島に吹き荒れる暴力の嵐
――本性をむき出しにした野田売国政権――

浦島 悦子

 
 

 
 米国の望む辺野古新基地建設を何が何でも強行するための、野田内閣閣僚や民主党幹部による矢継ぎ早の「沖縄詣で」は11月に入っても続いている。
 10月17日、名護市役所前庭で抗議集会を行っていた私たち市民は、市庁舎に入っていく一川防衛大臣一行の中に複数の制服自衛官がいるのを見て驚き、「市役所の軍事利用反対!」と声を上げた。これまでになかった露骨な登場は「国境警備」を名目にした宮古・八重山への自衛隊配備の動きを彷彿とさせた。
 前原政調会長に至っては、11月4日、予定していた「訪沖を中止」とわざわざ記者発表。会場もキャンセルしてマスコミの目をくらまし、実際には来沖して別の場所で仲井真知事と会っていたというから、いったい何の意図があるのかとあきれてしまう。そんな会談に応じるべきではないと、知事に対する県民の眼も厳しい。
 2007年4月から7年半、1日も欠かさず続けてきた辺野古の座り込みテントを追い出そうとする、辺野古選出の誘致派市議を先頭にした攻撃も、辺野古地区内に新設された沖縄防衛局名護事務所の意向が背後にあるのは間違いない。
 そして15日、ヘリパッド(オスプレイパッド)建設に反対して座り込みを続ける東村高江に、重機を伴った防衛局職員、作業員、警察官が大挙して訪れ、2月以来止まっていた工事を再開しようとした。急を聞いて駆けつけた住民や支援者たちの奮闘で重機の搬入はできなかったが、作業員はゲートの中に入って測量作業を進めた。これも米国に対する「忠誠心」の現れだろうか?
 係争中にもかかわらず10月28日、暴力的に再開された泡瀬干潟の埋め立て工事も含め、沖縄の島はあちこちで悲鳴を上げている。
 TPPについても、沖縄の場合は格別だ。地元紙に投書した60代の男性は「米軍政下の沖縄は究極の『TPP状態』だった。安い米国米が流入し、本島から田圃が消えた。モノと引き替えに基地依存経済に改造され、自立経済は回復不能なまでに崩壊し、県民の声さえ奪われた」と、体験からTPP反対を訴えている。野田内閣は「究極の売国政権か!」と叫びたくなる昨今だ。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年11月25号)

 

 

 

 


アメリカを弱体化させたテロ戦争

伊藤 力司

 
 

 
 「9・11」同時多発テロ事件から10年。アメリカではこの間、大規模なテロ事件は起こらなかったが、「9・11」を口実にブッシュ政権が始めたアフガニスタン、イラクでのテロ戦争はアメリカを弱体化させた。イラクとアフガンで計6000人超の米兵が死亡、戦費は総額1兆3000億j(約100兆円)に上り、米国史上最悪の財政赤字を引き起こした。
 二つの戦争を通じて合計数十万人の現地人が戦火やテロに巻き込まれて死亡、アラブ・イスラム世界の対米感情は悪化の一途をたどった。イラクではアメリカの介入の結果、皮肉なことに米国を敵視するイランと同じイスラム教シーア派が主導権を握る政権が成立し、イランの影響力が強まっている。アフガンでも10年前に米軍などが政権から追放したイスラム武装勢力のタリバンがほぼ全土で復活、外国軍や首都カブールを脅かしている。米軍など外国軍が撤退する2014年末以後、アフガンは元の木阿弥になるかもしれない。
 米海軍特殊部隊は今年5月、パキスタンに潜んでいた「9・11」の首謀者<Eサマ・ビンラディンを殺害、オバマ大統領は「テロとの戦い」の成果を誇示した。しかしそれでもテロの脅威がなくなった訳ではない。全米の空港では保安検査場に長蛇の列ができて、幼児まで含めた旅客の念入りなボディーチェックが行われている。
 連邦捜査局(FBI)はウェブ上でイスラム教徒の通信を監視し、過激派予備軍とみなした人物にテロ計画参加を持ちかける「おとり捜査」を実行している。「9・11」以降の特例で、FBIにはテロ防止目的の盗聴さえ認められている。これが「自由の国」「人権の国」アメリカの偽らざる現況である。
 こうして、米国内ではイスラム教徒に対する差別やいじめが蔓延する。内攻するイスラムへの憎悪は反作用を引き起こす。人権を唱える米国が抱えた矛盾や不正や人種的不公正への怒りと絶望がテロの動機となり、米国社会に報復しようとするテロリストを生む。テロ戦争はまた、こうした悪循環を米国社会の底流に定着させてしまったようだ。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年9月25号より)

 

 

 

 


ウィキリークスが暴いたグアム移転費用
税金の使途を欺く裏取引

石山永一郎(共同通信外報部)

 
 

 
 外交交渉の過程において「密約」が許されるケースというのは、はたしてあるのだろうか。国民に事実を伏せ、2国間、もしくは多国間で秘密合意をしてもいいかどうかという問題だ。
 日米安保条約改定時の核持ち込みなど、四つの密約問題を調査した昨年3月の有識者委員会報告書は、外交には「ある期間、ある程度の秘密性はつきものである」と一定の秘密を認めている。
 そのうえで、秘密にしたことの妥当性は当時の国際環境や国益に照らして判断すべきだという見解を示した。たとえば「東西対立が続く冷戦時代においてはやむをえなかった」というような判断が許容されることもありうるという認識だ。ただ、報告書は、そのためにも30年後を原則に外交文書の公開をより進めるよう提言している。
 しかし、このような論議を飛び越し、最近の外交文書がジュリアン・アサンジ氏を創始者とする内部告発サイト「ウィキリークス」によって次々と暴かれる時代になった。
 日米関係では今月初めに明らかになった米公電の内容が、とりわけ衝撃的だった。
 公電は2006年4月の日米交渉で、沖縄の米海兵隊のグアム移転費の中に盛り込まれたグアムの軍用道路建設費10億ドルについて「米国はこの道路を移転に当たって絶対的に必要なものとは考えていない」「費用全体を膨らませることにより、日本の負担比率を(見掛け上)減らすことができる」と伝えていた。
 当時の合意は沖縄の海兵隊の移転費総額を102億7千万ドルとし、このうち日本側が59%の60億9千万ドルを負担するというものだった。しかし、公電が事実とすれば、日本側の負担率は約3分の2となる。
 さらには「移転対象の海兵隊員と家族をそれぞれ8千人と9千人とした数字は日本向けに意図的に最大化したものだ」とも公電は伝えている。
 日本側も、この米側の数字の操作を承知しているらしい。
 暴露された内容は、後世の歴史的検証に堪え得る密約とは到底思えない。密約と呼ぶよりも、税金の使途を国民に欺いた犯罪的裏取引ではないか。
 もともとグアム移転費は、米軍住宅建設費の見積り額が現地の実情にそぐわないなど疑惑が多かった。
 在日米軍基地をめぐる日米交渉の闇は深い。菅直人首相は「合法的でない情報の発表」だとしてコメントを拒否したが、暴露された以上、直ちに事実関係を調査し、政府見解を明らかにすべきだ。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年5月25号より)

 

 

 

 


3・11に向き合って考えること

守屋龍一(JCJ代表委員)

 
 

 
 いまフクシマは、放射性物質の封じ込めに成功するか否か、瀬戸際に立っている。原子炉から漏れているプルトニウムを吸い込めば、20年から50年はアルファ線にさらされ、細胞のDNAが傷つき、ガンや白血病になる。いやでも最悪の事態へ「想像力」を巡らすときだ。
 メディアも被災現場や避難所をフォローするだけの報道に、終わっていないか。原発事故の解説も、コメンテーターは、いまだに「予断を許さない」「今のところ影響ない」を連発するだけ。彼らは原発推進派ではなかったか。
 不安にさらされる生活者・弱者に寄り添う報道、そして豊かで確かな「想像力」を発揮した解説が、これまで以上に求められている。
 林香里さんは、著書『〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム』(岩波書店)で、「ケアの倫理」に則ったジャーナリズムへ転換すべきだと説く。社会的弱者の気持ちに寄り添い、声や意見を汲み上げ、新たな形の社会的連帯を作る、そこにこそメディアへの信頼を回復するカギがあるという。書名からの速断は禁物。大震災の悲惨を眼前にすると、本書には示唆に富む提起が、ふんだんにあることが分かる。
 永田町では「大連立」がいわれ、復興に向けた思惑が渦巻いている。費用20兆円ともいう。その財源をめぐり消費税の税率アップが浮上。まさに「大震災増税」だ。被災者を含め、最も国民生活を圧迫する、とんでもない考えだ。
 企業の内部留保224兆円、米軍への思いやり予算5年間で1兆円、政党助成金320億円、なんでこれらを回さないのか。あわせて過去に、「翼賛政治」が仕組んだ危険な立法を思うとき、メディアは「想像力」を発揮し警鐘を鳴らすべきとき。
 4月26日はチェルノブイリ原発事故から、ちょうど25年。原子炉1機が爆発し、犠牲者は40万人とも。今もなお「石棺」内に残る大量の放射性物質を、取り除く作業が続けられている。解決には100年かかるという。
 フクシマの場合は、原子炉4機に加え、使用済み燃料プールからも放射性物質が漏れている。ほんとうに完全な封じ込めが、できるのだろうか。
 これまで原発の「安全」を吹聴し、推進を煽った 〈政・官・財・学〉の罪は大きい。ヒロシマ・ナガサキという悲惨な原爆体験をした国だからこそ、対策は万全、「日本の原発は世界で一番安全だ」と豪語してきた。
 その日本が、自らの慢心で、核分裂を制御できず、悲劇フクシマを引き起こした。しかも汚染水を海や地中に垂れ流し、世界の国々に恐怖を抱かせている。日本は核分裂の被曝国から加害国に一転した。世界に与えた〈3・11〉の衝撃の深刻さを、考えずにはいられない。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年4月25号より)

 

 

 

 


東日本大震災/試される日本社会の対応力

原 発=「想定外」では済まされぬ大事故/ 地 震=「東海地震」に偏りすぎたのでは?

柴田鉄治(JCJ代表委員)

 
 

 
 東日本を襲ったマグニチュード9・0の巨大地震と大津波によって、東北地方の沿岸部を中心に壊滅的な被害が広がっている。福島第1原子力発電所では炉心溶融と爆発が次々と起こって建屋が吹っ飛び、住民まで被曝するという状況になっている。
 「未曽有の天災なのだから仕方がない」ではすまされない重大な事態である。この大災害をどう乗り切るのか、また、これまでの備えに問題がなかったのかどうか、まさに日本社会が試されているといえよう。
 大地震と原発、私の見るところ、どちらも過去の対応に誤りがあり、そこからまだ完全に抜け出してはいないように思えてならないのだ。
 地震については、1978年に施行された大規模地震対策特別措置法(通称、大震法)に問題があった。これは世界でも珍しい地震予知を法制化したもので、危険が迫っている東海地震(駿河湾付近を震源とするマグニチュード8級の巨大地震)の予知ができるかもしれないので観測網を密にし、地震学者らの判定会の進言によって首相が警戒宣言を出す、というものだ。
 大震法の本来の目的は、地震予知の研究を推進し、もし予知ができたらその場合の手順をあらかじめ決めておこうというもので、狙いそのものが間違っていたわけではなかった。ところが、施行されたあとの運用が間違った。
 まず、予知は「できるかもしれない」だったのに、東海地震だけは予知できるという誤解が広がり、施行後の防災の日の訓練は、すべて「判定会の招集から首相の警戒宣言のあとに地震が起こる」という想定で繰り返された。
 また、東海地震の対策強化地域の指定がなされ、あたかもその線引きに意味があって、指定地域外のところは大地震の心配が少ないかのような錯覚が広がってしまったのである。
 そこへ起こったのが95年の阪神大震災だった。これで大震法の運用の誤りも正されるだろうと期待したが、そうはならなかった。わずかに防災の日の訓練が突発地震の想定に変わった程度で、大震法の見直しもなければ、東海地震に対する対応の仕方もまったく変わらなかった。
 阪神大震災は直下型地震で、海溝型の東海地震とは違うということだったのかもしれないが、今回の巨大地震は東海地震と同じ海溝型なのだから、もうそんな言い訳はできない。もともと岩盤の破壊現象である地震の予知は極めて難しく、科学的には「地震予知はできない」といったほうがいいくらいなのである。
 東海地震だけは予知できるという幻想を振り撒き、対策強化地域外の警戒心を相対的に減らしてしまった日本の「東海中心の大地震対策」を、この際、早急に改める必要があろう。
 原発については、福島原発で起こった今回の事故は極めて深刻な事態で、この事態まで「想定外だった」ですまされてはたまらないものだ。
 原発をめぐる過去の推進策の誤りは数々あるが、そのなかで最大のものは、反対派の激しい追及にあって「原発は絶対安全だ」といってしまったことである。そのため、日本の原発では長い間、原子力災害に対する防災計画が立てられなかったのである。
 その点は、79年の米スリーマイル島事故や86年のソ連チェルノブイリ事故などがあって、防災計画は作られていったが、それでもスリーマイル島事故で起こった「炉心溶融」は「日本では起きない」といい、チェルノブイリ事故のような放射能のばら撒きは「日本の原発には格納容器があるから大丈夫だ」といってきたのである。
 ところが、今回の事故では炉心溶融が起き、格納容器こそなんとか無事だったものの、コンクリートの建屋が吹っ飛んで、被曝者も出たうえ、20キロ先の住民にまで避難勧告が出たのだ。そのうえ、1号炉の爆発については、建屋が吹っ飛んだ映像がテレビに映っているのに、それから5時間近くも詳しい発表がなかったのである。
 まさか「どう発表したら衝撃が少ないか」考えていたのではあるまいが、過去に数々の「事故隠し」「トラブル隠し」の実例があるだけに、そんな憶測まで生まれるところに日本の原子力政策の脆弱さがあるのだといえようか。
 地震と原発については、これまでにも多くの論議を呼んできたものだが、今回の原発事故は、「地震国・日本」の原発政策を根底から揺さぶる契機となるものに違いない。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年3月25号より)

 

 

 

 


エジプト民衆革命、万歳

――影響力広げるイスラム同胞団 民主化運動はさらに広がる――

坂井定雄(龍谷大学名誉教授、共同OB)

 
 

 
 30年間の独裁政権を打倒したエジプトの民衆革命。素晴らしい! 凄い! うれしい!!
 僕は2005〜08年、非常事態下のカイロで生活していた。腐敗しきった警察、公定価格のパン不足でパン屋に半日も行列した貧しい人々、抗議デモに襲いかかる治安警察、選挙の投票所を囲み、野党支持者をこん棒と刃物で脅して追い返す治安警察と雇われごろつき集団、カイロ郊外のごみ捨て場や墓場、街中の最も貧しい地域で暮らす、何十万人もの市民登録のない住民たち。ブログで独裁政権を批判して投獄され、拷問された若者。卒業しても大部分が就職できない、名門カイロ大学一つだけでも20万人を超す大学生たち。ラマダン(断食月)の1カ月間の毎日夕方、カイロの街の至る所に出現する無料の野外食堂、国の現状と未来を深く憂いながら行動ができない教師や知識人たち。仲間で集まれば、政府と警察の悪口ばかり平気でしゃべり合う、街の親父たちやタクシー運転手たち……みんなどんなに喜んでいるだろう。

 民衆の力で独裁政権を打倒したのだから、新憲法制定の国民投票、大統領選挙、人民議会選挙、民主的な政府の発足という政治プロセスは、紆余曲折はあっても進むだろう。鉄と繊維などの国営企業をはじめ大企業の労働者たちが、賃上げと経営者の追放を要求してストライキを始めた。人々が、変化のスピードの遅さに我慢できないかもしれないが。

 1952年のナセル革命、56年のスエズ運河の国有化とそれを覆そうとしたイギリス、フランス、イスラエルの侵略を失敗させたことが、50年代から60年代のアジア、アフリカの民族解放、非同盟運動の世界的拡がりの大きな源になった。エジプトでの革命が、大きな影響をアジア、アフリカに及ぼしたのには理由がある。エジプトは人口8500万人の地域大国。5000年の文明の歴史。イスラム教学の中心となり、最高学府アズハルには、いまも世界中のイスラム諸国から留学生が集まる。1920年代の後半にエジプトで始まったイスラム同胞団は、アラブ15カ国以上でそれぞれの同胞団として活動し、影響力を拡げている。そして、多数のエジプト人教師がアラブ諸国で働き、子供たちを教育している。

 世界20億人に達するイスラム世界、とくにイスラム教徒が多い中東を中心にアジア・アフリカ諸国では、このエジプトの、民主化を要求する民衆革命を、注視しているに違いない。非民主的な政権が支配するアラブ諸国で、そしてイランで、民主化を求めたデモが新たに激発したが、さらに多くの国々に拡がるだろう。もちろん、それぞれの国で、事情も歴史も大きく違うから、すぐ“ネット革命”が続発することにはならないだろうが、政権は民主化要求を少しずつでも受け入れなければならず、ネットの普及、アルジャジーラはじめ衛星テレビの自由視聴を妨げることが難しくなる。その結果、民衆の民主化要求と行動は、相互作用を及ぼし合いながら、さらに拡がる。エジプトの民衆革命の影響は計り知れない。

(龍谷大学名誉教授、共同OB)

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年2月25号より)

 

 

 

 


回避できた整理解雇

――日本航空 146人が提訴/破綻原因追求せぬ報道・「目標に達せず」と会社目線――

内田妙子(CCU委員長)

 
 

 
 日本航空が2010年12月31日に強行した165人の不当解雇の撤回を求め、経営破綻から1年経った2011年1月19日、被解雇者の内146人が東京地裁に提訴した。72人は客室乗務員で、74人が運航乗務員である。
 2010年9月27日に、日本航空は「整理解雇の人選基準案」を各労組に提示した。病気欠勤などの基準とCCU(キャビンクルーユニオン)組合員が圧倒的に多い年齢の高い者から順次対象とするというものであった。

 同時に、客室乗務員については、9月28日に目標数を90人も増やし、尚かつ稼働数という新たなカウント方式で、頭数ではない削減目標数を設定してきたのである。
 勤務状況を加味し、一人を0・5人やゼロにも扱うという方式で、病気欠勤者や深夜業務を免除している乗務員はゼロとされたため、そのような人たちが何人応募しても削減目標数には反映されない欺瞞の数字目標によって「整理解雇」への準備が進められていった。
 9月の一次希望退職は、どの職種も削減目標数に達しなかったのは当然の結果といえる。3月の特別早期退職措置で、既に多くの対象者が辞めていたことと、客室乗務員は対象年齢を45歳以上(一般職)に限定したことによるのであるが、会社もこの結果は当然想定していたのである。だからこそ、9月一次、10月二次として当初から2回の募集を発表した。

 10月は「整理解雇」の脅しで、整備職や一般地上職は目標数以上の応募数となった。それでも客室乗務員と運航乗務員は達しなかった。
 その後も希望退職が継続され、12月9日まで続いた。客室乗務員は762人が応募した。
 頭数の削減目標は662人であったが、稼働数ではまだ60・5人足りないとされ、9日付で108人に解雇予告通知が届けられたのである。

 運航乗務員は94人で、総数202人に対し更に希望退職に応じるよう退職を迫られ、37人が応じた。そして、大晦日に165人の不当解雇が強行されたのである。
 この間、マスコミは何を報じたかと言えば、会社発表の記者会見に先んじて整理解雇ありの報道であった。常に削減目標に達せずの報道も特徴的であった。破綻の原因に触れることはなかった。
 米国の圧力で買った113機の航空機購入に伴う負債や、乱立した空港と不採算路線の就航や公租公課の負担、放漫経営がもたらした多大な損失(ドル先物買いで2200億円、ホテル事業などの投資)など、なぜ日本航空が破綻したのかの究明は誰によっても行われなかった。
 CCUは2009年から2010年に発表した見解や声明で常に問題にし、記者会見で説明してきたが、どの社も取り上げることはなかった。
 回避できた整理解雇をむしろ避けずに強行した会社の意図と狙いを、法廷の場で明らかにしていく。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年2月25号より)

 

 

 

 


都青少年育成条例 「悪書狩り」に道開く危険

――都民に監視課す条文も、立役者は治安対策本部――

藤本由香里(明治大准教授)

 
 

 
 昨年12月15日、出版界の猛反対を押し切って「東京都青少年健全育成条例改正案」が成立した。
 しかし、この条例の何が問題なのかについて理解した報道は少なく、誤った対立軸の設定の基に、都の発表をそのまま垂れ流したような報道が目立ったのは残念である。
 「過激な性描写」「悪質な性描写」規制……などと報道されたので、今回初めてマンガが規制されるかのように誤解している人も多いと思うが、現在でも、いわゆるポルノグラフィーにあたるものには「成人コミック」マークが付けられ、「18禁」の棚に並べられている。内容的に成人指定すべきなのにそうなっていない図書は、審議会にかけられて「不健全図書」に指定され、青少年への販売が禁止されている。
 しかも、この「不健全図書」指定対象は年々減ってきており、今回の改正案の基となった青少年健全育成協議会答申37pでも「18歳未満の青少年が閲覧する図書類の販売状況は相当程度改善されてきた」と明言されている。
 ではなぜ、新たな規則が必要なのか。本来、最初に、それが議論されるべきではなかったのか。
 これまでにもマンガの表現規制が問題になったことは何度もある。しかしそれは、よくも悪くもマンガを問題視する市民の声が最初にあって、規制は必要なのか、必要だとすればどんな規制が必要か……というふうに議論が展開した。しかし今回は市民の声が存在しないのにいきなり条文が、しかもとんでもない内容の条文が出てきている。
 最初に出てきた3月の条文で何より問題だったのは、条文のあいまいさ以前に、「非実在青少年の肯定的な性描写」の自主規制を求める7条に、それが守られているかどうかを監視する「責務」を都と事業者と全都民に課す18条がセットになっていたことである。これは、作品中に高校生の性描写が含まれればすべて店頭から排除されかねない「悪書狩り」に道を開く、非常に危険な条文だった。また、同じ18条には、国会で承認されていない「児童ポルノの単純所持の禁止」も盛り込まれていた。
 つまり3月の改正案は、非常に問題が多いとして国会を通らないでいる児童ポルノ法の改正案=「児童ポルノの単純所持規制」と、「被害者のいない創作物をも児童ポルノと見なすこと」の二つを条例で先に規制してしまおうとするものだった。しかし、当時の新聞の見出しは「マンガ児童ポルノ規制」であり、これ自体問題が大きい。また、都が発表したQ&Aの説明は条文とはまったくかけ離れた内容だったが、これに気づいている報道もほぼ皆無だった。
 この改正案は幸い6月に否決されたが、次に出てきた12月の改正案の規制対象は、「刑罰法規に触れる性行為」および「婚姻を禁止されている近親者間の性行為」を、「不当に賛美または誇張」して描いたもの。「刑罰法規に触れる性行為」には、強姦・強制わいせつ等に加え、いわゆる「淫行条例」も入るので、旧改正案の「非実在青少年の肯定的な性描写」という規制範囲は実はまるまる残っている。ただ、今回はあくまでも「不健全図書」指定範囲の拡大なので審議会を通す必要があり、一定の歯止めがあるとはいえる。
 「違法行為を不当に賛美・誇張」する作品など規制されて当然、という声も出そうだが、その考え方で行くなら、『ルパン3世』も『ONE PIECE』も規制されることになる。そもそもSFもファンタジーも歴史物もある創作物を現代日本の法律で規制しようというところに無理があるのだ。日弁連や東京弁護士会、日本ペンクラブ、日本劇作家協会等、反対声明があいついだ理由である。しかしこれもほとんど報道されず、ただ規制vs業界の反発、という構図にされてしまっていた。
 今回の改正を担った立役者は、警察庁からの出向者で作られた「東京都青少年治安対策本部」だ。そのことの意味に、報道はもっと敏感であるべきではないだろうか。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年1月25号より)

 

 

 

 


米中の戦略外交に九条理念掲げて

太田武男(JCJ代表委員)

 
 

 
 アメリカのゲーツ国防長官が6日、「核の拡大抑止力」維持のため、核兵器を搭載できる新型の無人長距離爆撃機の開発に国防費を重点投入する方針を明らかにした。1月8日付の新聞各紙が伝えた。 
 中国新聞のワシントン共同電によると、5年間に1千億ドルの支出を浮かし、無人偵察機やミサイル防衛(MD)、核兵器搭載が可能な長距離爆撃機などに集中投資する。長距離爆撃機は遠隔操作による無人機が検討されるという。さらに朝日新聞によると、空軍が求める「敵空域に深く侵攻できる核搭載可能な長距離爆撃機」は、レーダーに捕捉されにくいステルス性能も備えると伝える。
 詳細は不明だが、朝日新聞望月記者の解説によると、オバマ政権は昨年4月に打ち出した今後10年間の核政策の基本指針「核態勢見直し」(NPR)で示した大陸間弾道ミサイルなどの能力を「維持発展させる」方針の具体化だという。
 想起するのは、米軍やCIAがパキスタンなどで実戦展開するコンピューター操作のプレデターやリーパーという無人偵察・攻撃機。この無人戦争装置の長時間・長距離飛行化への改良と戦術核の一層の小型化で、劣化ウラン弾同様に実戦使用されかねない。国連人権理事会は昨年6月、この無人偵察・攻撃機運用の実態報告書を発表、標的の判断基準や誤爆による民間人殺害を「ゲーム機を操作するような感覚で人命を奪っている恐れがある」と指摘し、「無人機による標的殺害は国際法に違反する」と無人機自体を非難している。ましてや核兵器搭載機に替えるなど論外の発想である。
 NPRでオバマ政権は、「国防戦略における核兵器の役割を縮小する」「新たな核兵器の開発や核実験はしない」方針も示していたはず。それが実際には9月15日に臨界前核実験実施(10月12日判明)で世界の抗議を受けたし、今回もまたNPRと矛盾しかねない。
 この発表を前に成都発共同電が7日、中国が最新型の次世代ステルス戦闘機『殲(せん)20』を開発、試作機が滑走試験をしたと伝えた。米軍普天間基地の返還問題に行き詰まる日本外交を揺さぶるかのように、急速な経済発展を背に軍事力増強を進める中国、緊張する東アジアを見せつける。余りにタイミングを合わせた二つのニュースに、米中戦略外交の「罪深さ」を見る思いだ。
 にもかかわらずというべきか、新年の国内各紙は口をそろえたように「日米同盟の深化」、環太平洋パートナーシップ(TPP)決断を掲げ、税制・社会保障の一体改革へ消費税増税を語るだけ。そこに9条や25条の目線はまるで見えない。「動的抑止力」という新語を登場させた菅政権初の「新防衛計画大綱」は日本の防衛思想を大きく転換させる。
 21世紀の2度目の10年目を迎える。「力の外交」の破綻は世紀を跨いだ歴史の中で実証された。昨年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の最終合意書を受け、国際社会は「核兵器のない世界」への「明確な約束」の実施を求め、枠組み協議など核兵器禁止条約への交渉開始を呼びかけている。一人ひとりが憲法を実践、非核三原則の法制化を実現し、九条理念を高く掲げて各国と対話できる政権の確立こそ、主権者の道と自覚したい。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2011年1月25号より)

 

 

 

 


不透明な「大阪都構想」のゆくえ

清水正文(JCJ代表委員)

 
 

 
  大阪府は橋下府政に変わって3年近くになる。その政治手法や政策に対してマスメディアは、就任当初から「改革の旗手」のような報道をして持ち上げ、テレビの露出度も高く、知事の支持率も7〜8割という水準が続いている。
 はたしてその実態は府民のための府政になっているのか、今後どのようにしていこうというのかを、いましっかり見ていく必要がある。
 知事は、「関西・大阪経済の地盤沈下は深刻だ」として、「このままではカネも人も企業も集まらない。大阪府と大阪市という二つの役所があることが問題だ」と主張し、「大阪都構想」を発表した。
 この「構想」は、政令市である大阪市を8〜9に分け、堺市を三つに分割し、周辺の9市とあわせて20の特別区にし、東京都のように公選制の区長を置くというものだ。そのねらいは、端的に言って「都」には関西レベルに関連するインフラ整備・経済対策などを集約させ、国際競争に関係のない医療・福祉・教育などは市町村に押しつけるというものである。
 さらに「道州制」を視野に入れた、関西地域の自治体のさらなる広域化と改編によって、大企業が思いどおり活動できる条件をつくる一方、住民のための自治体を破壊しようとしている。「大阪都構想」はその先取りであり、関西財界が求めて失敗した開発を「成長戦略」という新たな装いで飾り「橋下人気」に便乗して進めようとするものだ。橋下知事と彼が立ち上げた地域政党「大阪維新の会」は、その実行部隊というわけである。
 しかしここにきて、マスメディアからも「具体的なビジョンを示さないと検証や批判すらできない」「府民をどこに連れていこうとしているのか」など「構想」の不透明さや知事の人気の危うさを指摘する論調も現れ始めた。
 橋下知事は、今年の二つの大阪市議補選での勝利の余勢を駆って、来春の大阪府・市議選で「維新の会で過半数をとる」と言い、すでに80人の公認候補を擁立、さらに追加公認する予定であるという。しかし「維新の会」の現職議員はほとんど元自民党議員であり、彼らは橋下人気に乗っかって議席を確保したいというにすぎない、という批判も多い。
 歯切れのいいしゃべり口と何かやってくれそうだというイメージで橋下知事の支持率は高いが、政策を評価するという意見は5%にも満たないとの調査もある。地域医療・社会保障・雇用対策・中小企業・子育てや教育などについての切実な府民要求と知事が進めようとしている政策のギャップが明らかになれば、必ずその実像が見えてくるし、またそうしなければならない。

(JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年12月25号より)

 

 

 

 


黒木昭雄さんを襲った“無力感

取材の成果を無視した岩手県警・メディア

山口一臣(「週刊朝日」編集長)

 
 

 
 元警視庁警察官でジャーナリストの黒木昭雄さんがこの世を去った。52歳だった。
 黒木さんの死については、スポーツ紙や夕刊紙、ネット上でさまざまな憶測を呼んでいる。11月7日付の夕刊フジには「岩手の未解決事件追い、消された可能性も」というどぎつい見出しが躍っていた。
 私は週刊朝日(11月19日号)で黒木さんの「死の真相」、つまりそれが覚悟の自殺≠ナあったことを客観的な根拠を示しながら論述した。だが書きながら、直接の死因は自殺だったかもしれないが、やはり黒木さんは殺されたのかも知れないと思うようになった。
 自殺の理由は究極のところ本人にしかわからない。だが、黒木さんと親交のある人なら誰もが指摘するのが、「岩手の事件」との関連だ。それは、2008年7月に岩手県川井村で当時17歳の少女が絞殺体で発見され、知人の男(30)が三陸海岸の断崖に遺留品を残して飛び降り自殺をしたと偽装し、逃亡したとされる事件だ。岩手県警が男を指名手配し、警察庁が賞金を懸けている。
 だが黒木さんの取材によって、県警が指名手配した男を犯人とするにはあまりに矛盾が多すぎることが判明する。「真犯人は別にいる」ので再捜査すべきだ、というのが黒木さんの主張だ。そのめぼしもついていた。
 取材の成果は週刊朝日やテレビ朝日で報道された。黒木さんの尽力もあって、殺された少女と指名手配犯の家族が協力して岩手県警に情報提供をし、再捜査を求めるという異例の展開にもなる。指名手配犯の自宅のある村では村民ら2600人余りの署名が集まり、県サイドに手渡された。だが、残念ならが黒木さんが予想したほどの反響はなかった。なにより、岩手の地元メディアに無視されたことが大きなショックだったようだ。
 「結局、マスコミは記者クラブに縛られて身動きがとれないんだ。県警に面と向かって刃向かうようなことはできない……」
 最近、会うといつもそうこぼしていた。
 そうして警察庁は黒木さんの努力をあざ笑うかのように、自殺した11月1日に指名手配犯の懸賞金を増額してきた。 「絶望」と「無力感」が黒木さんを襲ったことは想像に難くない。黒木さんは殺されたのだ。 

(機関紙ジャーナリスト 2010年11月25日号)

 

 

 

 


改ざん事件にみる 検察の「筋書きありき」の捜査手法

メディアは「歯止め役」果たせたか

三浦克教(元新聞労連委員長)

 
 

 
 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、元主任検事に続き前特捜部長らが逮捕されるに至り、検察批判が高まっている。しかし、今メディアが考えるべきことはほかにもある。十数年前の昔、検察担当記者だった私の自戒を込めて言えば、メディアも当事者なのだ。

 元主任検事が証拠のフロッピーディスクに手を加えていたことには「まさか一線を超えるとは」との驚きがある。だが問題は、あらかじめ描いた構図にこだわる「筋書きありき」の捜査手法だ。元主任検事は、意のままに見立て通りの供述調書を作成できる「優秀な特捜検事」と評価されていた。できの悪い検事ではなかった点に事件の根深さがあるし、ましてや個人の資質の問題ではありえない。
 メディアは、実は随分前から「筋書きありき」の捜査手法の危うさに気付いていたと思う。リクルート事件の公判では、リ社側の被告が東京地検特捜部の取り調べの違法性を訴えた。彼らが主張した侮辱的で強圧的な取り調べの内容は、当時の担当記者ならだれでも知っている話だ。ただ結果として、被告はみな有罪になった。

 ゼネコン汚職では、参考人の聴取で検事が直接的な暴力を振るう事件も起きた。地方の検察庁から応援に来ていた彼は、特捜部の空気の中に「これくらいなら許される」と勘違いする何かを感じ取っていたはずだ。
 しかしメディアが、その時々に特捜検察の捜査のありようを正面から問題にすることはなかった。意図的に見ぬふりをしたわけではないと思う。大きな流れとして、特捜検察は公権力の不正腐敗の摘発に向かっており、メディアの視線は捜査手法よりも捜査の展開に向きがちだった。

 報道を通じて、自らも社会の期待に応えようとしていたのかもしれない。結果として、特捜検察に寄り添うように走っていた。「最強の捜査機関」の称号を定着させたのも、意のままに供述を取る検事を「エース」と呼んだのもメディアだ。
 どこかでメディアがブレーキ役になっていれば、今回の証拠改ざん事件、さらには厚労省元局長の冤罪事件も起こらなかったかもしれない。
 私を含め歴代の担当記者がふがいなかったとの批判があるなら甘受したい。しかし、記者個々人の資質の問題で終わらせては、残せる教訓は限られてしまう。組織の歩みに疑問が生じたときに、どうやれば方向を変えることができるのか。メディアは、検察と同じ課題を負っていることを自覚しなければならないと思う。 

(機関紙ジャーナリスト 2010年10月25日号)

 

 

 

 


記者は現実に接近する努力を
ーー社会的な連帯意識を高めたいーー

東海林智・新聞労連委員長に聞く

 
 


――民主党政権の労働政策をどう思いますか?
 2008年末に日比谷公園で開かれた「年越し派遣村」には、菅直人民主党代表代行(当時)が来て、派遣労働者を前に「超党派で派遣法の抜本改正を実現する」と語りました。
 しかし09年の政権交代後1年たっても派遣法抜本改正は実現していません。現場の労働者を前にした菅首相の約束が実現していないのは、重い事実です。
 民主党の労働問題への姿勢には、疑問が残ります。
 象徴的な事例は、旧自公政権のとき、改正案にもぐり込まされた規制緩和である「事前面接の解禁」が、そのまま厚労省の当初案として出てきたことです。
 民主党は再度、労働政策審議会(労政審)に法案作りを諮問するとき、政権の意思を示すべきでした。民主党のいう「政治主導」とは何なのでしょうか。
 当初案には差別的な事前面接の被害にあっている、主に女性を中心とした当事者から、批判の声が起こりました。結局、社民党や国民新党の反対もあって、民主党は法案要綱提出前に、この規制緩和を外した。その意味では聞く耳を持っているともいえますが、解禁が違法な事前面接が横行する現状の追認であると、理解できていないのは不思議です。
 労政審委員も反省すべきだと思います。彼らは派遣法が、労働者を危機に陥らせる可能性を予見できなかった。「派遣村」の時に顕在したような事態を予見せずに、生ぬるい改正案を出してきた。そのうえ、事前面接が法案要綱から外されたときに、労政審は政権に抗議しました。
 彼らは、高い見識を持った学者で、労働者の安全を守れるという前提でその役職を付託されているのです。居直って旧案に固執するのは、真面目な学者の取るべき態度ではありません。
 特に労働政策は、政・労・資の三者で決めるというILO条約を批准しているのですから、他の審議会よりも高い責任が求められると思います。
――アカデミズムも現実から学ばねばならないと思いますが、ジャーナリズムはどれだけ現実に学んでいるでしょうか。
 インターネット、携帯など取材ツールの発達で、記者が現場に足を運ばなくなっています。もちろん、背景には人員削減で人手不足が慢性化していることもあります。 例えば一つの記事を書くのに3回も4回も現場で取材をすれば、「効率が悪い」と叱責されるし、そんな時間も取れない。そういう意味では若い記者は可哀そうですね。 
 わたしが厚生労働省担当のとき、原稿を出さない日には、6時になったら記者クラブを離れて、組合を回ったり、非正規労働者の集会に行ったりしました。そうして得た情報はすぐには記事にならないし、傍からは遊んでいるように見えます。しかし労働現場の取材では、これが現実に近づく方法なのです。
 多くの記者は夜遅くまで厚労省に残って庁内回りや官僚宅への夜回りをします。それも大事ですが、役人の間を回るだけで自分が現場を知らなければ、役人のいうことを聞いているだけになる。 例えば役人に「派遣で働いている子なんか、勝手気ままに働いているんだぜ。彼らは正社員になろうと思ってないよ」という風に言われても、現場を知らなければ反論できない。
 けれど現場を回って取材していれば、「それは違うでしょ」と議論ができます。役所にいて取材した気になっていると、市民意識との「ずれ」が出てくる。 
 市民のメディアへの不信は根深い。記者と読者の両方で建設的な話ができたらいいのですが…。
――今後、経済環境が厳しくなり、新聞を読むことは贅沢になるのでは?
 そもそも新聞は贅沢品でした。それが戦後の高度成長期でメディアは大衆化しました。それは戦後、民主主義の進展と歩みを一にしていたのです。これから再び少数の人々のものとなったり、メディアが成り立たなくなれば、民主主義の危機だと思います。
 いまアメリカでは新聞社がばたばた倒産しています。すると情報の流れが変わり、メディアが独自に取材した記事や、役所などが発表した情報に独自の価値観を加えた記事がどんどん減ってきている。これは民主主義の危機だというので、報道機関に公的資金を入れようかという議論も出てきています。
 日本でかつて銀行に公的資金を注入するときに、国民は銀行が破たんしては自分たちの預金も危ないとして、しぶしぶ銀行救済を認めた。しかし、日本でメディアに公的資金をとなったらどういう反応があるでしょうか。メディアに公的資金が投入されるのは決していいことではありませんが、民主主義を守るためだと説明して、市民が納得するでしょうか。そこまでメディアの信頼は落ちていると思います。
――新聞労連委員長になって、しばらく東海林さんの記事が読めない?
 2年間は専従ですので「毎日」に記事は書けません。自分たちの声を拾う人がいなくなるのではないかと、いろんな人に言われました。そう評価されるのは有難いことです。けれど、しっかりした後任もいるから心配していません。
 新聞記者は団結しづらい職業だと思います。一人ひとり専門店のようなものですし、記者になるまでには、親から多額の教育費がつぎ込まれている。自分でも投資して自分を磨いてきたので、そうして得た果実は全部自分のものだという意識が強い。
 北欧など教育費が無償の社会ならば、メディア企業に入っても、社会的な投資を受けてきたとの思いがあるので、得た果実は社会的なものという認識を持てます。だから、社会的な連帯も発想しやすい。そう考えると、改めて労働組合は社会的な存在なのだという認識から広めていく取り組みが必要なのではないかと思います。
 編集部門の記者は運動に参加しづらい就業形態です。けれど、社会的連帯の意識を高めることでそれを乗り越えたいと思います。印刷など現業部門の労働者は、これまでも積極的に集会やデモに参加してくれています。力を合わせて社会的な労働運動にカジを切って行きたい。自らの産別だけでなく、労働者全体のために運動する責任と自覚を持ちたい。私たちが社会的労働運動を進めたときに、メディアは民主主義を支える重要な役割を担っているというという議論も、理解されるのではないでしょうか。
 新聞労連は運動への動員をしにくい組織ですが、少なくとも僕一人の身はあいているのですから、一人でも行って新聞労連の旗を立てることからやっていきたい。
 新聞労連は今までもメディア界の中の集会や憲法労組連に加わるなどしていますが、もっといろいろなところに行こうと思っています。

   聞き手 保坂義久
   写真  柴本政江

(機関紙ジャーナリスト 2010年9月25日号)

 

 

 

 


紙の本と電子書籍の共生に期待

守屋龍一

 
 


  お盆休みに本を3冊読んだ。まず百田尚樹『永遠の0(ゼロ)』(講談社文庫)。特攻で死んだ祖父の実像を求め、孫2人が尋ねて歩く人間ドラマ。意外な展開が繰り広げられる。
 同時に、十死零生の愚劣な作戦を命ずる海軍将校の無能力を糾弾し、煽ったメディアの責任を問う筆致は鋭い。
 次は、直木賞を受賞した中島京子『小さいおうち』(文藝春秋)。戦前から戦中にかけての東京の中流家庭を、お手伝いのタキの目を通して描いた物語。戦争が激しくなるにつれ、タキも山形に帰され、学童疎開の子どもたちを世話する彼女の活躍ぶりがいい。
 3冊目は佐江衆一『昭和質店の客』(新潮社)。浅草の路地裏にある昭和質店で出会った男女3人が、それぞれに遭遇した「昭和」と「戦争」のドラマ。
 満蒙開拓団の悲劇やニューギニア戦線での地獄の敗走など、学童疎開世代の著者が「死ぬまでに書かねば」と書き下ろした意気込みに圧倒される。
 この3冊には、小説だといって軽く読み飛ばすことのできない、現実や歴史を衝く、ジャーナリストの眼が、随所に光っている。官庁のプレスリリースだけで記事を書く凡小記者には、とうてい及ばない鋭い反骨のジャーナリスト魂がある。
 まさに活字の醍醐味を満喫した。活字は棄てたものではない。
 だが活字文化の低迷、出版界の不振がいわれて久しい。出版科学研究所によると、2010年上半期(1〜6月)の出版物販売金額は9887億円(前年同期比4・0%減)、1988年に突破した上半期1兆円ラインを切ったという。
 書籍が2・7%減の4581億円、雑誌が5・2%減の5305億円。雑誌は休刊点数が前年比31点増の119点、過去最多を記録。出版市場は1996年をピークに、今年も年間2兆円割れが確実となった。
 ちなみにトーハン調べの2010年上半期ベストセラーの1位は山本千尋『バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット』、3位は池田大作『新・人間革命21』、4位は岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』、6位はタニタ『体脂肪計タニタの社員食堂 500kcalのまんぷく定食』
 活字の醍醐味を味わうというより、すぐ役立つ生活情報の本、ハウツー的人生論の本ばかり。
 これら新刊書が、1日280点近く、書店に委託配本され、陳列スペースの限界から、店頭での展示期間を縮め、「返品率増大」の一因となっている。書籍の返品率は、再び増加し、40・6%(金額返品率)となった。
 今年は電子書籍元年ともいわれ、「紙」の本は淘汰される─そんな恐慌論が蔓延している。だが電子書籍は、「紙」の本より、読むための端末機が高く、読む時間も長くかかる。ビジネスとしては黎明期だ。
 それでも読者が、書き手と接続できるコミュニティー空間に参加することができるなら、期待は大きい。新たな読書文化が誕生するだろう。「紙」の本と電子書籍との共生を目指すべきだ。

(JCJ代表委員)

(機関紙ジャーナリスト 2010年8月25日号)

 

 

 

 


普天間問題

公約破りに渦巻く怒りの声

 
 


グアムへ移駐する海兵隊 伊波洋一宜野湾市長

  今年4月25日、沖縄では辺野古沿岸への普天間代替施設の建設に反対する県民大会が保革を超えて開催され、仲井真県知事を含め全県議会議員、全市町村長、議会議長が登壇し、沖縄県民9万人が結集した。今年1月の辺野古への基地移設に反対する稲嶺進名護市長の誕生、2月の沖縄県議会全会一致の県内移設反対決議を受けての県民大会開催だった。一方、最低でも県外移転と言って大きな期待を抱かせた鳩山首相は、5月23日に沖縄に出向いて仲井真沖縄県知事と会談し、手持ちの紙を読み上げて普天間飛行場の県内移設やむなしとする結論を伝えた。「学べば学ぶほど」抑止力のために海兵隊は沖縄の外へは移せず、辺野古沿岸への新基地建設しかないとの結論であった。その後5月28日に日米共同声明が発表され、辺野古地区への新基地建設が確認された。

  到底収まらないのは、鳩山政権の裏切りに対する沖縄県民の怒りである。沖縄県民の多くが、県民の永年の願いが弄ばれたと感じている。従来は日米安保を容認する立場から振興策や地域の発展を考え、県内移設を容認してきた保守首長たちも、政権交代の中で立場を変えた鳩山首相の県内移設表明に怒りの声をあげた。保守首長たちは、鳩山政権に心を折られてしまったと感じている。いまさら、民主党政権が進める県内移設には戻れないと。

  一方、5月27日には衆参両院の180人を超える連立与党議員が連名でグアム、テニアンへの海兵隊移転を求める緊急声明を出したことは、一つの救いである。というのは、移せないはずの海兵隊がグアムに2014年までに移っていく。その内容も明らかになっている。昨年11月20日に「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」が米海軍省からグアム州政府と住民に公表された。沖縄の海兵隊常駐部隊約8600人と一時配備部隊2000人の合計約1万600人がグアムに移転してくる。海兵航空部隊関連で2100人、37機の海兵隊ヘリ部隊のほか地上部隊もグアムに常駐する。普天間の海兵隊ヘリであることはほぼ間違いない。

  2006年5月1日に発表された「再編実施のための日米のロードマップ」では「約8000名の第3海兵機動展開部隊(3MEF)の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する」とされ、そのために日本政府が60・9億ドル、当時のレートで約7000億円を負担する。県内移設に反対する沖縄県民の思いが、きっと日米政府に勝つと私は信じている。

 「島ぐるみ闘争」で対峙 安次富浩ヘリ基地反対協代表委員

  「最低でも県外」と選挙公約した鳩山首相が沖縄の「怒」を背景に6月2日辞任した。前政権から続く世襲政治家のひ弱な性格が短命政権という哀れな結末を招いた。主権者たる国民の前に、世襲政治家の決断力のなさ、リーダーシップのなさと無責任さが露呈された。沖縄県民に「普天間基地問題」の解決の期待を与え、見事に裏切り、幻滅を与えた鳩山首相は歴代首相の中でも珍しい存在である。

  菅直人新首相は、5月28日の「普天間基地の辺野古回帰」を基軸とする「日米合意の継承」をオバマ米大統領との電話会談で確認した。「沖縄の民意」を無視するという暴挙は「沖縄県民の頭越し」よりもタチが悪い。徳之島住民の基地移設反対の強い「怒」を無視する反動的な政治姿勢も露わになった。菅首相が「沖縄県民の合意は必要ない」と公言する岡田外相、落選した島袋前名護市長や後援会幹部等と東京で密談を行った前原沖縄担当相、防衛官僚の操り人形北沢防衛相等「県内移設、辺野古回帰」の戦犯閣僚を再任したことは、「普天間基地の辺野古移設」案を特別立法などの強権で押し付けることを宣言したに等しい。

  日米両政府は8月末までに建設工法と建設位置を修正する計画だが、埋め立てと50M以内の建設位置移動による現行アセス調査範囲内で処理したとしても、MV22オスプレイ配備の記載漏れなど違法なアセス手続きに基づく辺野古新基地は絶対に造らせない。

  県民世論の90%近くが辺野古新基地建設に反対している。地元稲嶺名護市長が「海にも、陸にも造らせない」と反対し、埋め立て許可の権限を持つ仲井真県知事も反対である。県議会は与野党全会一致で反対決議し、県内41市町村長も全員反対である。県経営者協会も、菅政権を支えるべき民主党沖縄県連も反対している。

  今や沖縄は徳之島を含め「沖縄差別」を押しつける菅政権に対する「島ぐるみ」の闘いの様相を示しつつある。いずれ菅政権は沖縄県民と真っ向から対峙する道を進むのか、あるいは「普天間基地の即時閉鎖と辺野古新基地建設断念」案を持って、戦犯閣僚を更迭し、米国政府との対等な外交交渉の道を歩むのかという決断が問われる。辺野古新基地建設問題は、日本の平和・人権・環境、財政問題を鋭く抉りだす闘いである。菅政権はその覚悟を持って沖縄県民と向き合うべきだ。 

 我々名護市民は菅政権やアメリカ政府の様々な恫喝と姑息な分断工作と対決してゆく。稲嶺市長をしっかり支え、生物多様性豊かな美ら海を守ろうと支援に駆けつけてくれる県内外の支援者、海外の環境保護団体の皆さんと連携した闘いを構築し、必ず勝利する。

(機関紙ジャーナリスト 2010年6月25日号)

 

 

 

 


まず「非核三原則」の法制化を

太田武男(JCJ代表委員)

 
 


 憲法と安保の矛盾が内政・外交のさまざまな場面で顕在化、安保見直しが運動課題になってきた。「鳩山首相はルーピー(loopy)」と書いた米国のコラムニストはその意味を「奇妙に現実離れしている」と定義したそうだ(13日毎日)が、ならば普天間問題では「政府もメディアもルーピー」だ。
 普天間の移転地候補に浮上したことのある米海兵隊岩国基地は、原爆投下の爆心地から広島湾を挟んで直線なら約30`の「圏内」にある。岩国では今も艦載機移転反対闘争が闘われている。4年前、有権者の過半数が移転計画に反対した住民投票結果を、2年後の市長選挙では露骨な「アメとムチ」政策を使ってひっくり返したのは自公政権だった。「辺野古周辺」に加え「徳之島説得へ」に報道が変わったが、岩国再現を期待しているとしたら、メディアにも民主党にも未来はない。
 国際舞台でも、「二つの顔」を持つ日本への信頼が揺らぐ。国連本部で開催中の核不拡散条約(NPT)再検討会議、米ロ新核軍縮条約に合意し、会議に合わせてアメリカは「保有核弾頭数5113発」と公表(3日)し、核軍縮への積極姿勢を誇示して見せた。鳩山首相は就任直後の国連安保理で各国首脳を前に「唯一の被爆国として核兵器廃絶へ先頭に立って行動する道義的責任がある。非核三原則を堅持する」と演説した(09年9月24日)。その首相はNPT会議には出席していない。加盟国スピーチでは福山外務副大臣が首相の演説を繰り返した。これには翌日の中国新聞が「先頭に立つとの言葉とは裏腹に米国の新戦略に追従する姿勢が色濃く、被爆国の独自色はない。月並みな提案は、自国の安全保障を米国の核兵器に頼る被爆国の矛盾であり、限界でもある。そう受け取られても仕方あるまい」と酷評した。
 「核密約」に怒り「非核3原則の法制化」を求める広島・長崎は、浮上する「非核2・5原則」論にも反発する。オバマ大統領に期待する前に自国政府の「言行不一致」を質さねばなるまい。

 今回の再検討会議に向けて日本からは原水協や被爆者団体、市民組織など2千人を超える代表団が出かけた。核廃絶を求める原爆展や被爆証言活動、多面的な市民交流、署名、各国市民とともにデモを繰り広げ、「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」「ノーモア・ウオー」を訴えた。JCJ広島支部も一人を派遣、核兵器廃絶の世論確立へ行動した。政党では共産党の志位委員長が初めて自ら出向き、広島・長崎両市長らとともにNGOの国際平和会議にも参加して各国政府に「核兵器禁止条約の交渉開始を」と訴え、精力的に野党外交を展開している。成果を期待したい。
 安保改定から50年、「同盟」にまで深化した安保条約には「ヒロシマ」を無視し、国民には「核密約はない」と最初から嘘をついてきた歴史が伴う。 「人類と共存できない核兵器、戦争そのものをなくす=非核と9条」こそ21世紀のキーワードだ。5月初頭からニュースを見ながらその思いを強くしている。

(機関紙ジャーナリスト 2010年5月25日号)

 

 

 

 


沖縄密約で画期的な杉原判決

政府のウソ、司法が糾弾

柴田鉄治(JCJ代表委員)

 
 


 沖縄返還をめぐる日米間の密約について、「そんなものはない」と言い続けた政府のウソを厳しく糾弾する画期的な判決が出た。密約文書の開示を求めた原告25人の情報公開訴訟に対して、東京地裁の杉原則彦裁判長は、「不存在」との国側の主張を退け、開示を命ずる判決を言い渡したのである。
 思えば、政府のウソを正すまでの長い長い闘いだった。話は1972年の沖縄返還の時まで遡る。毎日新聞の西山太吉記者が外務省の女性事務官から入手した極秘電報によって、米国が支払うべき費用を日本側が肩代わりする密約を明るみに出した。ところが、政府は西山記者と女性事務官を国家公務員法違反で逮捕し、密約問題をスキャンダルにすり替えてしまったのだ。
 毎日新聞がなぜか一面トップで報じることをせず、野党議員に電報を渡して国会で追及する方法をとったというミスがあったとはいえ、取材方法の是非と密約問題を切り離して追及する道はあったはずである。しかし、当時のメディアは社会の風当たりにひるんで、そのときの闘いは「メディアの敗北」に終わった。
 時は流れ、まず米国から密約の公文書が出てきた。また、当時交渉に当たった外務省の高官も密約の存在を認める証言をするなど、「政府のウソ」は崩れたのに、政府は「そんなものは存在しない」としらを切り続けた。西山記者の起こした裁判も除斥期間を理由に門前払いの判決が出るなど「司法のチェック」も働かなかった。
 そのあとに続く今回の裁判だっただけに、「杉原判決の素晴らしさ」が光った。まず、原告側の立証で文書が存在したことは明らかだとし、国側が明確な理由を示さない以上、文書は存在しているはずだという論理を展開して、国側の態度は国民の知る権利をないがしろにする不誠実なものだと断じたのである。
 そのうえさらに、原告の求めたものは文書の内容ではなく、「密約の存在を否定し続けた国の姿勢の変更であり、民主主義国家における国民の知る権利の実現だった」とまで言い切った。「原告らが感じた失意、落胆、怒り」にも言及し、国家賠償まで認めた「完全な勝訴判決」だったのである。「日本の司法もまだ死んではいなかった」と私も心底から感動した判決だった。
 「政府のウソ」を正すのは、本来、メディアの役割ではないか、と私は考えている。私が原告に名を連ねたのも、そういう考えからだった。にもかかわらず、沖縄密約問題に関する限り、日本のメディアは、最初の敗北に始まって終始、「及び腰」の姿勢が目立ったような気がする。
 いまからでも遅くはない。杉原判決には、これまでとかく「いい加減さ」が目立った日本の情報公開制度をしっかりしたものにしていくためのヒントがいろいろと含まれている。それを今後に生かして、「国民の知る権利」を確固不動のものにするようメディアにがんばってもらいたい。
 国の主権者である国民を騙しつづけ、ばれてもしらを切り続けるような「政府のウソ」は二度と許さない、という気概をジャーナリスト一人ひとりに期待したい。

(機関紙ジャーナリスト 2010年4月25日号)

 

 

 

 


小学校教科書に6年ぶりの検定─愛国心を謳う

清水正文(JCJ代表委員)

 
 


 文部科学省は3月30日、2011年度から小学校で使用される教科書の検定結果を一部発表した。検定申請は148点、すべてが合格となった。今回の検定は06年に成立した「改正」教育基本法がうたう「我が国と郷土を愛する」の方針を受け、改訂された学習指導要領のもとで行われた初の検定だ。
 まず、03年度検定時の教科書に比べ、理科は36・7%、算数は33・2%、全教科では24・5%もページ数が増えている。いわゆる「ゆとり教育」路線が、教科書発行者によって否定されたことになるが、これだけの内容を限られた授業時数で教え、子どもたちに理解させられるのか、早くも不安・危惧の声があがっている。
 これだけ教科書のページ数が増えた要因には、新指導要領で強調された「繰り返し(スパイラル)学習」に加え、学習内容を細かく制限していた「歯止め規定」を廃止したことにある。
 検定意見数は、03年度検定と比べて大幅に増加している。理科は前回総数800→2422、算数は520→1265ときわめて多い。これは、検定が教科書調査官の個人判断に委ねられ、恣意的な意見が幅をきかせている現行制度の大きな問題点といえる。
 教科別の学習内容については、国語では、伝統文化の尊重や愛国心を育てるという新指導要領に基づき、1、2年で「いなばの白うさぎ」「ヤマタノオロチ」など、神話が初めて登場する。3、4年では短歌や俳句、5、6年では古文や漢文を学ぶことになる。
 社会では、竹島(韓国の呼称では独島)について5社全部が掲載し、自国領という主張をしており、韓国政府が抗議する事態を生んでいる。各社とも沖縄戦を含む太平洋戦争の記述が大幅に増えたことは評価できる。「集団自決」については3社が記述したが、高校教科書で問題となった「軍の強制・関与」は触れられていない。
 「脱ゆとり」の教育方針が、これまで問題となった「詰め込み」や「落ちこぼし」を、再び生む危惧は避けられない。文部科学省は、書いてあることをすべて教える「教科書観」から、「個々の児童生徒の理解度に応じた指導」に転換することを強調しているが、これでは子どもの状況によって、学習上の格差が拡大するおそれがあると指摘されている。
 ふくらんだ教科書を教えるに足る授業時数を確保するために、新指導要領では週あたり1〜2時限増やすことになっている。しかし、これだけでは足りず、「7時限目」を設け、月に1〜2回土曜日に午前授業を行うことにするなど、応急措置の動きが各地で見られる。「児童の負担が重い」「学校5日制が有名無実化する」などの批判も出ている。
 また鳩山政権も、教科書検定制度に対する方針がはっきりしておらず、自公政権が踏襲してきた、今までどおりの検定が行われた。改めて検定制度そのものの当否を含め、そのあり方について根本的な議論が必要になっている。

(機関紙ジャーナリスト 2010年4月25日号)

 

 

 

 


普天間基地 地元は「死ぬ気で」闘っている

県内移転許さぬ 相次ぐ抗議行動

芦澤礼子

 
 


 3月8日、沖縄基地問題検討委員会が首相官邸で開かれ、国民新党は普天間基地の移設先として、嘉手納基地への統合案と米軍キャンプ・シュワブ陸上案を提示した。他にも「米軍ホワイトビーチと津堅島間埋め立て」「ホワイトビーチ東側の浮原島と宮城島間埋め立て」などが政府案として浮上している。
 「もういいかげんにしてくれ!」というのが、沖縄の人々の本音であろう。沖縄県議会は2月24日、普天間基地の早期閉鎖・返還と県内移設反対を盛り込んだ意見書を全会一致で可決。3月11日に県議会代表団が北沢防衛大臣、前原沖縄担当大臣らに面会して意見書を手渡した。また4月中旬開催を目指し、超党派で普天間基地の県内移設に反対する県民大会の準備が進んでいる。
 焦点となっている名護市では、1月24日の市長選挙で名護市への普天間基地移設に反対する稲嶺進さんが当選。3月8日、市議会はキャンプ・シュワブ陸上案に反対する意見書と抗議決議を全会一致で可決した。3月5日から毎週金曜日早朝7時から8時まで、キャンプ・シュワブ第一ゲート前での座り込みも始まった。
 沖縄の動きに連帯して、首都圏の市民団体のネットワーク「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」は3月12日から毎週金曜日18時半、首相官邸前向かいの国会記者会館前で抗議行動を行う。3月26日18時半には「辺野古への基地建設断念と普天間基地の無条件返還を求める緊急署名」を官邸に提出。4月5日18時半には防衛省前で大規模抗議行動を行う。
 また、海外ネットワークを持つ複数のNGOが中心となって「美ら海・沖縄に基地はいらない!日米の市民・NGOの共同キャンペーン〜みんなの力でアメリカの大手新聞に意見広告を出そう!」が、3月3日から始まった。
 今後は政府と米側との交渉が始まり、3月中にも閣僚による検討会が開催される見通しである。 「死ぬ気で反対してこない限り、地元の意向は反映されない」と言い放った平野官房長官だが、沖縄も、連帯する市民も、とっくに「死ぬ気」で闘っているのである。

(フリーライター)

(機関紙ジャーナリスト 2010年3月25日号)

 

 

 

 


沖縄県民より米国が大事か!

岡田外相との対話集会で住民の怒り爆発

浦島悦子

 
 


 在沖米軍普天間飛行場移設問題で迷走を続ける鳩山政権の岡田克也外相が5日、名護市内で住民との「対話集会」なるものを行った。
 3区住民のうち前もって名簿を出した人だけの限定参加(100人)、非公開(マスコミは頭撮りのみ)という集会のあり方に抗議して、ヘリ基地反対協議会は参加を拒否。
 私たち「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」は、集会が単なるアリバイ作りではないかという危惧を持ちつつも、岡田外相の意図がどうであれ、地元住民の意見を直接ぶつけるために参加した。


「公約を守って欲しい」と訴える

 約1時間という短時間の中で意見を述べた名護市議を含む住民たちは、戦後64年間の基地の重圧、移設予定地住民の13年間の苦しみ、民主党は「県外・国外移設」という公約を守って欲しい、辺野古移設反対が名護市民・沖縄県民の民意だと、口々に訴えた。
 しかし、それに対する岡田氏の答は「鳩山首相が県外と言ったのは確かだが、この2カ月間米国と交渉してきて、それは困難だとわかった。長年の積み重ねの結果である日米合意を、政権が変わったからといって白紙にすることはできない。日米同盟は重要だ。みなさんの苦労や気持はわかるが、国益も考えなければならない」云々と言い訳ばかり。「移設が遅れると普天間の危険が放置される」には「それは脅しか!」とヤジが飛んだ。
 「次の日程」のために席を立とうとする岡田氏に、煮えくりかえる思いをじっとこらえていた住民の怒りが爆発。「がっかりした!」「沖縄県民より米国が大事か!」「政府がそんな態度なら嘉手納基地も撤去運動を起こすぞ!」等々の声を浴びせた。


名護市長選が喫緊の課題

 米国からの圧力、連立を組む社民党の抵抗、沖縄の民意の狭間で動きの取れない鳩山政権が、今後どのような方針を出してくるのか予断を許さないが、名護市民にとっての喫緊の課題は、来年1月24日に投開票される市長選挙で、基地反対の市長を誕生させることだ。
 今回の市長選挙は、97年の名護市民投票に次いで市民の民意を示すものとなる。たとえ鳩山政権が米国に屈したとしても、市長を先頭に名護市民が結束して「ノー」と言えば、そう簡単に強行することはできないだろう。

(ジャーナリスト)

(機関紙ジャーナリスト 2009年12月25日号)

 

 

 

 


「政治主導」が陥る防衛官僚の罠

続行された制服組会見

半田 滋

 
 


 民主党中心の新政権に変わり、防衛省での記者会見は、他省庁同様、事務次官会見が廃止された。他の会見について防衛記者会が続行を求めたところ、北沢俊美防衛相は意外なほどあっさり背広組の報道官、制服組の統合幕僚長、陸海空幕僚長のいずれの会見も認め、旧政権同様、毎週あふれるほどの記者会見が行われている。
 省内の意思決定システムは、大臣ら政治家と官僚が一堂に会する省議から、大臣、副大臣、政務官(二人)の政治家だけの政務三役会議に変わった。会議のやり取りは副大臣が記者会見して公表する新たな仕組みも導入されている。
 政治主導を前面に押し出す一方、官僚や制服組による実務者による会見の場も確保されたから、防衛省ではバランスのとれた舵取りが行われているようにみえる。

旧政権との違い見えぬ防衛政策

 だが、ことはそれほど単純ではない。肝心の防衛政策に、自公旧政権との違いがほとんど見られないのである。自衛隊の海外派遣や米軍再編の問題点を糾弾してきた野党時代の主張は、もはや昔話でしかない。
 米軍再編の要である普天間基地の移設問題。北沢防衛相は大臣就任の会見で早速、旧政権下で決めたキャンプ・シュワブ沿岸部への移設を踏襲する方針を示した。また民主党として法案成立に反対し、海上保安庁の活用が筋としたソマリア沖の海賊対処は「成果を挙げている」と海上自衛隊の派遣続行を表明した。
 官僚組織の内局が「民主党には受けるはず」と見越して旧政権下で決めたミサイル防衛システムのうち、PAC3の追加配備も内局の思惑通り、踏襲した。
 極め付きは、10月に発生した護衛艦「くらま」と韓国のコンテナ船との衝突事故の際の大臣会見だろう。北沢防衛相は「海上保安庁の捜査に影響を与えてはいけない」としながらも、「くらま艦長からの電話」として「コンテナ船が向かってきた」と明かした。情報がなく、途方に暮れていた記者たちは一斉に本社への連絡に走った。
 
「あたご」衝突事故会見を教訓に

 この会見には伏線がある。昨年、イージス護衛艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故が発生した直後、当時の石破茂防衛相が「あたご」の前当直士官を大臣室に呼びつけ、聞き出した内容を自民党の国防三部会で2日間にわたって報告した。この内容がいい加減だったことから、国会は大混乱した。
 このときの教訓から、内局は北沢防衛相に「捜査は海上保安庁に任せること。しかし、報道陣には情報提供も必要だ」と伝えた。初めて大事故に遭遇し、手腕が問われた北沢氏の会見は過不足のない鮮やかな内容となった。
 政務三役が「政治主導」を強く意識しているのは間違いない。政治主導に必要な事実について、理解しようと官僚の話に耳を傾ければ「官僚主導」のワナにはまる。かといって話を聞かなければ、乏しい知識で何ができるというのか。安全保障問題は「負のスパイラル」に陥っている。

(東京新聞編集委員)

(機関紙ジャーナリスト 2009年11月25日号)

 

 

 

 


政権交代で政治取材はどう変わったのか?
記者も政権交代、混乱の中での拡大均衡

地方から応援、記者クラブも変化

倉重篤郎

 
 


 政党による政権交代は、政治記者の政権交代にもつながる。
 今から16年前、細川非自民連立政権ができた時を思い出す。自民党が野党に転落したのと同時に、これまで肩で風を切って永田町を歩いていた自民党派閥担当記者たちがそのまま野党クラブ担当となり、どちらかというとあまり活躍の場のなかった野党担当の記者たちが官邸クラブ入りした。
 政治家と記者の関係は一朝一夕では築けない。であるならば、その政治家と少しでも親しい記者が担当した方が取材組織としてはベターだ、という判断からの人事である。「これぞ政治記者版の政権交代」と我々は悲喜こもごも言い合ったものだ。長い時間をかけて派閥領袖に食い込んできたやり手記者たちの存在感が薄れ、永田町取材経験の比較的浅かった記者たちが権力の府からの発信で一転スポットライトを浴びる、というポジション交代劇。私自身も派閥担当記者の一人として、権力の座から転落した政党、政治家が取材対象としていかに価値を失うか、を実感した。
 さて、今回も似たようなことが起きている。それも、よりドラスティックに進行中だ。民主党担当の記者たちが揃って首相官邸クラブ入りして、それでも足りない取材要員は、過去の同党担当経験者を中心にリクルートされている。
 各社とも、同クラブの記者を大幅増員、一方で、野党となった自民党担当記者は最盛期の半分から3分の1に切り込まれている。


「政治主導」「脱官僚」で取材も変化

 さて、こういった二度目の入れ替え劇体験とは別に、政治主導、脱官僚とうたった民主党政権誕生ゆえの取材環境の変化も生まれている。
 いくつか簡単に紹介しよう。第一に、政策取材の対象が文字通り脱官僚、政治家主導に切り替わりつつある。我が前線記者たちが日々追っかけているのが、大臣、副大臣、政務官の各省政務三役である。政策の決定、発信権限が官僚からこの政務三役にシフトしたためだ。事務次官会議の廃止、官僚による記者会見・国会答弁の規制といった一連の措置がきいている。これまで役所の記者クラブで役人の会見やブリーフを聞いたり、役所の担当部署を歩いてネタ取りしていた取材が、大きく変わった。
 第二に、取材の場である記者クラブも様変わりし始めた。情報開示を看板にする新政権が、大臣会見の場を従来のクラブ加盟記者だけでなく、ネットメディアやフリーの記者にも開放し始めたからである。開放度は役所によって異なるが、外務省が「原則すべてのメディアに開放」と最も先進的。金融庁は閣議後会見については、クラブ加盟の記者団とは別に雑誌記者、フリージャーナリスト向けに二段重ねで対応している。いずれも、岡田克也外相、亀井静香金融担当相という担当大臣のカラーが強く出た形になっている。
 第三に、地方支局記者の中央への大量動員である。政治記者は、新政権が日々精力的に打ち出す新政策をカバーするだけでなく、小沢一郎幹事長を中心にした与党動向、国会、選挙取材もしなければならないが、とても現行要員だけでは人が回らない。そのための記者の中央集中配置である。
 
政治報道の真価が問われる時

 いずれも取材する側にとっては大きな負担だし、政治主導を建前にした官僚の取材拒否といった悪のりもみられるが、総じて政治報道活性化への一里塚と評価したい。
 国民が選挙によって信任した政治家、その政治家が選んだ首相とその首相が任命した内閣政務三役という「信任の連鎖」。その正統性に裏付けられた政策決定過程こそ、本来の取材対象になるべきである、と思うからだ。試行錯誤はいろいろあろう。だが、政治報道にとって真価を問われる時がきていると強く感じる。

(毎日新聞論説室 )

(機関紙ジャーナリスト 2009年11月25日号)

 

 

 

 


新政権の歴史的意義を問う

対米政策の転換こそ マスコミ九条の会主催 野党討論会

桂 敬一

 
 


 マスコミ九条の会が主催した野党討論会「国民はどのような新政権を求めているか」は、麻生首相が都議選敗北で万策尽きた果て、7月21日解散・8月30日選挙、を予告したぐちゃぐちゃな状況の7月30日、東京・内幸町の日本記者クラブ・ホールで開催された。

憲法を活かした政権の出現こそ必要

 「55年体制が初めて変わる政権交代それ自体が画期的なのではない。それによって従来の対米政策が変わることが世界史的変化なのだ。そう思うとき、民主党の日米同盟対策におけるインド洋給油、在日米軍再編・普天間基地移転、地位協定の3点セット見直し方針がぐらついているのが解せない。当初どおり、憲法を活かす政権のあり方を目指すべきだ」。 また、従来型の輸出依存の産業構造を根本から変えねば、この世界同時不況は抜け出せない。政治のあり方を根底から変え、憲法を活かした中心理念が提示できる政権の出現こそ必要だ」。
 野党3党のプレゼンテーションに対する、討論者の前田哲男さん、辻井喬さんの忌憚ないコメントを聞き、各党代表はより踏み込んだ自分の意見を討論の場で開陳、議論は熱気を帯びた。

近隣諸国に対する安全保障対策は信頼こそカギ

 民主党の藤田幸久参院議員は、近隣諸国に対する安全保障対策は信頼こそカギであり、武器は信義をおいてほかにない、と述べ、日本が東アジアにそうした信頼関係を築けば、それが一番アメリカのためにもなる、と語った。在日米軍再編は日本を守るためのものでなく、アメリカが外に出ていく必要上のものだ、とする認識も示した。
 アメリカの軍事・経済両面の世界一極支配は終わりつつあり、オバマ大統領は進んでそうしようとしている、と語ったのは共産党の仁比聡平参院議員。日本はこのようなアメリカの変化をアジアで促すべきだ。核廃絶ではオバマ支持を明確にし、産業政策面では、大企業中心の政治から抜け出すことを目指す、とも同議員は抱負を述べた。
民 主党との連立政権への意欲を明らかにした又市征治社会民主党参院議員は、内需中心の経済、雇用重視、生活再建(社会保障立て直し)、憲法理念の実現の4原則合意が連立の条件だ、と述べ、安全保障政策に関しては、インド洋給油継続、非核3原則見直し―2原則への切り替えなどをやったら、政治が変わるとはいえない、と断じた。
 メディアはみな、今度は歴史的転換期に臨む総選挙だともてはやす。だが、その意味を示し得ていない。新政権の担うべき歴史的意義を解明しようとしたこの討論会の意図は、ある程度果たせたのではないだろうか。

(マスコミ九条の会呼びかけ人)

(機関紙ジャーナリスト 2009年8月25日号)

 

 

 

 


国民はどのような新政権を望むのか

マスコミ九条の会が“野党”に問う

 
 


 政権交代が言われるが、国民はどのような新政権を求めているのか。――マスコミ九条の会の公開討論会が7月30日、日本記者クラブ10階ホールで開かれた。

実現する9条を世界に訴えていくべき

 民主党から拉致対策特別委員会委員長の藤田幸久氏、日本共産党から仁比聡平氏、社民党から副党首の又市征治氏の3人の参議院議員が出席。討論者として軍事問題研究家の前田哲男氏、作家の辻井喬氏が加わり、マスコミ九条の会呼びかけ人の一人である元東大教授の桂敬一氏をコーディネーターに討論した。
 野党3党とも経済問題では、政権与党の政策を批判し、「奪われた年金・税金」(藤田氏)として政策転換を主張した
 前田哲男氏は、55年体制が55年目に終わろうとしているとし、政権交代を機に、実現する9条を世界に訴えていくべきとした。
 辻井氏は価値観が多様になっているのに、二大政党では意見を集約できないとし、5大政党ぐらいが適当とした。参加者は140人で、マスコミでも報じられた。(JCJ機関紙部)

(機関紙ジャーナリスト 2009年8月25日号)

 

 

 

 


<沖縄密約文書公開請求訴訟>

国家のウソと、どう向き合うか

柴田 鉄治

 
 


 私はいま、「沖縄密約文書公開請求訴訟」の原告の一人に名を連ねている。一つは国民の一人として「私たちの政府が国民に平気でウソをつく政府であってほしくない」という思いと、もう一つは、ジャーナリストの一人として「政府のウソを正すのは本来ジャーナリズムの仕事であるはず」という思いからだ。

 この訴訟の対象である「政府のウソ」、すなわち沖縄返還のカネにからむ密約の存在をジャーナリズムが正すチャンスが実は37年前にもあったのだ。ところが、当時のメディアは、毎日新聞の西山太吉記者と外務省の女性事務官が国家公務員法違反で逮捕されたことに幻惑され、密約の追及をおろそかにした。

裁判長が国側に説明を求める

 毎日新聞がせっかくの大スクープを一面トップで報じなかったというミスはあったにせよ、入手経路と内容とは本来別のもので、「密約なんて存在しない」という政府のウソを放置しておくべきではなかったのだ。あれから30年余がすぎ、米国の公文書館から密約の文書が見つかり、また、交渉にあたった当時の外務省アメリカ局長からも「密約があった」という証言が出ているのに、政府はいまだに認めようとしないのである。

 今回の情報公開訴訟は、こうした政府のウソを正すのに司法の力も借りようというものだが、6月16日に開かれた第1回口頭弁論で、東京地裁の杉原則彦裁判長が被告の国側に厳しい訴訟指揮を見せた。「密約が存在しないというのであれば、米国の公文書をどう理解すべきなのか。また、当初はあってその後破棄されたのなら、その経緯を説明してほしい」と国側に求め、原告側にも元外務省アメリカ局長を証人に呼ぶよう促したのだ。

 これでただちに勝訴を期待するのは甘すぎるだろうが、政府のウソを正す司法判断に期待しつつ今後の展開を見守りたい。

密約報道、最近も相次ぐ

 ところで、密約といえば、もう一つ「核兵器の持ち込み」に関する密約が、このところ相次いで報道されている。まず共同通信が5月に「核持ち込みの密約文書を歴代外務次官が管理していた」と報じ、次いで、80年代後半に次官を務めた村田良平氏がその事実を認め、「前任者から事務用紙1枚による引き継ぎを受け、当時の外相に説明した」と語ったことが朝日新聞などに報じられた。

 さらに今月8日、毎日新聞が「大河原良雄・元駐米大使が、74年のフォード大統領の来日に合わせ、当時の田中角栄政権が核艦船の寄港を公式に認めようと検討したことがあったと証言した」と報じ、10日には朝日新聞が「核持ち込みの密約文書を01年ごろ、情報公開法の施行を前にすべて破棄するよう指示したと、複数の政府高官、外務省幹部が匿名を条件に証言した」と報じた。

 核持ち込みに関する密約も、米国の公文書や米側の証言などによってすでに明らかになっているのに、政府はいまだに認めようとしないものだ。この「政府のウソ」を正すこともメディアの大事な役割だが、この点に関しては注意する必要があるような気がする。政府関係者の証言が相次いでいるのは、「この際、密約の存在を明るみに出して、日本の『非核三原則』を修正してしまおう」という狙いがあるのではないか、と疑われるからだ。

 政府のウソを正したあと、国民を騙してきた責任を厳しく問うと同時に、これまで密かに非核三原則を破ってきていたのなら、これからはしっかり三原則を守らせるよう監視していくことこそがメディアにとって何よりも大事である。

(JCJ代表委員)

(機関紙ジャーナリスト 2009年7月25日号)

 

 

 

 


<核廃絶は人類の安全保障>

ノーベル平和賞受賞者ら
「ヒロシマ・ナガサキ宣言」発表

太田武男

 
 


 オバマ米大統領の『プラハ演説』(4月5日「核兵器のない世界へ」)を、「初めての核軍縮、(核兵器)廃絶に向けた現実的な前進の機会」ととらえ、ノーベル平和賞を受けた世界の17氏が5月17日、被爆地広島の中国新聞を通じて「ノーベル平和賞受賞者ヒロシマ・ナガサキ宣言」を発表した。来年のNPT再検討会議を前に、各国指導者と市民に「決意を持って目標を追求すること」「自国指導者に強く働きかけること」を呼びかけている。  
 宣言は、核兵器廃絶が人間の本質的な要求、人類的課題であるとの視点から次のように訴えている。

「九条世界会議」参加のマグワイアさんらが呼びかけ

「三度目の核兵器による悪夢」が避けられているのは、「被爆者たちの強い決意」を第一歩として、それを支持してきた数百万の人びとがいること、そして「核の使用を自制してきた現実」があると指摘。「人間には、より健全で崇高な資質、暴力を排し生命を守ろうとする本能が備わっていることを示唆している」とする。
 核兵器を「無差別、不道徳、違法な兵器」と断じ、「核兵器廃絶は安全な地球を築くために必要不可欠」だと訴えている。
 宣言の起案者であるメイリード・マグアイアさん(北アイルランド)は、「憲法9条を世界に広げよう」と昨年5月に開かれた市民集会「九条世界会議」の招きで来日、同ヒロシマ集会(5日)にも参加し中国新聞の取材を受けた。その際、核兵器廃絶と平和情報を日英2カ国語で世界に発信する同新聞のウエブサイト「ヒロシマ平和メディアセンター」(HPMC・田城明センター長)を知った。
 自ら宣言文を起草、電子メールで世界の平和賞受賞者に呼びかけ、金大中(キム・デジュン)氏ら17氏が賛同、「原爆の惨禍を直接知る中国新聞」とHPMCのサイトを通じて発表した。
広島は憲法9条の「思想的原点」

 被爆地・広島は、憲法9条のいわば思想的原点の地。もはや「人類と核兵器・戦争は共存できない」という認識が、国連憲章の内容を深化、飛躍させた「戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認」の日本国憲法第9条につながった。
「九条原点の地」から発せられたこの宣言は、核兵器廃絶と共に「戦争のない世界」を今日的課題とした訴えでもある。
田城明・HPMCセンター長の話=「人類の安全保障」との立場に立って、世界の人々が結束すれば「核兵器廃絶は可能だ」と訴えた宣言の意義は大きい。広島のメディアとして期待に応える報道に力を尽くしたい。

(広島支部)

(機関紙ジャーナリスト 2009年6月25日号)

 

 

 

 


国民の不安煽ったメディア 「北」のミサイル発射騒ぎ

無批判、強硬論に終始
「有事」予行演習の片棒かつぐ

 
 


交渉・協議への提起もなく

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の「ミサイル」発射騒ぎは、国連安保理の議長声明で決着したが、北朝鮮は核開発の再開など再び強硬姿勢に転じた。東アジアの不安定要因は深まった感があるが、この責任は北朝鮮だけでなく、危機を煽った日本政府と、それに無批判だった日本のメディアにもある。日本政府の対応は、まさに「国防ではなく国民へのプロパガンダ」(山口二郎北大教授、東京新聞4月12日)となり、メディアは完全に利用された。(M)

破壊命令は妥当か

 まず問題なのは、政府が安全保障会議を開き、「ミサイルであろうと衛星であろうと上空を通るのは危険」という態度を取ったこと。北朝鮮は今回「衛星」と表明して危険水域を指定するなど、国際条約に基づく行動をした。だが、日本は領空ではない高度数百キロを飛ぶ物体に軍事対応し、壊れて落ちてくると破片が危険、と大々的にミサイルを出動させた。

  ミサイルは弾道を描くので撃ち落とすことができるのだが、壊れて落下するものを撃ち落とすことは想定されておらず、そもそも不可能。危険防止を考えていないキャンペーンに過ぎなかった。  しかもシビリアンコントロールどころか、発射権限を現場に委ねた。実際に「誤探知」があって取り消したが、「誤り」の内容と対応によっては、戦争を招きかねない。

オバマ演説かすむ

 一方メディアは、最初から発射物はミサイルだと決めつけ、政府の「危険は少ない」という発表を紹介しながら、新聞も放送もトップ扱いで、全く無批判に自衛隊の展開や準備を報道した。特に「EMネット]と呼ぶ緊急情報システムを活用、自治体に危機管理情報が伝えられた。さながら有事対応の中央統制の予行演習だが、これにも批判はなかった。「核搭載想定の実験?」(産経)「北の技術 脅威増す」(読売)などの記事は、結果的に国民の不安を煽ったに過ぎなかった。

  その結果、重要なニュースが隠れたことも見逃せない。オバマ米大統領は発射当日の5日、プラハで演説、核使用の道義的責任を認め、核廃絶を訴えたが、7時のNHKニュースは北朝鮮非難の部分だけを伝え、核廃絶提案は後回しにした。

  さらに問題なのは、自民党で敵基地攻撃論や核武装論が公然と語られたこと。技術的意味も費用対効果も疑われるのに、ミサイル防衛を推進する勢力が力を得ているが、これにもメディアの無批判が目立つ。  「過剰報道」との意見に各社編集幹部は「その指摘は当たらない」などと答えた(「東京」4月8日)が、世論誘導の効果は上がり、NHK調査では「対応を評価する」との意見も多かった。

交渉の環境を創れ

日本は国連決議を求めたが、安保理は議長声明で収拾した。だが日本のメディアは、「ミサイル防衛は必要」「北朝鮮は脅威」という危機ムードを煽る一方で、この局面をどうするか、対北朝鮮外交については、論理立った批判も提起もなかったのではないか。外国の新聞の「制裁より交渉」という主張とは対照的で、強硬論を後押しした。

  その結果、交渉は米中に委ねられ、日本は既に無視され始めた。  今回、国民の中に北朝鮮についての不安が生まれるのも、きちんとした直接対話のルートを持たないためだ。  国連も6カ国協議も重要なルートであり、体制が違う隣国であることを考えると、交渉ができないことほど異常で危険なことはない。  拉致問題も交渉して初めて解決できることで、「力」で解決できることではない。外交交渉の環境を創っていくことも、メディアの責任である。

(機関紙ジャーナリスト 2009年4月25日号)

 

 

 

 


<なぜ すぐ自衛艦 ソマリア>

海保の国際的取組み黙殺

梅田正己

 
 


 海賊対策のためとして、護衛艦2隻が「給油海域」のインド洋を越えソマリア沖へ出航した。
 しかし海賊取締りは戦争ではない。戦争ではないのに、なぜすぐ「軍艦」出動となるのか。この疑問をマスコミも素通りしたまま事態は突き進む。

海賊対策は海保の役割

 海賊の取締りは、本来海上保安庁の仕事だ。だから海上保安庁の巡視船も武器を装備し、ヘリコプターも搭載している。
 そして実際、そのための訓練も行われてきた。同庁のホームページを見ると、今年1月の「海保ニュース」bXに、「官民連携による海賊対策訓練の実施」として、次のような記事がある。
 「(昨年)11月17日及び12月12日の両月、東南アジア公海上において、東南アジアへ派遣中の巡視船「しきしま」と日本関係船舶及び関係者により海賊対策訓練を実施しました。
 同訓練には、日本関係船舶が海賊船から追跡・接近等を受けた場合を想定した実働訓練を実施し、同船へ海上保安官を移乗させ安全確認を行う訓練……等を実施しました」
 こうした共同訓練は以後も継続して行なわれている。2月20日付の朝日には同社の松井健記者による訓練光景の写真と記事が掲載された。
 「フィリピンのマニラ湾で19日、日本の海上保安庁とフィリピン沿岸警備隊が海賊対策の連携訓練をした。海賊に襲われた日本の商船をフィリピン沿岸警備隊の特殊部隊が制圧するシナリオ。マニラに派遣された第11管区海上保安本部の巡視船乗組員がフィリピンの隊員に臨検などの方法を指導した」

海保の国際貢献の実績

 海保の巡視船の船腹には、JAPAN COAST GUARDと書かれている。「日本沿岸警備隊」だ。しかし東南アジア海域まで出かけて他国との合同訓練を積んできた。
 『世界』3月号の前田哲男さんの寄稿「海賊対策にはソフト・パワーを」によると、IBM(国際海事局)の統計では、00年当時世界の過半数を占めた東南アジアの海賊発生件数(262件)は、08年にはインドネシア海域で28件と9割減、マラッカ海峡ではわずか2件に激減したという。
 そしてこのめざましい成功の基礎には日本のODAによる巡視船提供や共同訓練などがあったとして、前田さんはこう評価している。
 「日本は海上保安協力を通じ、海上警察の執行機関として重要な国際貢献を果たしてきた」
 日本の海上保安庁はこのような国際的実績をもつ。一方、海上自衛隊は海賊取締りの訓練などやってはこなかった。今回のソマリア沖にも海上犯罪対策の専門家である海上保安官が同行する。
 海賊対策は海上保安庁の仕事だ。にもかかわらずソマリア沖海賊問題に関しては、どうやって自衛艦を出すかだけが取り上げられてきた。海保が取り組んできた国際的な努力は今も黙殺されたままだ。
 冷戦後、自民党と自衛隊幹部を突き動かしてきたのは、何とかして自衛隊を海外に出したいという衝動だった。カンボジアからルワンダ、ゴラン高原、インド洋、イラクと、足取りを見れば、それは明らかだ。そして今回も、その衝動が海保の国際的取組みの実績をはじき飛ばし、護衛艦2隻を遠くアフリカ沖へと向かわせたのである。

(出版部会会員/著書『変貌する自衛隊と日米同盟』高文研他)

(機関紙ジャーナリスト 2009年3月25日号)

 

 

 

 


< 新 聞 >

「構造改革路線の罪」に注目

山田 明

 
 


 底無しの世界同時不況であり、連日のように企業の業績悪化・リストラ記事が紙面に満載である。トヨタの営業損益赤字は国内で過去最大の4500億円に拡大する。異例の3カ月で3度目の大幅下方修正だ。日産も1800億円の営業赤字で、国内外で2万人のグループ従業員を削減する。裾野の広い自動車産業凋落は「減産ドミノ」を拡大する。電機大手7社も赤字に転落し工場閉鎖が強行される。

 エコノミスト・水野和夫氏によると不況回復に5年はかかり、「雇用対策と生活の不安を取り除く安全網を構築して乗り切ろう」と訴える(1月30日付東京特報)。派遣など非正規労働者の雇用・貧困問題とともに、製造現場の「なし崩しワークシェアリング」による生活不安も見過ごせない。史上最高の費用をかけた大統領就任式の一方、米国内の貧困問題は深刻さを増すばかりだ。新政権発足にあたり「米国再生の挑戦が始まる」「米国再生へ問われる真価」といった社説が掲載されたが、なかでも注目を集めるのが「グリーン・ニューディール」である。環境投資により雇用創出、景気浮揚策を目指すもので、主要国も構想を打ち出している。チェンジを求める新政権に期待は大きいが、「変革イメージ」はや試練などと報道されている(2月5日付日経)。相次ぐ政府高官の納税漏れ、金融安定化策の行方やブレーンの顔ぶれ、外交・安全保障の分野での懸案など課題山積である。

 日本では試練どころか、政権末期の様相を強めている。内閣支持率は下げ止まらず2割を切り(朝日は14%)、5月解散困難と報じられる。国民の大多数が政策・実行力を疑問視し、定額給付金から消費税そして郵政発言へと、麻生首相の「迷走」も政権不信に拍車をかける。とくに郵政民営化に対する国会答弁は、「これほどの基本政策で言葉をもてあそぶかのような首相の態度は、国のリーダーとしての見識を疑わせる」(2月7日付朝日社説)ものだ。政治の貧困を嘆くだけでなく、変化にも目を向けたい。11日付読売の論点スペシャル「構造改革路線の罪」が注目される。小泉構造改革の旗振り役が「自戒の念」をこめて「貧困大国」日本の政策転換を求める。「09年チェンジ」に向けたメディア戦略に期待したい。 

(機関紙ジャーナリスト 2009年2月25日号)

 

 

 

 


< 出 版 >

知識人は群れて行動せよ!

荒屋敷 宏

 
 


 今月の総合誌は、「派遣切り」問題に緊急対応するため、東京・日比谷公園に500人を超える「村民」、1600人を超えるボランティアを集めた「年越し派遣村」をふまえた特集を組んだ。深夜のTV番組(2月12日放送)でコメディアンの志村けん氏が「派遣村か?」とギャグを飛ばすほど、「貧困」を可視化した「派遣村」の衝撃は大きい。

 『世界』(岩波書店)3月号の特集「雇用の底が抜ける―〈派遣切り〉と〈政治の貧困〉」をはじめ、『文藝春秋』3月号は「派遣村」村長の湯浅誠氏と、財界代表で伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏の対談「『派遣切り』企業だけが悪いのか」を掲載、同じ文藝春秋ながら『諸君!』3月号も特集「『派遣切り』に異見あり」、『中央公論』(中央公論新社)3月号は特集「大失業時代の闇」と題し、「徹底討論 聖域なき雇用危機―派遣村、明日はわが身か」で大企業擁護派と「派遣村」派が議論している。

 文芸誌『すばる』(集英社)も湯浅誠氏へのインタビュー「新しい連帯の形が貧困を救う」、雨宮処凛氏の「『弱い者がさらに弱い者をたたく』から脱却できるか」を掲載し、『経済』(新日本出版社)も首都圏青年ユニオン書記長の河添誠氏と社会哲学者の中西新太郎氏との対談「貧困化する若者とユニオンの力―『派遣切り』と立ち向かうために」を掲載している。派遣労働で一番もうけたはずのキヤノンやトヨタの代表が誌上の論議に参加していないのは残念である。「派遣労働者」本人が登場した雑誌もない。

 当事者の声を代弁する湯浅氏は、「問われているのは、政治の本気度」(『世界』)という。一方、『文藝春秋』で湯浅氏と対談した「財界一の論客」の丹羽氏は、湯浅氏の意見にかなり同意しながらも、派遣労働者にも責任があるとする「自助努力論」を崩さない。河添氏が「企業経営者には派遣労働者を雇用している感覚がなく、生身の人間に起こっている事態をまったく見ようとしません」(『経済』)と指摘するように、丹羽氏や大企業の側には、労働者の置かれている現状への認識が、まったくといっていいほど欠落している。その意味で、湯浅氏が「貧困」の問題にどう接近してきたかを示す『すばる』のインタビューは興味深い。

 湯浅氏は「労働者だけでなく、学者や知識人がもっと群れて行動していかなければいけないと思います。…論壇のメッセージ力が落ちているのは成果主義になっているからだと思います」(『すばる』)という。この言葉をかみしめたい。 

(機関紙ジャーナリスト 2009年2月25日号)

 

 

 

 


緊 急 発 言>

いすゞ途中解雇 裁判闘う当事者に聞く 

 
 


 昨年11月、いすゞ自動車は期間工、派遣社員1400人に12月26日で解雇すると予告した。契約期間の途中の解雇という違法な暴挙は社会の反発を招き大きく報道された。
 JMIU(全日本金属情報機器労働組合)いすゞ自動車支部が結成され、派遣先や派遣会社との団交、司法提訴と運動が広がっている。藤沢工場で働いて解雇された派遣社員の佐藤良則さんとJMIU神奈川地方本部執行委員長の鵜養孝さんに聞く。


―まず派遣労働者の佐藤良則さんから。工場ではどんな仕事を?
 トラックのエンジンの組み立てです。私のラインはエンジンとしては中間の工程でした。ラインは一人1分12秒の工程で流れています。その間にパーツの締め付け作業をする。日勤です。
 藤沢工場にきて最初の1年半はV6というエンジンの組み立てラインでした。一人で4工程から5工程で、ラインは6分で動いていました。こちらは日勤・夜勤の2交代です。
 慣れない作業だと大変です。夜勤の時、所要で社員の人と交代してもらったことがありますが、後から聞いたら、社員が2人で私一人分の作業をしていたそうです、
 社員の方とは普段から分け隔てなく話せ、職場の雰囲気は和気藹々でしたね。
 人数はぎりぎりでポカ休みがあるときつい。私は最低でも2週間前に休みの申告をしていました。始業の1時間前には出社して朝礼の前に段取りをした。 
 真面目に勤務していれば社員になれるのではと希望を持って働いていました。
―派遣会社に勤めたきっかけは?
 北海道の出身で調理師の資格があり、飲食関係の企業で働いていました。そこが廃業したので、警備会社に再就職したのですが、北海道では冬場に警備の仕事が無い。高木工業(派遣会社)の札幌営業所で面接を受けて、神奈川に来て海老名営業所で契約しました。
 毎朝、工場には高木工業をはじめ派遣会社の人がきます。でも挨拶をするだけです。
―解雇予告はどのように?
 11月27日に高木工業から文書がきました。来年3月までの契約なのに12月26日までは働いてくれ。29日には寮を出て行け、という内容です。
 小田急線の長後駅前で組合などがこの解雇を批判していたのを見て相談しました。私は最初に派遣で働いて、途中から期間工になり、また派遣に戻ったのです。職場にい続ければいずれ社員になれると思ったのですが、脱法行為の疑いもあるといいます。今、裁判を起こしています。
 団交の結果、1月31日までは寮にいられることになりました。
―支援の輪も広がりましたね。
 私たちの闘いを知って多くの人から現金や米などのカンパをもらいました。TVKやテレビ朝日、TBSからも長いインタビューを受け、外国メディアの取材も受けました。報道されて世論の関心が高まったのが支えになっていると思います。
―これまで組合は?
 全く関心がありませんでした。過去に勤めた企業にも、高木工業にも組合はあるのですが、組合員のために活動しているとは思えません。
 今度、JMIUをはじめ多くの労組に支援してもらって有難いと思っています。
 顔や名前を出して運動していると就職活動に支障があるだろうと、他の人はなかなか表に出られません。私は就職活動をしても、49歳という年齢から、電話で断られることも多い。開き直って闘っていこうと思っています。
―それでは続いて、JMIU神奈川地方本部執行委員長の鵜養孝さん、お願いします。
 いすゞ自動車での組合結成には先行する核がありました。いすゞが川崎の工場を閉鎖したとき、そこの労働者が栃木と藤沢に移った。栃木にいった本工労働者で未組織の組織化に取り組んでいた人がいた。偽装請負を摘発するなど運動の前史があって、12月3日のJMIUいすゞ自動車支部の結成につながっていったのです。
 震源はトヨタが3千人を切ると発表したことでしょう。自動車業界で期間工・派遣切りを始めた。中でも悪質なのがいすゞの契約途中での契約解除です。
 労働契約法17条で、期間の定めのある労働者の解雇は、やむを得ない場合以外は出来ないと厳しく禁止されている。つい「社員の雇用を守るためにパートやバイトを先に切るのはしょうがない」と考えがちですが、期間途中での解雇は許されることではありません。
 世論から厳しい批判を受け、いすゞは解雇撤回とマスコミには発表しました。しかし期間工の労働者には、@労働契約の解約に応じた者には残りの期間の賃金の85%相当と満額慰労金を払う。A同意しない者は休業扱いとし、平均賃金の60%の休業手当と満額慰労金を払う。と提案してきました。派遣については全く無視。労働者を二重、三重に分断するものです。
―期間工・派遣切りの相談は多いのですか。
 ここ2、3年増えています。直接雇用の要求を出してその派遣労働者が切られたらという躊躇が当初はありました。
 90年代の小泉構造改革で規制緩和したが、セーフティーネットは強化どころか、逆にずたずたにされた。雇用保険も支給額、期間ともに減らされ、受給率は2割程度に低下しています。
 低コストのアジア諸国に対抗するためには規制緩和・雇用の流動化が必要というキャンペーンに私達も流された側面があった。
 とはいえ、ようやく今、誰の目にも派遣法の矛盾が明らかになり、世論も労働者保護法に変えようという機運が高まっています。

 取材=保坂義久

(2009年1月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


<JCJ 08年12月集会>

いま日本はどうなっているのか

渡辺治教授講演 

阿部 裕

 
 


オルタナティブを視野に入れ
現場力鍛え、対案提起

 なぜ自民党政権はガタガタになったのか? 政権交代を唱える民主党はどんな政党か? どうすれば政治は良くなるのか?――12月5日、東京・市ヶ谷の自動車会館で行ったJCJ「12・8集会」で、渡辺治一橋大学大学院教授は「いま日本はどうなっているのか」と題する講演で、縦横に弁舌を振るった。
 ―展望と課題は、九条の会、反貧困ネットなど改憲阻止と反構造改革の運動がさらに力をつけること。そして、ジャーナリズムが現場力を鍛え、オルタナティブを常に視野に入れた掘り下げる報道をすることだ、と。
 集会には、悪天候にかかわらず100人を超える参加者が熱心に講演を聴き、「田母神前空幕長論文」問題など質問も多数出された。
 集会の冒頭、柴田鉄治JCJ代表委員が、67年前を振り返り、「いままたビラ配布やデモをしただけで逮捕される危ない社会になっている。再び戦争のためにペンを執らない、の決意を再確認したい」と挨拶した。
 渡辺教授は、小泉構造改革が従来の企業社会と自民党政治の基盤を切り崩し、貧困・格差・地方衰退など社会の破綻を顕在化させた歴史と構造を抉り出した。続く安倍・福田・麻生政権も迷走し、行き詰っている。
 保守2大政党制を担う民主党も小沢一郎党首の“無自覚な逸脱”により、反構造改革に舵を切った。しかし財界と米国の圧力と党内事情によって路線は揺れ動いている。

反貧困・反構造改革で
運動の合流・連帯を


 では、どうすれば政治は変わるのか? 安倍政権を頓挫させ、改憲の流れを変えた「九条の会」運動の広がり。派遣法見直し、後期高齢者医療制度への国民的怒りを巻き起こしつつある反貧困・反構造改革の運動が共鳴しあい、合流、連帯すること。これらの運動が能力を高め、既存の労働運動を変え、代案を提起する力持つことではないか。
 90年代以降、2大政党を重視し、新自由主義・構造改革に迎合してきたマスコミも、現実の貧困、破綻に目を向けざるを得なくなった。ジャーナリズムは死んでいない! 蟹工船ブーム・後期高齢者の実態に根ざして、「現場の力」を大事にしながら、さらにオルタナティブを展望する視野と能力を持つことが重要ではないか―。
 終了後の懇親会には、渡辺教授も加わり、入会申込をした新会員が自己紹介するなど今年を締めくくる集会にふさわしい盛り上がりを見せた。

 


<渡辺治氏講演要旨>
強い問題意識もった報道を

 相次ぐ政権の崩壊と動揺、金融恐慌を引き金とする世界同時不況の衝撃、悲惨な事件、格差・貧困報道、展望の見えない政権交代など、「いま日本はどうなっているのか」を考えると、@なぜ自民党政権はがたがたになったか? A麻生政権はどうしようとしているのか? B民主党はどんな政党か? C政権交代で日本はよくなるのか? どうすれば政治は変わるのか? D民主的ジャーナリストの役割という5点を検証しなければならない。
 06年の総選挙で大勝した小泉内閣が推し進めた構造改革は、リストラ、無保険者、労働者使い捨て、ワーキング・プアなど、現在の格差社会を生んだ。新自由主義は地方を疲弊させ、社会保障費を引き上げた。生活保護打ち切りによる餓死や自殺も顕在化している。かつて世界一といわれた日本の貯蓄率は著しく低下し、4分の1が貧困層といわれ、貯蓄大国は貧困大国となっている。
 そのため、地方の自民党離れが加速して民主党を押し上げ、民主党躍進という形で反構造改革が噴出した。「08年流行語大賞」に入選した「蟹工船」ブームが示唆するのは、搾取と暴力にさらされる日雇い労働者が声を挙げて立ち上がり、団結して闘う大切さである。反自民で団結すべきであると教えている。11月30日の東京・日比谷野外音楽堂での派遣労働者による集会に2800名が参加。全労連、連合、各党の幹部も党派を超えて連帯し、翌朝の朝日新聞は1面トップに掲載した。これは異例である。
 自民党内は、歳入増か、増税による福祉予算の確保か、財政出動と新漸進派で分かれている。改革急進派は中川、反対派は与謝野の各氏である。民主党については、まだ十分に研究されていない。福祉国家型政策か、従来型公共事業投資か、構造改革路線で行くのか、路線を定めることができないでいる。現在の政局の原因は、小選挙区制と社会党の崩壊が挙げられる。次の選挙で政権交代が実現するのか。共産党と民主党の進出いかんで政治展望は左右されるが、民主党中心の連合政権になるのではないか。今後進めなければならないのは、「九条の会」や反貧困の運動を強化した反改憲、反構造改革だ。首都圏青年ユニオン、連合、全労連との連携を強化した運動のバージョンアップが必要だ。
 90年代からマスコミの構造変化も起こっている。横並び報道から政党支持を明確に出すようになった。NHKによる非正規労働、格差・貧困などの自民党批判番組に始まり、日本テレビも「ネットカフェ難民」などの社会問題を旺盛に取り上げて注目された。これらは新しい芽といえよう。ジャーナリストは、代案を常に念頭に置き、より強い問題意識を持って深く掘り下げた報道をしてほしい。

(吉田悦子)

(2008年12月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


<横浜事件再審裁判>

日本近代史上最大の言論弾圧事件

国家権力のフレームアップ確定
 
第一次請求から22年の成果ー「拷問による自白」土台に 

梅田正己(横浜事件・再審裁判を支援する会事務局)

 
 


 横浜地裁は10月31日、横浜事件再審裁判の第4次請求に対する「再審開始」決定において、「実質無罪」の判定を下した。一方、第3次請求に対して地裁はすでに03年に「再審開始」を決定、その後再審公判が開かれ、今年3月の最高裁で「免訴」が確定している。ではその第3次と今回の第4次の「再審開始」決定はどう違うのか―。

 ◆虚構の犯罪と拷問

 アジア太平洋戦争中の1942年から45年にわたる横浜事件は「日本近代史上最大の言論弾圧事件」だったといえる。これにより『中央公論』『改造』という当時の言論界を代表する二大総合雑誌が廃刊となり、その編集者や寄稿者を含む60余名が検挙されてうち4名が獄死。さらに中央公論社、改造社という出版社自体もつぶされてしまったからだ。
 検挙はすべて治安維持法違反だったが、肝心の「犯罪事実」はどこにもなかった。唯一存在したのは、国際政治学者の細川嘉六が『改造』42年8、9月号に寄稿した論文「世界史の動向と日本」だけである。

 アジア諸民族の民族自決への支援を訴えたこの論文を「共産主義宣伝の論文」として発禁処分とした特高警察は、さらに同年7月、細川が自著の印税収入で親しい編集者らを郷里の富山県泊に招いて行った慰労会を「共産党再建準備会」と決め付け、参加者とその交友関係者を次々に検挙していった。
 徹底した弾圧により思想的廃墟と化していた戦時下の日本で、共産党再建などは夢にも考えられない。しかし神奈川県特高は、フィクションを自白によって実証≠キるために、検挙した人々に対し横浜市内の各警察署で激しい拷問を加えた(ここから「横浜事件」という呼び名が生まれる)。 こうして、凄惨な拷問による自白の連鎖が横浜事件の特徴となった。

 ◆記録がない≠フ壁

 戦後間もなく、検挙・拷問の被害者33名はそれぞれの被害状況を口述書にまとめ特高警察官を告発した。その結果、52年、最高裁判決で3名の特高警察官が特別公務員暴行凌虐罪で有罪となった。
 時をへて86年、国家秘密法案が国会に提出され、治安維持法の時代再来が危惧される中、横浜事件の被害者・遺族9名が、横浜地裁に再審を請求した。再審請求には「新証拠」が必要とされる。その「新証拠」が先述の52年の最高裁判決だった。終戦直後の判決で有罪の証拠とされているのは各人の「自白」だが、拷問の事実が確証されたことで自白の真実性は崩壊した、と主張したのである。
 しかしこの再審請求に対し地裁判決は、「一件記録の不存在」を理由に棄却、91年の最高裁棄却で第1次は終わった。

◆第3次で振り出しに

記録がない≠フ門前払いの壁を突破するために請求人や弁護団が考えたのが、予審終結決定と判決書がそろって残っている『改造』編集部員だった故・小野康人氏の遺族(夫人と遺児)に請求人を引き受けてもらうという道だった。これにより再審の門が開かれれば、他の事件被害者も後に続くことができるはずだ。
 こうして94年、第2次再審請求が始まったが、これもまた裁判所の一方的臆断によって2000年7月、最高裁による棄却で終わった。

 この間、98年には、被害者の木村亨氏を中心に第3次再審請求が提起されていた。申し立ての理由は、ポツダム宣言の受諾で失効した治安維持法による裁判は無効という主張である。  この主張を受け入れ横浜地裁は03年4月、「再審開始」を決定。つづく東京高裁も05年3月、再審開始を決定した。ただし、ポツダム宣言による失効説は問題にならないと一蹴し、それよりも併せて提出されていた「拷問」の事実こそが再審開始の根拠となる、と判定した。

 拷問による自白は、第1次の新証拠である。つまり再審裁判は18年をへて振り出しに戻ったことになる。しかしこの時、被害者たちの姿はもはやこの世になかった。 

◆ 「免訴」 判決の欺瞞

 こうして再審は開始されたものの、ポツダム宣言による治安維持法失効説は重要な問題を含んでいた。法解釈だけで事件の再審理はしないまま、免訴(判決はなかったことにする!)に終わる恐れがあったからである。はたして、開始された再審裁判では事件の中身には一歩も踏み込むことなく今年3月の最高裁で「免訴」に終わった。やっつけ裁判で下された有罪判決は打ち消されないまま残ったのである。 

◆ 「実質無罪」 を求めて

 この間、02年3月、再び小野康人氏の遺族により第4次請求を行った。新証拠として提出したのは小野氏の予審終結決定書と細川論文である。これにより事件の核心部分の泊会議と細川論文の虚構を証明し、横浜事件の構図全体を突き崩すことによって「無罪」を勝ち取ることを目標に定めたのである。

 ところが途中、先行する第3次に対し「免訴」の判決があり、やがてそれは最高裁で確定した。第4次に対しても「再審開始」となることは当然予想される。また最高裁判決がある以上、結論が「免訴」となることももはや避けられない。
 であるなら、最初の地裁における「再審開始」の決定に勝負をかけるほかに道はない。そこで弁護団は裁判所に対し、事件の内容に立ち入って審理を行い、その上で「決定」が下されるよう、幾度も要請した。
 そしてついに大島隆明裁判長により「実質無罪」を示す「再審開始」決定が下されたのである。 

◆事件の虚構を解明 

 その新証拠として取り上げられたのは、予審終結決定や細川論文の鑑定書ではなく、第3次での高裁決定と同じ「拷問による自白」だった。しかしその結論は単に「自白」だけでなく、それを土台にして、これまでに提出された証拠類を精査して導き出されたものである。
 そのことは、特高告発の口述書をはじめ、小野貞さんほか被害者たちの著作や供述、第1次の際に作成した請求人9人の証言ビデオ、泊での写真などの「証拠は、小野に対して無罪を言い渡すべき、新たに発見した明確な証拠であるということができる」と言い切っていることからもわかる。

 こうして「日本近代史上最大の言論弾圧事件」は、国家権力によってでっち上げられた虚構=フレームアップだったことが裁判において確定した。22年を費やして得られた成果として、注目されることを願ってやまない。


■ 裁判所自らの責任を指摘 ■

横浜事件の第4次再審請求弁護団長 大川隆司

@横浜事件は、一般に「戦時下最大の言論弾圧事件」と呼ばれる。刑事弾圧を契機として、1944年7月に、中央公論社と改造社が解散に追い込まれた事実が、このような歴史的評価を裏付けている。

Aその外形だけを見れば、「悪い奴ら」は特高警察や思想検事だという評価は誰しもが持つ。しかし、だからといって、冤罪事件にクロの判決を下した裁判所の責任が放置されてよいわけはない。とくに、確認されている33件の判決のうち日本が降伏(45・8・15)した後の判決が25件あり、そのすべてが有罪判決であること、そして事件記録がすべて消滅していることは、一方で特高を応援しつつ、他方自らの保身のために、「進駐軍」に押収される前にその証拠・形跡の隠滅をはかろうという裁判所の姿勢をよく示している。

B再審請求の目的は、有罪判決によって毀損された元被告人の「名誉を回復する」ということに尽きるものではない。権力機関である裁判所自身に対し、かつての有罪判決がまちがったことを認め、その原因がどこにあったかの解明を要求することにこそ、重大な意義がある。それは、現在および将来にわたって法と向きあう今日の裁判所の姿勢を占うものであるからだ。

Cこの目的が第4次再審請求に対する横浜地裁(大島隆明裁判長)の本年10月31日付再審開始決定によって初めて達成された。同決定は、まず、1945年の判決が小野康人氏と相川博氏の「自白」のみを有罪の証拠としており、その自白は特高警察官の拷問によって得られた「信用性に顕著な疑い」があるものであることを指摘した。この点は第3次再審における東京高裁の中川決定(05年3月10日)と同じである。しかし大島決定はそこに止まらなかった。

D1942年7月4、5日に細川嘉六氏を囲んで小野氏や相川氏などの編集者ら7人が富山県泊町(現朝日町)で宴会を開いた時の有名な記念写真や故・小野貞さんが保存していたスナップ写真を見て、裁判所は「外形的行動は行楽や酒食のもてなし」であると指摘し、「予審段階で、なぜ参加者の自白が重視され、このような客観的な行動状況が軽視されたのか理由は判然としない。」と判示した。

Eまた、小野康人氏らが、公判廷において捜査段階での自白を撤回しようとしたにもかかわらず、裁判所が十分な審理をしないまま即日判決を下したことについて、「拙速と言われてもやむを得ないようなずさんな事件処理がされたことがうかがわれる」と指摘した。
 特高や思想検事だけの責任に帰するのではなく、裁判所(予審および公判)が公正な審理をすれば回避しえた有罪判決として、原判決を見直すべきものとした開始決定の意義は、日本の裁判所が西ドイツと違って一度も「戦争責任の総括」をしたことがない、という状況の中で貴重なものがある。

F今回の開始決定は、第1次再審請求以来の積み重ねの中で獲得できたものと思う。大島決定は、横浜事件の記録が「連合国との関係において不都合な事実を隠蔽しようとする意図で廃棄した可能性が高い」ことを指摘し、従って、記録の不存在によって「請求人らに不利益にならないよう」努めることが裁判の責務である、とした。
 実はここでいう「裁判所が記録を廃棄した可能性」は、第1次再審に対する横浜地裁の決定の中で指摘されていたことだった。

Gそして第3次、第4次では、特高の拷問を告発する元被告の「口述書」などが有罪をつき崩す新証拠としての評価を受けることになった。従って今回の成果は、22年間にわたって粘り強く再審請求を継続してきたことによって獲得できたものであると確信する。

(2008年11月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


緊 急 発 言>

サブプライム問題どう対処 
公的資金注入だけではダメ 内需拡大・福祉充実が必要

経済学者 相沢 幸悦さん

 
 


 米国のサブプライムローン破綻に端を発した金融危機が、世界的に広がっている。10月10日にワシントンで開かれた日米欧7カ国(G7)財務省・中央銀行総裁会議で安定化への行動計画を採択し、協調して対策に取り組んでいるが、金融危機を乗り切っても、その後に世界は深刻な不況に陥るとの見方もある。日本はどうすればよいのか。今春、『カジノ資本主義―サブプライムローン危機が教えるもの』(新日本出版社)を上梓した相沢幸悦埼玉大学経済学部教授にうかがった。(聞き手=石埼一二代表委員)

金融工学でリスクが不明瞭に

石埼 今回のサブプライム危機は1990年代後半の日本の不良債権問題との類似性が指摘されています。米国など主要国の公的資金の投入で安定化できるのでしょうか?

相沢 今回の危機の全貌はまだ誰にもわからないのです。全世界にばらまかれたサブプライム関連の証券は1000兆円以上で、損失は数百兆円に達するかもしれません。
 米国政府が議会を通した「金融救済法案」は75兆円規模で、これでは不十分です。日本の不良債権問題はいま思えば比較的簡単でした。銀行の不良債権がどれぐらいあるかは予想できた。当初、大蔵省は責任問題になるので過小に出してきた。私は95年段階で、「銀行が償却できるレベルではなく、公的資金を入れるべきだ」と主張しました。世論の抵抗はありましたが、拓銀と山一証券の破綻で社会の論調が変った。最終的に公的資金81兆円という枠が国会で成立した。
 今回の危機では不良債権が証券化されて、世界中に売られた金融商品にどれだけサブプライムローン関連の債券が入っているのか把握できない。
 世界の債権発行額が7千兆円、その半分が不動産関連として3500兆円。それに債券や銀行融資の信用保証が6500兆円あるといわれます。
 これは不良債権を買い取るだけでなく資本注入とセットでなければ効果がない。さらにその元となっている住宅市場価格の下落を食い止める必要がある。これは難しい。この三つが抜本策です。
 もう一つ、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)やそれを組み込んだ債務担保証券(CDO)といったデリバティブ(金融派生商品)が開発され売られました。CDSの総額は6500兆円といわれ、CDOは推定不可能です。金融工学でこれらを組み合わせたので、リスクが不明瞭になってしまった。

日本の不動産バブルの失敗に学ばなかったアメリカ

石埼 米国の金融機関は高度の金融工学を駆使して、金融商品を開発しているといわれてきましたが?

相沢 過去のデフォルト(債務不履行)確率をもとに金融商品を組み合わせて別の金融商品を開発するものです。しかし実際にはさまざまな条件で確率が変化する。それを考慮に入れていないために破綻したのです。

石埼 米国政府は何故、バブルを放置したのですか?

相沢 日本の不動産バブルの失敗に学ばなかったのです。87年、FRB(米連邦準備理事会)とドイツ連銀が利上げした時に、日銀は利上げせず、過剰流動性が生じてバブルを生んだとされます。アメリカもネットバブルが起きる時、利上げのタイミングが遅かった。
 ネットバブルがはじけた時は、日本がバブルをつぶしすぎた経験に学んで、すぐに利上げに転じましたが、政策的に住宅バブルを作った。
 アメリカは株主資本主義ですから短期の利益しかみない。仮に目先にとらわれず賢明な経営者がいて、これではバブルだからいずれ破綻すると言って行動したら、儲ける機会を逃したとすぐにクビになるでしょう。

石埼 証券・金融会社のトップが政府高官になるなど癒着もある?

相沢 あるでしょうね。格付け会社も犯罪的です。FBI(連邦捜査局)が動いて経済犯罪になるケースもあるかもしれません。

石埼 国際間取引も規制がないですね。

相沢 顕著な例はヘッジファンド(為替や金融商品を対象とする大規模投資集団)です。ドイツなどは規制があるがアメリカはほとんど規制をしない。

好景気で消費が増えるほどドルが危うくなる矛盾

石埼 日本はサブプライム関連の債権は少ないといわれていますが。

相沢 ヨーロッパほどではないが、ある程度はあるとみたほうがいい。リーマンのサムライ債はずいぶん地銀が買っている。CDOも少なくないと思います。  ただサブプライム危機は、アメリカが2、300兆円だして抜本的対策をすれば終わります。

石埼 アメリカ国債は誰が買うのですか。

相沢 アメリカは資本注入を日本にやらせる可能性がある。日本の外貨準備は特別会計で運用されていますが、それで米金融機関の株を買う。中国も資本注入するでしょう。さもないとドルが暴落する。アメリカは資本注入を嫌がりますから、日本や中国、ヨーロッパにやらせる。

石埼 庶民感覚では、なぜアメリカの失敗を日本の金で支えるのかと思うでしょう。

相沢 アメリカが破綻すると日本もつぶれることが一つ。また外貨準備を政府系ファンドとして運用すべきという意見は前からありました。アメリカは資本注入を好条件で持ちかけるでしょうから、危機が過ぎれば外貨準備は増えて運用益が出るかもしれない。日・米・中国などが資金を出し、資本注入すれば今回の危機は終わります。それから本格的な不況になる。
 アメリカは軍事産業に傾斜して、消費財は日本やドイツ、最近は中国から輸入する。好景気で消費が増えるほど貿易赤字が膨らみドルが危うくなる矛盾がある。常に景気を維持していなければならない。ネットバブルがはじけたあとは住宅バブルを作り出した。住宅価格が上がるのを前提に人々に投機させたのです。
 日本はその時にアメリカの好景気によって輸出が伸びた。小泉首相がやったのは労働コストの切り下げです。経済が立ち直ったのは輸出が伸びたからで、「構造改革」の成果ではありません。アメリカの消費は減り、日本でもますます消費が減っていくので景気の後退を覚悟しなければなりません。

石埼 来年の物価は?

相沢 下がるでしょうね。スタグフレーション(不況と物価上昇の同時進行)になるかと思っていましたが、今回は企業が価格転嫁できない。

石埼 日本は内需を拡大しなければなりませんね。

相沢 福祉の充実と賃上げ、ヨーロッパ並みの長期休暇を実現すべきです。  高速道路の無料化もありうるが、懲罰的な罰金を課してでも、企業に長期休暇を与えさせる。これなら地方も活性化するし内需も拡大する。
 問題は企業経営を圧迫する点ですが、経営者は労働をコストと見るのでなく、経済を発展させることが自分の企業も発展させることだという考えに立つ必要があります。

 (経済学者 相沢 幸悦さん/プロフィール)
あいざわ こうえつ=1950年生まれ。78年法政大学経済学部卒業、86年慶応大学大学院博士課程修了。日本証券経済研究所主任研究員、長崎大学経済学部教授をへて現職。著書;『現代経済と資本主義の精神―マックスウェーバーから現代を読む―』(時潮社、07年)、『「格差社会」を生き抜くための【図説】数字がものを言う本』(彩流社、07年)、『平成金融恐慌史 バブル崩壊後の金融再編』(ミネルヴァ書房、06年)等。

(2008年10月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


自民党総裁選 茶番≠フ片棒かつぐな

国民そっぽの消化試合なのに
テレビ、生中継で大宣伝

河野慎二

 
 


 自民党総裁選が10日、告示された。5人の候補者が立候補したが、各紙は麻生幹事長が過半数の支持を確保したと報じ、自民党幹部は「もう消化試合だ」と話している(朝日、9月11日)。

 「小泉劇場」の再現図る自民

  その「消化試合」をテレビは大々的に伝えた。NHKは10日の共同記者会見を1時間以上の生中継。夜7時のニュースにも5人を生出演させた。11日の「公開討論会」も2時間の生中継だ。民放もTBS「NEWS23」が5人を1時間近く生出演させ、テレビ朝日の「報道ステーション」も5人をスタジオに招いて、「政策」宣伝の時間を提供した。
 テレビは22日の「投票日」まで自民党総裁選を集中豪雨的に報道するのか。3年前の「小泉劇場」の再現を狙う自民党に再び手を貸すのか。福田首相の政権投げ出しによって始まったこの総裁選に、国民は白け切っている。

 投書欄には怒り渦巻く

 「首相として無力、無能、無責任」「国民への背信行為」「福田首相は議員も辞職すべき」など、新聞の投書欄には国民の怒りが渦巻いている。貧困と格差拡大の問題や、年金不払い、後期高齢者医療制度など、弱者切り捨ての政策は、小泉「構造改革」政策で始まり、安倍・福田政権が強引に進めた悪政だ。米国従属のインド洋給油法案継続には、国民の大半が反対している。福田首相は本来、こうした問題について、労働者派遣法の抜本的見直しや後期高齢者医療制度廃止などの措置を取る責任があった。インド洋給油法案の継続も断念すべきだった。

 核軍縮外交の信用失墜

 一方、福田首相が自ら作り出した「政治空白」期間中に、核をめぐる重要な動きがあった。日本政府は9月7日、インドへの原子力関連輸出を強引に進めるブッシュ政権の言いなりになって、インドを核不拡散条約の例外扱いとする国際会議の決定に同調した。これは日本の核軍縮外交の信用を失わせるものだ。
 9月1日には、米国のナンシー・ペロシ下院議長が被爆地広島を訪れ、原爆の碑に献花した。大統領継承順位第2位という米政界要人の広島訪問は初めてのことで、唯一の被爆国の首相として核廃絶を世界に発信する絶好の機会だったが、政権を投げ捨ててチャンスを棒に振ったのである。無責任極まりない福田首相は「罪万死に値す」と言うべきである。

メディア依存危機感の現れ

 政権担当能力を失ったのだから、憲政の常道に従って野党第一党の民主党に政権を譲り、選挙管理内閣で衆議院を解散し国民の信を問うのが、民主主義のルールである。ところが福田首相は国民に謝罪するどころか、驚くべき狭量な発想と姑息な手段で、政権たらい回しを図ったのだ。大連立問題や国会審議で煮え湯を飲まされた小沢氏への復讐が、首相の誤った判断基準の根幹にある。加えて、メディアを利用し、辞任によるダメージと自民党離れの食い止めを策している。
 だが、ことは首相の思惑通りには進まない。総裁選は「出来レース」「茶番」という声が永田町から聞こえてくる。「このままでは、総裁選は飽きられる」と自民党は危機感を募らせている。メディア、特に影響力の大きいテレビは、この総裁選報道に冷静、公平に臨むべきだ。テレビは無批判、一方的な総裁選報道で「茶番」の片棒をかつぐべきではない。

(2008年9月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


ワールド・ウオッチ

米の核優位、放棄の意思はない 

伊藤力司

 
 


 米民主党大統領候補になるバラク・オバマ氏は欧州訪問中の7月24日べルリンで20万人の大群衆を前に演説、自分が大統領になったら「核兵器のない世界」を目指して努力すると述べ、大きな喝采を浴びた。共和党候補になるジョン・マケイン氏も遊説中に「レーガン大統領はかつて我々の夢は核兵器が地上から消える日を見届けることだと述べたが、それは私の夢でもある」と宣言した。

  拡散する核兵器

 冷戦が終わり20年近くになるというのに、世界には米ロを中心にまだ1万2000発もの原爆・水爆の核弾頭が配備されているのが現実だ。しかも核兵器は1970年に核不拡散条約(NPT)が成立した時点で既に核保有国だった米ロ仏英中の5カ国以外に、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮に拡散している。こうした危険を前に、次期米大統領になる人がようやく「核なき世界」の実現を公に訴えるようになった訳だ

 テロリストに渡る危険

これは昨年1月、キッシンジャー、シュルツ両元国務長官ら冷戦中米国の核戦略を担った元高官4人が「核なき世界」を実現するために核保有国は核軍縮を実行すべきだと訴えたことがきっかけになったとみられる。元高官4人は放置するとテロリストの手に核兵器が渡る恐れがあることを直視、核廃絶こそそうした危険回避の道だと訴えた。核拡散の現状を4人の訴えはゴルバチョフ元ソ連大統領らの賛同を得て世界に広がった。 

 「核廃絶」が米国の議題となったが

 オバマ、マケイン氏の核廃絶支持は、広島・長崎市民を中心に日本が世界に訴え続けてきた願いが、被爆後63年でやっと米国の議題に上ったことを意味する。しかしオバマ、マケイン氏の発言を詳しく検討すると、二人とも核軍縮が実現するまでは米国の核抑止力を保持することを明言している。「我々は核兵器が存在する限り、強力な抑止力を維持する」(オバマ氏)。「私は自国の安全保障上の必要上、最小限度の数まで核戦力の規模を削減する」(マケイン氏)。つまり二人とも、核テロの脅威を直視した元高官4人の核廃絶構想には乗るが、米国の核優位を放棄する気はないことを白状しているのだ。

(2008年8月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 
☆☆☆

 

 

 


リレー時評

「軍事専門家が世論操作」の疑惑追及 

隅井孝雄

 
 


 イラク戦争に際してアメリカ国防総省が、軍出身の防衛・軍事専門家をテレビに送り込み、世論操作をしたのではないかという疑惑について、議会の監査機関GAO(アカウンタビリティーオフィス)や国防総省監査局がともに事実関係の調査に乗り出すなど、新たな広がりを見せている。

軍出身アナリストを優遇

 この疑惑はニューヨークタイムズが4月20日の紙面で報道して明るみに出た。それによると国防総省広報局はイラク戦争の前後、退役将校など軍出身の軍事アナリストにラムズフェルド長官らが出席する特別なブリーフィングの機会を設け、機密情報の閲覧も許可、時にはイラク国内やグアンタナモ基地にも招待旅行をしたという。優遇された軍事アナリストの数は75人、その多くがネットワークテレビに解説者やゲストとして出演したという。

スポンサー表示義務∴癆スか?

 5月24日付のワシントンポストによると、国防総省監察局はアナリストの多くが国防企業のコンサルタントでもあるため、特定の企業に有利に働いたかどうかを調査するということだ。また議会の監査機関GAOは政策のプロパガンダに政府の予算を支出してはならないとする倫理規定に国防総省が違反したかどうかを調査するという。  
 さらに放送の監督機関FCCのケビン・マーティン委員長は、アナリストがホワイトハウスや軍事企業との特別な関係を明らかにしないで出演したのはスポンサー表示義務∴癆スの疑いがあるとして調査する意向を示した。

世論は「アメリカ軍ガンバレ」一色に

 ニューヨークタイムズによると、ひも付き′R事アナリストを最も歓迎したのはFoxニュースだが、結果としてCNNやNBCもコメントを鵜呑みにした場合がしばしばあったという。CBS、ABCは比較的公正、PBSは出演者にブリーフィング常連は一人もいなかったという。メディアに濃淡があるが、世論は当時「アメリカ軍ガンバレ」一色になって星条旗をうち振るったという事実は残る。   

検証の動き強まる

 国防ファミリーを動員しての大がかりな世論誘導は驚きだが、それにもまして過去を徹底的に再検証する動きが強まっていることも驚きである。民主党が多数を握る議会が、イラク戦争からの出口を探る動きの一環と見ることもできる。  
 アメリカ大統領選もこれから本番、撤兵を主張する民主党オバマ候補と、あくまで駐留を継続しようという共和党マケイン候補は大接戦が予想される。  
 アメリカの世論の振り子は一体どちらに振れるのだろうか。

(2008年6月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


テレビの本音

秋葉原通り魔事件  
キーワードは「派遣労働者」 

仲築間卓蔵

 
 


 8日昼、東京・秋葉原の歩行者天国は悲惨だった。7人が死亡し、10人が重軽傷を負った。現行犯で逮捕された男は静岡に住む25歳の派遣社員だった。  
 思えば、7年前のこの日、大阪の池田小学校で児童8人の命が奪われている。このとき、瞬間的に頭をよぎったのは「派遣労働者」である。  
 福田首相は翌日、事件の「社会的背景を調査するよう」国家公安委員長に命じている。どのような報告になるのだろうか。「キレやすい若者が増えている」というのだろうか。「キレやすい若者を事前に察知して、対策を講じる」とでもするのだろうか。この際、「道徳教育の推進」の必要を説くことになるのだろうか……。福田首相の頭の中に「派遣労働問題を考え直さなければ」という発想があったとしたら、たいしたものだが……。

 テレビ局に電話してみた

 今回の事件をきっかけに「派遣労働者問題を取り上げてほしい」とテレビ局に電話してみた。NHKは「視聴者コールセンター」が出る(家から電話したら、「おかけになった電話には、お客さまからの電話はおつなぎできません」という。受信料不払い中だとつながらないらしい。だから携帯でかけた)。日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ東京は「視聴者センター」、テレビ朝日は「視聴者窓口」である。一様に「わたしどもの方から担当者に伝える」という返事である。予想していたとはいえ、素気ないものである。「一秒の世界」という番組のなかで世界の軍事費を取り上げていたことに感動してTBSに電話したときは、わざわざ担当者から電話をもらったことがあるが、いまやそんなコミュニケーションが図れる仕組みにはなっていない。

  現場になくなる「自由闊達さ」

  ぼくは機会あるごとに「番組について評価したり意見を言ってほしい」と言い続けているが、こんな対応では視聴者もがっくりだろう。しかし窓口はあるのだから、言い続けなければなるまい。  ある局は、活字メディアからの取材に対してもルールをつくっている。「すべて総合広報部が見解をまとめる。個人的に勝手にしゃべってはならない」。テレビの現場に、「自由闊達さ」はなくなっているようだ。
 「スーパーモーニング」(テレビ朝日)では、鳥越俊太郎さんが「今回の事件のキーワードは派遣労働者≠セ」という趣旨の発言をしていた。「報道ステーション」でも古舘伊知郎さんが触れていたという。この「視点」を広げてほしいものだ。

 
(2008年6月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 
☆☆☆

 

 

 



韓国言論財団から姜恵珠さんが訪問

 日韓ジャーナリストが協力して言論弾圧やメディア支配を監視すべき 

 
 


 6月24日、JCJは来日中の韓国女性ジャーナリスト姜恵珠さんからインタビューを受けた。取材記者はフォーリンプレスセンターで研修中の韓国言論財団ジャーナリスト交換プログラムマネージャー姜恵珠さん。JCJからは守屋事務局長、酒井次長、菅原国際担当が説明した。一ツ橋大学院院生具明会さんが通訳し、財団法人フォーリンプレスセンターの石田益資さんが同席した。
 姜さんからの問い「JCJの活動、組織運営」に対してはJCJの歴史を含めて説明した。韓国で進められているニュースTVの新聞社支配について姜さんから解説があり、さらに巨大資本によるマスコミ支配に対する憂慮が表明された。JCJは日本での新聞・TV支配関係の現状を話した。日本での言論弾圧の例について「日本での高額恫喝訴訟」をJCJ記事で示し、日韓のジャーナリストが協力して言論弾圧やメディア支配を監視すべきだということで意見が一致した。

写真説明 メディア状況をJCJと話す姜恵珠さん(左)、右は通訳の具明会さん。=6月24日、都内で。酒井憲太郎写す。 。

 

 

 

 


女性国際戦犯法廷」の番組改変最高裁判決に批判続出

政治の圧力・介入を無視 期待権の一般論に終始

 NHKは事実の重みから逃げ続ける 

JCJ機関紙部

 
 


 明治大で報告集会

 最高裁は6月12日、バウネット・ジャパン(VJ)が女性国際戦犯法廷を取り上げた番組についてNHK他を訴えていた裁判で、損害賠償責任を認めた二審の東京高裁判決(07年1月29日)をくつがえした。  
 この「NHK裁判」はNHK幹部が政治家に会った後、放送直前に番組が改変された事実が、担当プロデューサーやデスクの証言で明らかになっている。最高裁判決は高裁判決が認定した事実ではなく、原告のVJが主張した期待権と信頼利益 の侵害について、法的保護の対象とならないと判断した。  
 判決をうけ、12日午後7時から明治大学で報告集会が開かれた。  
 東海林路得子VJ共同代表は、NHK職員の内部告発などメディア内部の力で多くの事実が明らかになった、と裁判の意義を語った。  
 同じくVJ共同代表の西野瑠美子氏は、番組改ざんの事実の重みからNHKは逃げ続けていると批判した。  
 緑川由香弁護士は「取材対象者に格段の負担が生じる場合に限るとして、二審に比べ期待権のハードルを高くした」と判決のポイントを説明するとともに、私たちは一般論で主張したわけではないと、あくまでこのケースでNHKの不当行為を立証したと、期待権や説明義務をメディアに求めることへの危惧に対して答えた。  
 飯田正剛弁護士は、最高裁は裁判所の役割を放棄し、事実を無視し一般論に逃げ込んだと批判した。  
 日隅一雄弁護士は、10日に出されたBRC(放送と人権等権利に関する委員会)の決定について説明した。  
 二審の高裁判決について同日のNHK9時のニュース(「ニュースウオッチ9」)は、判決内容の説明のあとにNHKの見解のみを伝え、高裁判決が「政治家が介入したとは認められない」と伝えたあと、当時の安倍首相、中川政調会長のコメントを放送した。BRCの決定はその放送を公平性に欠けると判断した。  
 日隅氏はパソコンで最高裁判決を伝えるNHKニュースが、バウネット側のコメントを伝えていることをリアルタイムで確認し、「BRCの決定が出たので今回はNHKの報道も公平なようだ」とした。  
 続いて松田浩氏(元立命館大学教授)が特別発言。松田氏は、NHK予算が、国会提出に先立ち自民党内で協議される実質的な放送法違反慣行を批判した。  
 「NHK裁判」はNHKの体質をはじめ様々なメディアの問題を浮き彫りにしてきた。問題はまだ終わっていない

 自律的編集に欺まんNHK、真相究明が課題
             戸崎賢二(放送を語る会)


 判決についての多くの論評は、最高裁が一般論に終始して、政治家の意図を忖度して番組が改変されたとした東京高裁の判断には立ち入らなかった、と批評している。しかし、必ずしもそうは言えない。
 判決は、番組をどのように編集するかは放送事業者の自律的判断にゆだねられているとし、放送事業者が番組を制作する場合、自らの判断により素材を取捨選択し、意見・論評を付加して番組を公表するもの、と、その自律的行為の内容を述べた。  
 一般論のようでいて、問題の「ETV2001」の番組の改変についての判決で言われるとき、あたかもこの番組が、そのような通常の自律的編集であったかのような見せかけを生むことになる。  
 たしかに直接的には「政治家の意図の忖度」には触れていない。しかし、すでに自律的な編集が大きく侵害され、壊れてしまった番組を、放送事業者に番組の自律的編集がゆだねられるとする一般論で救出しようというのは欺瞞的であり、不当でもある。  
 いわゆる「期待権」についても、報道各社は、最高裁の判断を歓迎しているが、メディア側の「自律的な判断」が事実を曲げ、取材対象者に重大な打撃を与えることもありうる。現代の市民社会において、取材を受ける市民の権利に顧慮しない判決と、それを是認し自省しない報道各社の論評には強い違和感を持たずにはいられない。  
 この判決で裁判は終わったが、政治家の圧力と、NHK幹部の改変過程については、真相は究明されないままである。NHKにたいする視聴者の不信感は根強く残るだろう。信頼回復のためにも、NHKはあらためて事件の全容を解明する真摯な努力を始めるべきである。

(2008年6月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


世界を動かした9条 「9条世界会議」分科会

「守る」から「使う」へ 市民が変わればメディアも 

阿部 裕

 
 


 熱気・希望・勇気≠ェ千葉幕張メッセ「9条世界会議」会場に漲った。初日の溢れ返った熱気を受けて、5月5日午後、国際自主企画・シンポジウム「憲法九条とメディア」(韓国記者協会・日本ジャーナリスト会議・マスコミ関連九条の会連絡会主催)を行った。
 開場前から長蛇の列、160席の会場に200人を超える文字通り「満員札止め」となった。

 世界の憲法になるべき9条

 パネリストは、日本駐在経験もある韓国記者協会元会長・李成春氏、ジャーナリズム研究の第一人者・元東大教授の桂敬一氏、中南米はじめ海外取材経験の豊かな朝日新聞記者・伊藤千尋氏、そしてコーディネーターは、平和・市民運動家でもある作家の小中陽太郎氏という布陣。
 冒頭、主催者でもある韓国記者協会キム・キュンホ会長が「昨日、全体集会に参加し、いま世界にとって平和と憲法9条の重要性がますます増していると感じた。この後、私たちは北朝鮮を訪問、両国記者同士が話し合うが、今回の経験を活かし、半島における武力対立を解消する意思を確認、皆さんの熱い思いも伝えたい」と挨拶した。
 報告と討論に移り、李氏は「現憲法と明治憲法の大きな違いは、国民主権・平和・人権―GHQより前に中江兆民、吉野作造、矢内原忠雄たち先人の精神が流れこんだもの。『9条は日本だけのものではなく、世界の憲法になるべきだ』と確信した。日本政府は過去の植民地支配を反省、謝罪しながら改憲策動するからアジア各国から信頼されない。一部のマスコミもこれに近い」と矛盾を指摘した。韓国記者協会は、60年代〜70年代、独裁政権の弾圧に抗して「言論の自由」を闘い取る過程で結成された。それだけに日本のマスコミに対する指摘は重く鋭い。

 読者の反応で新聞も変わる

 桂氏は、世界史の大きな流れの中に9条を位置づけ、国連憲章の先を行く第二項「戦力の不保持」こそ国際的な指針を示したものだ、と指摘。様々な反動、形骸化にも拘わらず、日本の世論は改憲推進の読売世論調査でさえ「護憲が15年ぶり逆転、9条に至っては60%超が変えるべきでない」となった。ぐらついていた朝日も今年は、護憲をはっきり出し、「憲法は現実を改革し、住みよい社会を作る手段」と位置づけた。貧困・格差・後期高齢者医療…読者が怒れば朝日も変わる。しかし、油断は禁物、とくにテレビは楽観できない、と。

 憲法は市民が普段使うもの

 伊藤氏は海外から見た9条≠ノついて「地球の裏側、北アフリカのカナリア諸島にスペイン語の『9条の碑』『ヒロシマ・ナガサキ広場』がある。地元の市長が『平和を考える場に』と提案、議会も満場一致で設置を決めた。世界共通のシンボルなのだ。翻って日本人は9条を広げる努力をしてきたか? 世界で2番目の戦力不保持の憲法を持つコスタリカは、隣国の内戦中止の仲介をし、アリアス大統領は87年にノーベル平和賞を受賞した。
 ベネズエラでは、露天の本屋で憲法を売っており、普通の市民がそれを買っている。「なぜ?」と聞くと「憲法を知らないで、どう生きるの? 権力と闘えるの?」と反問された。憲法は、市民が普段の生活で使うものなのだ。そういう市民がいて、チャべス大統領が誕生したのだ、と。
 小中氏は「NHKは番組内容やトップ人事で政治介入を受け、自律性が脅かされている。しかし、私たち市民もネットなどを駆使し、連携することで、メディア状況を変えつつある。改憲派だった静岡新聞も論憲に変わった。行政、メディア任せにせず、自ら主体的に関わり、お互いに繋がることで、メディアや社会を変えていこう」と結んだ。
 初の「9条世界会議」に関わり、市民のメディア、ジャーナリズムに対する期待と思いが私たちの想像よりはるかに強く大きいことを肌で感じた。まさに「9条が市民の心、メディア、世界を動かした」のだ。

(2008年5月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 


リレー時評 性犯罪被害者を苦しめる差別意識 

宮崎絢子(代表委員)

 
 


 5月3日の憲法記念日を中心に、憲法九条を守り世界へ発信してゆこうという動きはより広がりを見せ、世論の動向を変えつつある。希望の光でもある。しかし、戦争を推進し、人間を、人間の暮らしを、自然の営みを破壊しようという勢力は、依然として人々を恐怖に陥れ、猛威を振るっている。戦争と人権は決して相容れない。
 2月に沖縄で起きた米兵女子中学生暴行事件で県警に強姦容疑で逮捕されたが被害者側の告訴取り下げで不起訴処分となった在沖米海兵隊のタイロン・ハドナット二等軍曹(38)の高等軍法会議が16日に開かれる。ハドナット二等軍曹は16歳未満の子どもへの強姦や誘拐など五つの軍法違反に問われている。これに先立って、昨年10月広島市内で起きた、米軍岩国基地の海兵隊員4人が19歳の女性に集団暴行した事件で、広島県警は集団強姦事件で書類送検したものの、広島地検は嫌疑不十分で不起訴にしたものだが、米軍の大軍法会議は4人のうちの1人で事件当時19歳であった兵長(20)を有罪とし、9日、懲役2年と不名誉除隊の判決を言い渡した。兵長のほか3人の米兵も訴追されており、順次審理される。これらの軍法会議は、いずれも日本の報道機関代表5社に公開されている。
 軍法会議が日本の報道機関に公開されたということは、米兵による性犯罪が後をたたないことへの女性達をはじめとした日本側のねばり強い抗議に米軍が配慮した結果と見られている。
 レイプ、強姦、ドメスティックバイオレンス(DV)、セクシャルハラスメント等、女性の性への暴力は、明らかな犯罪であることが近年ようやく認められてきたが、日本の刑法は、性犯罪に対して加害者に甘く、被害者に過酷であるといわれている。
 被害者はその取り調べの過程で、二次被害にあう。被害者が死ぬほど抵抗したかどうかが執拗に問われ、過去の性経験などが問題にされるという。被害者の女性の責任であるというこの考え方は、女性への抜きがたい性差別意識に支えられている。日本軍による従軍慰安婦の問題が依然として解決できないのも、そこに依拠しているからにほかならない。
 女性の性に対する暴力は、女性の人権の蹂躙である。日本国憲法は、基本的人権を保障している。法のもとの男女平等も保障している。今こそジェンダーの視点で人権を見つめ、教育していくことが必要だと考える。ジェンダーを敵視する日本の教育行政こそ時代遅れである。 

(2008年5月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)

 

 

 

 



【沖縄リポート】 連載 保安署を格上げ、大幅増強 

いよいよ 米軍の指揮下に? 

浦島 悦子

 
 


 今年4月1日付で第11管区海上保安本部の中城海上保安署(沖縄島東海岸区域を管轄)が、保安部に格上げされた。
 それに伴い、職員数をこれまでの36人から97人と3倍近くに増やし、新たに30メートル級警備艇3隻を導入した。このような大幅な警備強化は、「米軍普天間飛行場の名護市キャンプシュワブ沿岸部への移設などに備えるため」(地元紙報道)だという。彼らはいったい何から何を守ろうというのか?
 本欄でもたびたび報告したように、昨年来、辺野古海域における市民の非暴力抵抗に対する海上保安庁の暴挙・暴力は目に余るものがある。
 県民・市民の大多数が反対している新たな米軍基地建設を強行するために、自衛艦の投入や法を踏みにじるアセス調査など、強大な権力を行使している政府に対し、木の葉のようなカヌーやわずかな小型船で素手の抵抗を行っている市民。蟻の群を踏みつぶそうとする巨象を、さらに何倍にも増やすとは異様だ。
 保安部への格上げと同時に、11管本部には刑事課が設置された。海や地域の暮らしを守ろうとする行為を犯罪扱いしているとしか思えない。
 3月下旬、ジュゴンの海草食み跡を調べていた市民調査メンバーらが、ジュゴンの休息場と言われている海域で長時間ホバリングしている海保のヘリを発見。その意図と、ジュゴン保護に対する海保の認識を問うために本部長との面談を再三要請したが、拒否された。理由も言わず「一切会うつもりはない」の一点張り。防衛局でさえ拒否したことはないのにと、メンバーをあきれさせている。
 5月連休明け以降、キャンプシュワブの浜から海保のゴムボートが出艇し、市民らの海上行動に介入し始めた。すでに防衛省と一体となっている海保が、いよいよ米軍の指揮下に入ったのかと抗議の声が上がっている。
 キャンプシュワブ内では、新基地建設を前提とした既存兵舎の取り壊し作業が始まっている。アセスも終わらないうちの実質着工に当たるとして強い非難を浴びているこの作業を「守る」ために、海保は動員されているのだろうか? 
(フリーライター。沖縄やんばる在住)

(2008年5月/JCJ機関紙「ジャーナリスト」より)