げていく以外にないのではないか。これは出版社も同じだろう。
 しかし王道を歩くのは大変だ。店の一つのジャンルに一人の人間を固定しなければならない。そうでなければ「お客に呼びかける棚作り」はできない。この見えないサービスに全力投球する。そして流れている現在を常に観察し、今何冊動いているか即答できるまでに個別のパーソナルセールスに徹する。このことを経営先頭に堅持し、取次にも徹底していくようにしている。
 1991年からの坪当たりの売り上げを考えてもすごい落ち込みをしているが、「神保町を元気にする会」の事務局長として、日曜日に古本屋を開けるなどの企画を考えている。
 何でもそうだが「世間恨んでなんになる」(山谷ブルース)、自分たちでやらなけりゃだめです。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年2月号より)

 

 

 

 
 

<日比谷公園の「年越し派遣村」へ>
ボランティア体験の会員に聞く

 
 


 昨年12月31日から1月5日まで、東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」は大きく報道され、行政や政治も動かした。年末からボランティアをし、派遣村が閉じられてからもずっと見守ったJCJ会員の、女性Sさんに体験と思いを聞いた。
  *    *
「年越し派遣村」にボランティアに行った。何か行動しなければと思った。20日ごろから年賀状を書き始めたが、途中で筆が進まなくなった。なぜ気が乗らないのだろうと思った。派遣切りが増えているなどのニュースを見て、「このためだ」と思った。
 他人事ではなかった。私が働き始めたころ、民放の女子は25歳、30歳で切られていた。非正規雇用など弱い立場の人のために闘ってくれたのは民放労連だった。
 新聞で派遣村のことを知って31日の昼の炊き出しから参加。5日以降も派遣村村民に付き添って、東京都の施設に通った。
 顔見知りになるといろいろ話してくれる人もいた。ネットカフェより安いオールナイトの映画館で夜明かしした時、寝込むうち所持金を取られた人。建設労働で腰を痛め、路上で寝て悪化し治療が必要な人。横浜から片道の交通費しかなく、派遣村にたどりついた若者もいた。健康保険がなく体の不調を訴える人は多かった。
 派遣村は生活保護の申請や就職活動の支援もしていた。村民は行政が特別に審査を早め、すぐに生活保護の金を支給したことを喜んでいた。
 多くのカンパや物資が寄せられた。動ける村民は、「ただ飯は食えない」と炊き出しや物資の仕分けなどの作業を手伝った。村民もボランティアだった。
 受付を担当していると様々な人に出会った。国労で解雇経験のある人は、今は定職があるからと多額の寄付をした。定額給付金の前倒しといって、2万4千円を出した老夫婦。お年玉の一部だと女の子がカンパしてくれた初詣帰りの家族連れもいた。
 東京都の施設に移っても、村民は職探しやアパート探しをしていた。住まいも職も若い人ほど先に決まっていくのは切なかった。
 契約が切れる時期が来て、4月にはまた派遣村が必要だと皆がいう。村民たちは言っている。「そのときは俺たちが駆けつけて助けよう」と。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年1月号より)

 

 

 

 
 

JCJ選定>

2008年十大ニュース

 
 


「2008年十大ニュース」が下記のように決まった。選考会は12月4日に柴田鉄治、石崎一二代表委員ら8氏が参加して事務所で開かれた。地方支部はじめあらかじめ寄せられた候補案をもとに2時間半にわたる議論を経て選考した。

(1)世界金融危機で新自由主義の破綻が露呈〜煽ったメディアの責任は?
(2)麻生政権、早くも末期状態に〜米国民はオバマでチェンジに賭ける
(3)立川ビラ配布に最高裁有罪判決、麻生邸見学ツアーで逮捕〜「言論・表現の自由」戦前に逆行
(4)憲法9条、世界へ飛躍〜「9条世界会議」の開催と航空自衛隊イラク派遣で名古屋高裁が違憲判決で改憲ムード吹っ飛ぶ
(5)自衛隊トップの驚くべき歴史観・田母神論文の背景や改憲狙いを抉れぬメディア
(6)「横浜事件」「沖縄戦集団自決」で、画期的な司法判断続く
(7)貧困・格差・社会のヒズミが拡大、秋葉原事件など無差別殺人も続発
(8)出版不況が深刻化。総合月刊誌など続々休刊へ
(9)広告費の減少著しく、新聞・テレビ界も危機的状況に
(10)映画「靖国」の内容めぐり政治家の介入で、上映中止騒動広がる
番外・筑紫哲也さん逝く


10大ニュース選考会の議論から

輝き取り戻した憲法9条
「言論・表現の自由」では戦前へ逆行


 影響度、衝撃度で金融危機を1位に挙げるのが多い。
 危機を作った新自由主義を煽ったのはメディアだが、危機以後も臆面もなく「構造改革」主義者を登場させている。無反省ぶりには呆れる。
 この問題を当初から説いていたのは内橋克人さんだ。93年、日経で長期連載をしていたが、途中で横やりが入ったのか、未完に終わった。
 2位が難しい。
 福田首相が安倍に続いて政権を投げ出したのには驚いたが、麻生は輪をかけてひどい。解散もできない。しかし上位に挙げるようなことか。
 チェンジのオバマとの対比で、チェンジできない日本の政治と相変わらずの政局報道ということで、指摘しておかないとまずいのでは。
 政治家レベルでは確かにふがいないが、憲法9条が輝きを取り戻し、改憲論調が凋落した1年であったと思う。憲法9条世界会議の大成功、そして改憲論者の「読売」調査でさえ、改憲世論は少数派となった。
 イラクへの航空自衛隊の派遣を違憲とした名古屋高裁の判決も画期的だった。
 その反動か、田母神論文の異様さが目立った。こんな歴史認識しか持ち得ない人物が自衛隊のトップにあったということに驚く。
 退職金問題に矮小化して事の本質をメディアが突かない。
 及び腰だ。NHKが参考人招致を放映しなかったのもそうだ。
 今年は言論・表現の自由をめぐる判決が多かった。
 違憲判決の名古屋高裁のように画期的なものもあったが、一方で立川反戦ビラ配布に最高裁が有罪判決を下した。憲法
違反の判決だ。
 裁判ではないが、麻生邸の見学ツアーが逮捕されたのにも驚きだ。
 無差別殺人事件などに見られるように、社会の不安心理を悪用して強権的に秩序管理をしようという動きの現れだ。
 戦前回帰の一つの象徴であって、私は随所に戦前回帰が見られるようで気になる。
 一方で横浜事件再審開始の横浜地裁決定、沖縄戦集団自決に日本軍関与を認めた大阪地裁・高裁判決など歴史の真実を踏まえた判断もあった。
 真実は権力でも曲げられないということだ。
 警察・検察の強権さは、無差別殺人事件などによる社会の動揺を力で抑え込もうとするからではないか。頻繁な死刑執行にも込められていると思う。
 世論側にも加害者を極刑にといった不寛容さ、苛立ちが目立つ。
 光市母子殺害裁判報道に見られるようにマスコミが煽っている面は小さくない。
 
新自由主義破綻、自公政権は末期症状
社会のひずみ拡大、マスコミも大不況


 映画「靖国」をめぐる政治家の介入発言による上映中止の動き、これも言論抑圧として押えておきたい。
 多くの言論機関、市民団体などが反発し、上映実施にこぎつけた意味は大きい。
 メディア界の動きはどうか。
 独り勝ちのネットでさえ、かげりが出てきたほどで、マスコミはこぞって大不況だ。
 『論座』『現代』などの硬派雑誌の相次ぐ休刊は、フリーランサー、ノンフィクション作家への打撃が大きい。
 新聞・テレビは景気の大幅後退を受け、広告大減収、映像・活字離れも進み、夕刊廃止などリストラに懸命だ。
 ジャーナリズムまで一緒にリストラされかねない。
 北京五輪、「篤姫」で視聴率1位を奪ったNHKは、改変問題で最高裁勝訴も奪い取った。
 期待権の問題ではなく、内部的自由の問題が問われたのに論点がすり替えられた。
 経営委員会の高圧ぶりは相変わらず。中身の改革なしに受信料値下げだけを決めても「安かろう悪かろう」にならないか心配だ。
 触れていない項目はないか。
 NHKで言うと記者たちのインサイダー取引があった。
 防衛秘密「漏洩」で一佐が懲戒解雇された。提供を受けた「読売」記者は調べさえ受けずにだ。
 それでも萎縮効果は十分ある。
 筑紫さんが亡くなった。JCJの集会、討論にも参加しジャーナリズムを熱く議論してきた仲間、先輩として残念だ。
 JCJの仲間での訃報も重なった。謹んでご冥福をお祈りしたい。
 
 来年の見通しを聞きたい。
 麻生政権は野たれ死にになるのではないか。
 座して待つことはなく、解散はすると思う。
 選挙後の展望が見え
ないね。
 オバマ政権発足で米国も変わり、このままだと日本だけがますます取り残される危険がある。
 金融危機は実体経済に深く及び、今年以上に深刻な影響が続くだろう。
 戦前回帰の動きがさらに強まるのではないか。ビラ配布やデモをしただけで逮捕する強権性が、秩序維持、社会安寧を理由に露骨になっていくのではないか。
 NHKに視聴率1位を奪われた民放に「このままでいいのか」という反省が生まれていて、これが放送の質の向上に向かうのではないかとの期待もある。
 新聞は広告収入が激減しているが、購読料を上げることはできるか。
 難しい。価格改定前に夕刊を止める新聞社が続くのではないか。 
 政治、経済、社会、メディア、いずれも厳しさを増すとの予想を覆すのは難しいようだが、だからこそジャーナリズムの役割が大きくなるとも言える。JCJがもっと大きくなり、ジャーナリズムに影響を与えられるように努力したい。

 

 

 

 
 

<国家は人を殺していいのか>
森達也さん招きJCJミニシンポ 「死刑制度」を考える

林 豊

 
 


 10月21日、恒例のJCJミニシンポがJCJ本部で行われた。今回のゲストスピーカーは「死刑」で今年のJCJ賞を受賞した森達也さん。
 最初に、諸外国の死刑制度は廃止の方向に動いている、と指摘。ヨーロッパ諸国ではベラルーシを除いて、すでに死刑制度は廃止されている。現在死刑制度が残っているのは、日本、アフリカ、アメリカの一部の州、それに中国ぐらい、つまり、先進国で死刑制度を残しているのは日本とアメリカだけであると。

 また「3年前の内閣府の調査によると、死刑制度を支持している国民は8割を超え、反対は6%にとどまっている」こと。「この死刑制度を支持している国民が8割以上いるというのはローマ帝国時代よりも多いのではないか」と指摘した。

 日本の場合、死刑存続支持が多いのはオウム事件をきっかけに、危機管理意識が激しく上昇したからである。それは、オウム真理教や麻原教祖が「自分たちと違う存在だ」という意識が国民の中に働いているからではないか。なぜなら、凶悪な事件を起こした彼らが自分たちと同じ存在だったら、自分たちはどうなるのだろうと、怖くなってしまうからだ。メディアはその感情に対して抗えないし、抗ってこなかった。

 また、「罪」に対する「罰」の意識も変わってきている。「なまぬるい」「もっと厳罰に処すべきだ」との意見が一方から出る。それがどんどん行くと結局のところ死刑制度に行き着く。1990年から95年までと、2000年から05年までのそれぞれの期間の死刑判決の量を比べると3倍に増えている。そのきっかけとなったのがオウム事件である。

 森さんの知人の新聞記者からのメールによると「光市の事件の判決の際、広島高裁の周りを1000人近くの群衆が取り囲んでいた。裁判長が死刑判決を言い渡したとき、1000人の群衆から一斉に拍手と歓声が沸き起こったという。違和感を感じた」と言ってきた。でもこれで裁判長が「無期懲役」の判決を出したのなら、彼はバッシングを受けるだろう、と今の国民の「罰」に対する考え方を批判する。

 ではいったいなぜ「人は人を殺してはいけないのだろうか」との問いに対して森さんは「人を殺したら償えないからだ」と指摘する。だから死刑制度も廃止すべきだが、問題は被害者の心情をどうくみ取るかを考えなければいけない、と改めて「死刑制度」の廃止の難しさを話した。

 

 

 

 
 

<JCJ全国交流集会>
地域振興 リゾート開発 箱物の残骸
夕張に日本のいま 近未来 を見た―

 
 


■破綻&道、地元を苦境に 再建へ各層の知恵結集して

 「夕張で見たのは日本の現実そのものではないのか」――10月4〜5日の「JCJ全国交流集会in北海道・夕張」で感じた率直な印象である。そして集中豪雨的なメディア報道が地元住民の心に残した爪跡の大きさも――。

  広島、徳島、名古屋を含む総勢27人が空路、新千歳空港に降り立ち、今回の集会準備に奔走してくれた北海道支部の面々と合流。貸切バスに乗り込み、夕張ウオッチャー″ヨ藤誠氏(支部会員・毎日)の名ガイドで夕張の地勢・歴史・現況など予備知識を詰め込んだ。  ほぼ1時間で、夕張のたたずまいが車窓に現れる。炭住、廃坑、主なき共同住宅と、山々の美しい紅葉の対照が胸に突き刺さる。

 炭鉱ガス爆発で亡くなった方々の慰霊碑、あの名作映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ現場、そしてつわものどもが夢の跡$ホ炭博物館で、日本の経済発展、戦後復興を牽引した夕張の全盛期に思いを馳せた。

 50年代後半、石炭から石油へ国策の大転換。産炭地振興をテコに、大規模リゾート開発に踏み出すもあだ花に終わり、箱物の残骸の山に……。
 宿泊会場ホテル・シューパロの交流会は、本部を代表して島田三喜雄運営委員、現地の古田俊暁支部代表委員の挨拶を皮切りに盛り上がった。

 5日午前のシンポジウム(詳細は2ページ)では、財政再建団体=政府管理のもと、住民・関係者の「粛々と耐え、夕張に暮らしたい」との淡々とした表現が却って胸に響いた。
 会場から「内向きではなく、もっと視野を広げ、横の繋がりを」「夕張の状況は、全国共通の問題ではないか」との発言が、再建への手掛かりを示唆しているようだった。
 メディアの興味本位の一過性報道にもパネリストから批判があがった。国や道庁が進める三位一体改革を前提に、夕張を「見せしめ」的に報道し、住民と地元行政を袋小路に追い込む報道姿勢は問題だ。地域への温かい目線、自主再建をサポートするジャーナリズム、学者・専門家の知恵と、市民・職員の共働を結合させる視点が欠かせないと思う。

小林多喜二の足跡をたどる

 夕張を後にして、小樽へ――多喜二祭実行委員会事務局長・斉藤力さんに、小林多喜二の足跡を駆け足で案内してもらった。小高い丘の中腹にある墓、文学碑そして文学館では特別にデスマスクを見せてもらった。睫毛、額の髪の毛がリアルで、感無量。

 最終日、洞爺湖、有珠山へ―G8サミットの残影、そして生々しい噴火の爪跡、土砂に埋もれた保養施設や集合住宅は、天災に人災が加わったものだ。

  北海道支部の献身的努力により、5年ぶりの全国交流集会は実り多いものだった。やはり「問題の現場で考える」ことの重要性、市民との交流は、JCJの足腰を鍛え、新しいエネルギーを生み出す源泉だ、と再確認した。(阿部 裕)

 

 

 

 
 

<米兵裁判権放棄の資料が閲覧制限>
国会図書館は「政治的判断」に及び腰

 
 


 今年の5月末、鈴木宗男議員が日米密約の存否を質した。質問は、日本が重要な事件以外では在日米軍人の刑事事件の裁判権を放棄したとする米側資料が解禁され、北海道新聞が報じたのをもとにしている。
 その日米密約を裏付ける日本側資料も存在し、国会図書館にあるが、法務省の要請をうけ、国会図書館はその資料の閲覧を停止した。
 ジャーナリストの斎藤貴男さんは、国会図書館にその閲覧を求め、閲覧できない場合は提訴も検討している。
 斎藤さんは言う。
「国会図書館は国の機関としては親切で融通もきかせてくれる組織。お前もか、と思うね」
 問題の文書は法務省の「実務資料」(1972年作成)。問題になるまでは普通に閲覧でき、日米関係の研究者・新原昭治氏により、米側資料との関係が注目されていた。しかし6月に新原氏は、図書館の資料検索システムから同文書が削られていることに気づく。
 「資料調査もジャーナリストの大切な取材」という斎藤さんは、マスメディアの関心が薄いことにも疑問を呈する。
 米兵犯罪に関する一次裁判権の放棄ともいえる刑事局長通達を含む資料が秘匿されてきた。
 「沖縄の少女暴行事件もこうした日本政府の姿勢があったからこそ。米兵は、俺たちは好き勝手にしていいと思うはず」
 斎藤さんばかりでなく、日本国民一般に対して国会図書館は取材拒否したともいえる。
 では国会図書館はどう考えるのか。
 吉本紀・収集書誌部副部長は「納本以外にも普段から資料収集している。『実務資料』は90年に古書市場に出たもの」と説明する。
 非公開(利用制限)は、「プライバシー侵害等のほか、各機関の情報公開制度で非公開とされたものは基本的にその意思を尊重する」との内部規則に拠った判断だという。
 文書作成者の法務省からの申し入れにより、非開示資料と同様に扱ったという主張だ。
 国会図書館は資料保存の趣旨から、発行者により回収される書籍でも一度収蔵したものは返却や処分はしない。しかし非公開はありえるという。ただ今回のようなケースでの非公開は例がない。
 網野光明総務部副部長は「このような高度な政策的判断を伴う事柄では私たちがどんな判断をしても政治的にとらえられるでしょう」という。
 法務省の要請を断れば断ったで、色がついていると見られるというのだ。
 「政治の問題は別のところで解決してほしい」
 この「実務資料」は「沖縄返還密約」のように政府は不存在と言えないのではないか。情報公開請求し、非開示ならすでに米側が公開しているという条件を示して法的に争えるかもしれない。
 国会図書館はまた国会議員には一般よりも広く資料を開示するという。
 「不公平との批判もあるが、当館の設立目的からみて妥当と思う」
 閲覧制限を国会図書館は、あくまで内部規則の適用だとする。だがそれで納得する取材者はいるだろうか。
 日本図書館協会は9月10日、国会図書館に対し利用禁止措置の見直しを要請した。ジャーナリズム界にも、国民の知る権利を守る行動が求められる。(保坂義久)

 

 

 

 

 
 

<緊急アピール>
メディアは自民党総裁選の集中豪雨的報道を自粛せよ!

 
 


2008年9月9日 
日本ジャーナリスト会議

 福田首相が9月1日夜、辞任を表明した。1年前の安倍前首相に続く2代連続の政権投げ出しは、異常な物価上昇をはじめ、貧困や格差の問題、後期高齢者医療制度や年金不払い問題、インド洋給油問題など、国民生活にかかわる重大な問題解決の任務を放棄したもので、無責任極まる態度と言わなければならない。

 同時に、この無様な政権放棄は、自民党が政権担当能力を失っていることを内外に示したもので、この際、自民党内で政権をたらい回しするのではなく、野党に政権を譲り選挙管理内閣によって衆議院を解散し、民意を問うのが民主政治の本来の姿である。
 ところが自民党は国民に謝罪と反省の意を表明するどころか、メディア、特にテレビの力を使って国民を欺き、生き残りを図ろうとしている。福田首相は9月3日の自民党両院議員総会で「総裁選を徹底してやってほしい」と発言した。

 この発言は、小泉元首相が2005年の総選挙でテレビを利用して圧勝した戦術の再現を狙ったものであることは明白だ。テレビが「小泉劇場」と同じように総裁選を大量に報道すれば、福田首相の政権投げ出しによるダメージと有権者の自民党離れを食い止めることができるという打算が働いている。

 現実に福田首相の辞任表明後、新聞やテレビは連日「ポスト福田」の自民党総裁選報道に走り出している。総裁選の記事が新聞の1面トップを飾り、テレビはニュースだけでなく情報番組などでも大々的に取り上げている。「小泉劇場」再現を狙う自民党の戦略に沿う形で、集中豪雨的な自民党総裁選報道が事実上始まっている。

 私たちは、メディア関係者、特に映像や音声で大きな影響力を持つテレビ関係者に強く訴える。
 テレビ各局は、自民党総裁選報道について、現在のような集中豪雨的な報道を改め、他の野党の動向も含め客観的で公正、公平な報道に徹すべきである。テレビが22日の総裁選投票日まで、現状のようなペースで大量報道を続けるなら、自民党による事実上の「テレビ電波ジャック」が引き起こされることを危惧する。

 この総裁選をめぐる報道は、年内にも行われると見られる衆議院の解散・総選挙に直結する。それだけにメディア、特にテレビは自民党総裁選を無批判に、一方的に煽る報道をするのではなく、民主、共産、社民など野党の政策や活動を、有権者が選択する際の情報として、質量ともに十分な形で提供することが責務であると考える。

 テレビ各局をはじめメディア各社は、自民党総裁選について、「小泉劇場」に利用された3年前の反省を活かし、客観的で公正、公平な報道を徹底すべきである。

 

 

 

 

 
 

<「日本の過去と今」えぐった5点の労作たたえる>
時代を撃つ2008年JCJ賞贈賞式

 
 


2008年9月4日 
日本ジャーナリスト会議

 JCJ賞・黒田清JCJ新人賞の贈賞式が8月2日、日本プレスセンター・ホールで開かれた。JCJ賞は第51回、黒田清JCJ新人賞は第7回にあたる。
 亀井淳JCJ代表委員の開会の挨拶に続き、黒田清JCJ新人賞がJCJ賞選考委員の大谷昭宏さんと故黒田清氏の令兄の黒田脩さんから『あの戦争から遠く離れて』の著者城戸久枝さんに贈られた。大谷さんは「JCJ賞応募のあと、大宅賞、講談社ノンフィクション賞とトリプル受賞が決まった。読んでいて目頭が熱くなる作品」とたたえ、黒田さんは「毎回素晴らしい作品が選考されている。今後の活躍を期待する」とお祝いの言葉を述べた。
 続いてJCJ賞が各選考委員から受賞者に贈られた。新潟日報報道部・柏崎刈羽原発取材班代表の三島亮氏に賞を手渡したのは伊藤洋子さん。中村梧郎さんはNHKスペシャル制作チームの棚谷克巳氏に。一方、『死刑』の著者、森達也氏へは清田義昭さんが賞を贈った。
 JCJ大賞受賞の朝日新聞「新聞と戦争」取材班からは藤森研、松本一弥、上丸洋一の3氏が出席、亀井淳さんから賞が贈られた。
 休憩をはさんで後半は受賞者のスピーチ。中国の知人への思いが伝わる城戸久枝氏、報道陣の使命感にあふれた三島亮氏、入念な制作準備の一端を披露した棚谷克巳氏、ユーモアをにじませた森達也氏、そして歴史が現在の問題であることを語った上丸洋一氏の話が続いた。参加者は120人。

 

 

 

 

 
 

<JCJ賞 受賞者のスピーチ>
08年JCJ大賞=朝日新聞「戦争と新聞」取材班

上丸洋一さん

「なぜ社論転換?」を検証
 
国家の外に立つ判断基準を

 
 


 1年間に243本を数えた今回の連載の焦点の一つは、1931年9月に起きた満州事変での「社論」の転換でした。1920年代に軍縮と憲政擁護を主張した朝日が、満州事変でどのように社論を転換したのか、それはなぜだったのか。
 それを考える上で、示唆に富む言葉がある。満州事変勃発時の外相で、戦後は憲法制定過程に関わった幣原喜重郎が、1928年にこう語っている。
 「世界各国を通じて一般の民衆は、自国と外国との間に発生する紛議については、なんとなく相手国の主張が常に不正不当なるが如き一種の先天的偏見を抱くの傾向を免れない。冷静なる態度をもって双方に公平なる意見を公表するものは、ややもすればその愛国心を疑われ、悲憤慷慨の口調をもって相手国に対する反感を扇動する者は、かえって聴衆の喝采を受ける」
 満州事変に際して、朝日新聞は民衆から「愛国心を疑われ」たくなかった。当時は昭和恐慌のさなかにあり、「満州は日本の生命線」と声高に叫ばれていた。そうした排外的なナショナリズムが満鉄線爆破事件(実は関東軍の仕業)を機に、一挙に高まった。朝日は軍部の暴走を牽制してきた、それまでの主張を捨てた。その転換にあたって、どんな理屈を立てたのか。事変勃発から1カ月ほどたって役員会が開かれ次のことが決定された。
 「国家重大事に処し日本国民として軍部を支持し国論の統一を図るは当然の事」「現在の軍部及び軍事行動に対しては、絶対、非難、批判を下さず、極力これを支持すべきこと」
 戦争協力は「国民の義務」だというこの考えは、明治憲法下において、常識的な考えだった。
 評論家の加藤周一さんは、著書の中で極めて明快にこう述べている。
 「多くの知識人は、日本型『ファシズム』の体制に批判的であったが、始めた戦争には勝たなければならない。したがって戦争努力には協力しなければならない、と考えた。
 この考えには二つの弱点がある。その一つは、戦争の本質に関する理解の誤りである。帝国主義的膨張政策は過ちであり、侵略戦争は過ちである。過った行為は、その主体が国家であろうと個人であろうと、始めた以上貫徹すべきものではなく、一日も早く改めるべきものである」
 今日の日本は、学校の卒業式における君が代・日の丸の強制が象徴するように、「国家に対する忠誠概念を超えて国家の善悪を判断する規準」を持たせないようにするために行われているのではないか、とさえ思えてしまう。
 しかし、そういう時代だからこそ新聞は、あるいはジャーナリズムは、「国家」の外に立って国家の善悪を判断する「規準」を持たなければならない。
 私はいくつかの意味で、「新聞と戦争」はなお未完だと考えている。将来あるかもしれない「次の戦争」に際して、この連載の教訓が生かされるなら、その時初めて連載は完結する。
 連載の最後にインタビューしたハーバード大教授で歴史学者のアンドルー・ゴードンさんは、イラク戦争とアメリカのジャーナリズムに触れて、こう語っていた。
 「報道の自由が守られている現在の米国でさえ、メディアは十分な役割を果たせなかった。自国の戦争を批判的に報じることは、今も決して簡単な課題ではない」肝に銘じたい言葉です。ジャーナリズムにゴールはありません。今回の受賞も私たちにとって、決してゴールではありません。

(島田三喜雄)

 

 

 

 
 

<JCJ賞 受賞者のスピーチ>
08年JCJ賞=NHKスペシャル「セーフティネット・クライシス/日本の社会保障が危ない」

棚谷克己さん

これ以上は譲れぬ権利
 
非正規雇用は世界の非常識

 
 


 制作にあたりブレーンとして金子勝、神野直彦、広井良典、内橋克人の各氏にいろいろ教えていただいた。お礼を述べたい。また出演者の生活保護の人、リストラされた人などにも感謝したい。ドキュメンタリーに出ても得になることは何もないが、その方たちは取材に共感して出演してくれた。
 スタッフは総勢80人。ディレクター5人、プロデューサーが3人だ。
 これまでも医療、介護、生活保護など社会保障のそれぞれはNHKスペシャルで取り上げてきた。
 それをまとめてみようと企画した。
 セーフティーネットのうち一番上にあるのが雇用、その次に医療、介護、そして生活保護。雇用の問題を入れようと思った。
 いまや非正規雇用が全体の3分の1。99年に派遣法が改正され2004年には製造業の派遣も解禁になった。
 04年、05年、06年と福祉サービスが後退した。
 ヨーロッパを調べてみるとドイツ、フランスでは、労働者が押し付けられる形での非正規雇用はない。育児や健康上の理由などで長時間働けない人が選択することはあっても、企業のコスト削減で非正規雇用になるわけではない。サルコジ政権は新自由主義的だといわれ、若者が大規模なデモをした。しかし、1年間働かせるならその後は常用雇用にする制度のうえで、若者だけに1年の間に雇用打ち切りができるのを若者が怒ったもの。日本とヨーロッパではレベルが違う。
 ヨーロッパでは連帯する、助け合っていくことへの価値意識が高い。
 新自由主義的政策で、日本では所得税の税率も平準化し相続税も軽減している。80年代に税制を戻せば10兆円ぐらいは出てくるという研究者もいる。
 日本にはこれ以上譲れない権利という観念が希薄だ。21世紀になって様々な権利の後退が、小泉改革への国民的熱狂の中で実現していった。
 なぜだろうか。朝日新聞が検証した戦前の熱狂と相通じるものがあるのではないか。
 放送法には「民主主義の発展に資する」と書いてある。民主主義とは、人権とは何か。そこから社会保障制度は積み上げられる。

(H)

 

 

 

 
 

<JCJ賞 受賞者のスピーチ>
08年JCJ賞=新潟日報取材班「揺らぐ安全神話・柏崎刈羽原発・中越沖地震からの警告」

三島 亮さん

安全感覚のズレ痛感
 
角栄氏の関与は未解明

 
 


 取材でお会いした作家〓(※)村薫さんの言葉が印象に残る。「震災は不条理だ。万一、震災で原発が放射能漏れを起こしたら、想像を絶する」「これほど激しい揺れに襲われた場所になぜ、原発は建ったのか」という疑問が取材の出発点になった。
 取材を通して東京電力、原発メーカーの技術者や国が言う「安全」と、住民側が求める「安全・安心」との間にあるズレが余りにも大きいことに愕然とした。この深い溝を埋めない限り、「地震と原発」問題の解決の糸口が見えないのではないか。
 立地の経緯を過去に遡って調べていくと、首都圏への人口集中・経済繁栄と地方の人口流出・経済的疲弊という構造や、それに対応する国策という現実が見えてきた。急増する電力需要に対応するため、新たな供給基地を探す東電と、地域振興を模索していた地元とで、原発建設は利害の一致するものだった。
 柏崎刈羽原発は故・田中角栄元首相の地元。元首相は原発の誘致に関わっていたのか? 当時の資料や関係者に当たったが、「直接的関与」を示す証拠はつかめなかった。
 ある雑誌が「原発建設予定地の売却益約4億円が田中邸に運ばれた」と報じたことがあったが、運んだとされた地元秘書は一切認めてこなかった。そんな中で、取材班の記者が何度も元秘書のもとに通い詰め、「間違いありません」との証言を引き出した。原発絡みの4億円が36年前に東京・目白の田中邸に運ばれていたという事実を掘り起こすことができた。
 しかし、積み残した課題は多く、さらに取材を続けたい。

(阿部 裕)

※〓は、「高」の異体字。

 

 

 

 

 
 

<JCJ賞 受賞者のスピーチ>
08年JCJ賞=書籍『死刑/人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。』朝日出版社

森 達也さん

権力者が隠すもの
 
視点変えると見えてくる

 
 


 賞状をもらうのは中学生以来、しかも、『死刑』という非常に扱いにくいジャンルの本に対しての賞だ。映像出身だが、テレビ・ドキュメンタリーが絶滅状態の今、ドキュメンタリー作家という肩書きで書くことが中心だ。しかし、ノンフィクション分野も順風満帆ではない。このまま続けられるかなと日々心細い思いでいる。
 昨日、今日と長野にいて、松代大本営跡地を歩いた。全長10キロのトンネルのうち公開されているのは500b。天皇や軍や政府の中枢を疎開させるための巨大な地下壕だ。大本営と天皇・皇后御座所、宮内省が入る予定だった。現在の地震観測室庁舎には、天皇御座所となるはずだった和室が復元されているが、非公開になっている。
 昼夜二交代の過酷な工事を強いられた朝鮮人労働者は7千人以上、犠牲者の数は明らかにされていない。工事を指揮する人々のための慰安所もあり、朝鮮人女性が働かされていた。こうした歴史的事実について行政は何もやっていない。市の観光窓口が対応しているだけだ。
 こんな共同幻想のような大本営をなぜつくったのか。戦争、天皇制とは何なのか。権力は徹底的に隠そうとする。その究極ともいえるものが死刑ではないか。
 世の中わからないことが、まだまだいっぱいある。思想信条とか、そういったレベルじゃなく、理念でもなくて、少し視点を変えると見えてくることがある。そのうえで、今までとちがうものが培われると思う。
 光市母子殺害事件で死刑判決が出た。そのとき、群集から拍手が湧き起こったという。死刑について廃止か存置か、なかなか結論は出せない。でも、死刑と聞いて拍手した群集の一人にはなりたくない。それは違う、おかしいと訴えていきたい。

(吉田悦子)

 

 

 

 
 

<JCJ賞 受賞者のスピーチ>
08年
黒田清JCJ新人賞=書籍『あの戦争から遠く離れて/私につながる歴史をたどる旅』情報センター出版局

城戸久枝さん

戦争語り継ぐ使命
 
歴史と重なりあう家族史

 
 


 私の家族の歴史を書いた本です。両親が都合でこの場に来れず残念です。
 父は1970年に28歳で帰国、その後に結婚して私が生まれました。父が中国残留孤児だったことは知っていましたが、何だか受け入れられませんでした。
 学生時代、あるきっかけで日中の歴史や残留孤児のことを何も知らない自分が恥ずかしくなって、「書かなければならない」と思い立ちました。父は最初、とりあってはくれませんでしたが、私は中国に留学しました。
 父、祖父、中国の祖母……小さな家族の歴史が両国の歴史、戦争という大きな枠の中にあることがわかりました。大きな歴史は小さな家族の歴史が重なり合ってできていることを実感しました。
 父が幼少時を過ごした中国の村に行ったとき、ここが今の私につながっているのだという、自分のアイデンティティのようなものを感じました。
 この本を出してから、「あの戦争をどう語り継ぐか」という問いを受けることが多くなりました。語る側が老いて少なくなっている以上、若い世代がどう語り継ぐかが何よりも大事です。私の体験が何かヒントになればと思っています。
 中国とどう向き合うかも私の大きな課題でした。2004年サッカーアジア杯決勝「日本・中国」戦のとき、私はちょうど北京にいました。競技場周辺はものすごい雰囲気でしたが、私自身はなにもない普通の北京≠フ中にいることにギャップを感じました。
 反日感情は激しいものがあり、どう対応するかは悩みでしたが、一方で中国の人々との豊かな交流がありました。国と国を背負うのではなく、まず個人と個人として話をしていくことが大事だと思います。
 父は当初、出版には反対でしたが、出てからは「よく書けている」と喜んでくれました。
 これで私の歴史をたどる旅は終わったかもしれません。でも読者の方からは「こんどは私の話を聞いて」という声が寄せられています。
 そんな人たちの声を吸い上げることが、若い世代の一人として、私の次の作品につながっていくと思っています。 

(小寺松雄)

 

 

☆☆☆

 

 
 

<7年間同一労働の無線技士 社員化を要求する会発足 福岡支部が支援>

7年間同一労働の無線技士 社員化を要求する会発足 

福岡支部が支援

 
 


2008年6月25日 
日本ジャーナリスト会議

 「テレ西40条(派遣法)の会」が5月31日、結成された。これはテレビ西日本(TNC、本社福岡市)で、放送に不可欠の無線従事者(第一級無線技士)としてマスター(主調整室)などで7年間働き、派遣法に従って社員化を要求している派遣社員、宮崎幸二さん(44)=TNCの100%子会社TNCプロジェクト社員=を支援、労働者派遣法40条の5を国・資本に守らせることを目的とする会だ。  
 宮崎さんは2月15日、「TNCへの社員化」を求めて福岡労働局に対し、TNCへ指導をするよう申告した。労働局は5月14日、「本省(厚生労働省)での協議」を文章で発送、現在は本省協議の回答待ちとなっている。  
 「申告」の根拠となるのは、派遣法第40条の5「派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を受けている場合において、当該同一の業務に労働者を従事させるため、当該三年が経過した日以後労働者を雇い入れようとするときは、当該同一の派遣労働者に対し、雇用契約の申込みをしなければならない」。これは常用雇用の代替を防ぐため、04年3月、努力規定から義務規定に変更された。  
 民放業界はいずれも、正社員より派遣社員のほうが多いのが現状。民放経営者は低賃金、未権利労働者を大量採用することで莫大な利潤を上げてきた。宮崎さんの闘いは民放経営者の政策に正面から問題を投げ掛けたことから、厳しい闘いになりそうだ。  
 JCJ福岡支部は、5月24日に開いた総会で、この闘いを支援することを決め、白垣詔男支部長が会員になった。
(JCJ福岡支部)

 

 

 

 
 

2008年度
JCJ賞 黒田清JCJ新人賞 
贈賞式のお知らせ!
チラシはここをクリック

 
 


―各分野受賞者たちが語る現実とジャーナリズム―
【選考委員】
諫山修 伊藤洋子 大谷昭宏 清田義昭 柴田鉄治 中村悟郎

〔贈賞式〕 
8月2日(土)13:30開場 14:00開会

日本プレスセンター・ホール

東京都千代田区内幸町2-2-1 03-3503-2721 
〔地下鉄〕都営三田線「内幸町」A7出口1分 千代田線、日比谷線「霞ヶ関」C4出口4分

◆参加費 1000円 学生500円

日本ジャ-ナリスト会議(JCJ)
101-0064東京都千代田区猿楽町1-4-8松村ビル401
電話03-3291-6475 FAX:03-3291-6478    
メール 
jcj@tky.3web.ne.jp ホームページ http://www.jcj.gr.jp

 

 

 

 

 
 

<JCJ声明>
NHK裁判での最高裁の不当な判決に抗議する

 
 


2008年6月13日 
日本ジャーナリスト会議

 従軍慰安婦問題の番組改変を巡るいわゆるNHK裁判で、最高裁は12日、NHKに取材協力者の期待の侵害と説明義務違反の不法行為があったとして損害賠償を命じた東京高裁の2審判決を破棄し、原告バウネット(『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク)の訴えを退けて、NHKの逆転勝訴の判決を言い渡した。

 日本ジャーナリスト会議は、この判決がNHK・メディア側の「編集の自由」を盾にした裁量権を過大に許容し、国民の知る権利、取材対象者の権利や人権に対する配慮を欠いた不当なものといわざるを得ず、さらに、政治家による圧力で編集の自由が侵されることを黙認し、現在の政治状況に屈服したものとして、強く抗議する。

 判決は、原告が主張した取材対象者の期待や信頼が保護されるのは、取材対象者が「格段の負担」を被る極めて例外的な場合であると限定し、今回のように番組内容が編集段階で変えられたとしても、メディアの自律的判断が優先し、取材対象者の期待や信頼は法的には保護されないと、形式的な一般論に寄りかかった判断を示した。
 また、注目された番組への政治家の圧力・介入について、判決は正面からとり上げることを回避し、暗に政治家の圧力を認めた二審の判断から大きく後退した。

 新聞各紙は一様に、取材対象者の期待権を認めた高裁判決が破棄されたことを評価する論調を掲げたが、もしメディアが最高裁判決をより所にして編集の自由をふりかざし、取材対象者の声に耳を貸さないとすれば、それは国民の知る権利と取材対象者の権利を侵害することにつながることを、知るべきである。取材対象者との信義や、それらの人々の権利をどう守るかという高い報道倫理が、メディア側に求められるのは言うまでもない。

 今回のNHK裁判では、政治家の意図を「忖度」したNHK幹部が、自ら編集の自由を放棄したばかりでなく、制作現場の人々の表現の自由をも踏みにじり、番組を無残に改変した経緯や、政治家の顔色をうかがうNHK幹部の体質が、白日の下にさらされた。

 日本ジャーナリスト会議は、NHKが今回の事件を教訓に、取材対象者の人権と現場制作者たちの表現の自由を最大限保障するよう求める。さらに、政治家などによる圧力に毅然として対処し、公共放送としての自主自立の姿勢を貫くよう強く求めるものである。

 

 

 

 

 
 

<JCJ声明>
古森NHK経営委員長は辞任を!
―識見に欠け、不穏当な言動

 
 


 昨年6月、NHK経営委員長に就任した冨士フイルムホールディングス社長・古森重隆氏は、就任以来、NHKの経営方針などを巡って強引な運営が目立ち、NHK執行部との間で軋轢が高まっていると伝えられている。加えて、この半年ほどの間に、公共放送の責任者としての識見が問われる不穏当な言動を重ねている。古森氏のこうした姿勢を容認するわけにはいかない。
 日本ジャーナリスト会議は、古森氏が一連の不穏当な発言を撤回するとともに、経営委員長を辞任するよう求める。
 古森氏は昨年9月の経営委員会の席上、選挙期間中に放送したNHKの歴史番組について、政治的中立性を疑問視するような発言をして問題になり、同年末に改正された放送法では、改めて個々の番組への経営委員会の干渉を禁止する条文が付け加えられたほどである。
 ところが、古森氏は今年1月の経営委員会で、NHKの監督責任を持つ経営委員会が番組のチェックに関与できないことには違和感があると、放送法の趣旨に反した発言をくり返した。
 さらに今年3月の委員会では、「不偏不党を謳った国内放送はいざ知らず、国際放送では政府の論調にたって、日本の立場、国益を主張すべきだ」と、NHKの自主的判断に基づくべき国際放送を、まるで政府の広告塔にでもするかのような不穏当な発言を繰り返した。
 このほか、「NHKを国営放送として位置づける」ことを目指す国会議員の一人、自民党の武藤容治氏を励ます会が今年開かれた際には、発起人として出席し、3月の国会でその不見識が指弾されたにもかかわらず、その後の委員会でも「一民間人としてなら、この種の会に出席することまでは禁止されていない」と、開き直っている。
 こうした一連の言動は、単なる偶発的なものではなく、古森氏が安倍前首相の強引な後押しで経営委員になった経緯からも分かるように、NHKを政財界の思う通りの放送機関に作り変えようとする意図に沿った、確信犯的なものと言わざるを得ない。
 日本ジャーナリスト会議は、権力から自立すべき言論報道機関の責任者として、見識と矜持に欠ける古森氏の辞任を求めるとともに、こうした古森氏を経営委員に任命した政権党の責任を追及する。
 併せて、今後、公共放送NHKの経営委員会のあり方や委員の選任が、真に視聴者・市民の意向を反映したものになるよう、関連する諸制度の抜本的な改革を望むものである。

(2008年5月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 
 

<北海道>

強化、固定化される監視 息苦しいサミットの地元

安藤 健

 
 


 「9・11」後、日本で初めて開かれる主要国首脳会議「北海道洞爺湖サミット」は、テロリスト排除を掲げた警備強化が焦点だ。しかし、地元北海道は、その警備の裏側で進められる市民監視の強化、固定化という問題にも直面している。
 サミット会場から直線距離で70キロも離れた札幌市内でも、サミットに向けて市営地下鉄駅や配水池、ポンプ場に監視カメラが増設される。
 市営地下鉄には既に620台のカメラがあるが、サミット期間には、大通、さっぽろなど乗降客が多い中心部の5駅に20台余りを増設する。市交通局は「期間限定で設置し、サミット後は撤去する」と説明する。
 一方、市水道局が市内63カ所に取り付けるカメラはサミット後も撤去しない。同局は「『テロ対策強化』を盛り込んだ5カ年計画に基づいた整備だ」と、サミットとの直接の関係を否定するが、テロ警備を口実として監視強化が進められる典型的な例となった。
 また札幌市は、サミット前後の7月1日から11日まで、大通公園など中心部の3公園で、集会やイベントを許可しない方針だ。この方針が明らかになった1月、道内のNPO、NGOが設立した「G8サミット市民フォーラム北海道」は「行き過ぎた行為だ」と再考を求める要請書を上田文雄札幌市長に提出した。
 市民フォーラムはサミット前の7月5日、大通公園で「ピースウオーク」を計画中だ。市側は当初、否定的な姿勢だったが、「イベントは認めないが、集会ならOK」と説明して、開催を認める態度に変わったという。「集会の自由」という憲法上の基本的人権を制限することまではまずいと考えたからかもしれないが、この不可思議な説明は、市民活動を封じ込めたいという行政・警察側の本音を浮き彫りにした。
 「監視」の動きは、サミット会場の洞爺湖周辺でも当然高まっている。
 G8各国の大使館員らが下見に訪れる会場周辺の道路では、検問が頻繁に行われている。地元記者は「期間中は検問の個所数がさらに増えるだろう。会期中に霧が出てヘリが飛べなくなったら、一般道も高速道も規制が強まるのではないかという不安もある」と話す。
 海や山での警備も強化されており、「山菜採りで山に入った住民は、みんな職務質問された」(前出の記者)という。サミット期間中は海岸線に警察官が並ぶ予定で、地元関係者は「警備という風評被害で、観光客も減るだろう」とあきらめ顔だ。
 一方で、住民側の「自主的」な警備も進む。地域住民が昨年10月に発足させた「伊達地区地域安全協力会」は、道路清掃や湖畔の草刈りを行い、不審者・不審物発見に協力する方針だ。今年2月には、会員が「パトロール隊」を立ち上げ、車に青色回転灯を取り付けて地域巡回を始めた。
 ボランティア団体とはいえ、この協力会は「地域の安全を守るには住民の協力が必要」と道警側が音頭をとって設立された。サミットを契機に、警察への協力という名目で住民が監視し合うという息苦しい空気が強まることは想像に難くない。

(2008年5月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)